第31話 もう一度。
ファルデンという異世界、その熾烈な足跡を垣間見たアニラとエステラ。
二人は歴史エリアを後にすると、二階の立体ロビーに移動し、そこで束の間の休憩をとっていた。
立体ロビーは蜘蛛脚状に広がる通路と階段で支えられた広間で、館内各所へのアクセス地点として利用されている。
また立体ロビー端からは一階大ロビーを見下ろすことができ、そこでは着ぐるみたちによるパフォーマンスが披露されているようだった。
階下から伝わってくる子供の笑い声と拍手の音。
そんな賑やかな風景とは対照的に、二人を包むのは静寂であった。
柵に寄りかかって下のパフォーマンスを眺めながら、アニラは悶々とした気分でため息を吐く。
「はぁ……私、余計なことしちゃったのかなぁ」
ファルデンという国と、アリオンの騎士エステラ。
不幸な出会い方をしてしまった両者の溝を埋めるため、アニラはこの『デート作戦』を企画した。
互いへの理解を深めれば軋轢も緩和されると、そう願っての提案だったが、しかし結果は芳しくなかった。
ちら、とエステラを窺えば、彼女は難しい顔をしてソファーに座っている。
歴史解説が終わって以降、エステラは「少し、考えたい」と言って黙りこんでしまったのだ。
彼女の中でファルデンへの印象が好転した、と捉えるには難しい状況だ。
「上手くいくと思ったんだけど、難しいなぁ」
アニラは頬杖をついて再度、はぁと嘆息する。
(『私』ならどうやったんだろう……)
――もう一人の自分なら、もっと上手に解決できたんじゃないか。
そんな自問がアニラの心に突き刺さる。
けれどアニラは頭を振ってその弱気を振り払う。
(ううん……『私』にばかり大変なことはさせられない)
(それになにより、これは私自身の力で解決しないとだめなんだ)
(この異世界戦争を止めるって、そう決意したのは誰でもない……この私なんだもん!)
かつて『最初のアニラ』がなにを願い、なんのために今『自分』は生きているのか――。
『無垢のアニラ』は自分の原点に立ち返り、自分を奮い立たせるのだった。
アニラがそんな思いを巡らせていると、彼女の視線はあるものに吸い寄せられる。
彼女が見つめる先にあるのは、立体ロビーわきに設置された四角い機械――自動販売機だった。
「そういえばあれ、どういうものなんだろう?」
道中何度か見かけてきたものの、それがどんな代物なのかアニラは知らないままであった。
好奇心に誘われるまま、アニラはふらっとそれに近寄ってみる。
自販機の背は高く、アニラでは手を伸ばしてもてっぺんまで届かない。
上半分はガラス張りになっていて、中には手のひらくらいの大きさで円柱型をしたものが均等に並べられている。
下半分にはイラストが印刷されており、それに円柱型の物体から液体が溢れる様子が描かれていた。
「飲み物の無人販売所、なのかな?」
観察の末そう結論付けると、アニラはさっそく飲み物を購入しようとする。
(えーと、ここにお金を入れればいいの?)
初めて扱うものだからか、アニラは慎重な手つきで硬貨を投入口に入れる。
すると飲料サンプル下のボタンが「ポッ」と点灯。
「お?」
アニラは試しに手近なボタンを押してみる。
直後、下部の取り出し口から「ゴトッ」という落下音。
かがんで覗いてみれば、そこには飲料缶が一つ置いてあるのだった。
「おお~」
キンキンに冷えた缶を手に取りながら、アニラはちょっとした感心を抱く。
(これは便利かも! ヴィストニアでも再現できたりしないかな?)
「必要なのは念動と熱と……あっ」
魔導具として作るならどの属性が必要かと考える途中、アニラはあることに思いいたる。
「喜びは一緒に、だよね」
そう呟いて、アニラは二枚目の硬貨を投入した。
缶飲料を抱えたアニラが立体ロビー中央へ向かう。
そこでは変わらず、難問を抱えたエステラが眉根を寄せ、ソファーに座っている。
意固地になってもおかしくないのに、エステラという少女は聞く耳を持ってくれるばかりか、誠意をもって問題に取り組んでくれている。
(なら私も、その誠意に応えないと)
そんな決意を噛みしめながら、アニラは目の前の少女に声をかけるのだった。
―――――――――――――――――――――――――――
作者より
遅ればせながら第三十一話です。
色々な問題や悩みから筆が鈍ってしまい、更新が遅れてしまいました……申し訳ありません
少しずつ更新頻度を戻せていきたいと思います、気長にお待ちいただければ幸いです
それではまた、第三十二話でお会いしましょう!
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