第29話 歯車祭
壮観な摩天楼空間を渡りきった二人は駅に到着。
人であふれる構内を抜けて外に出ると、そこには四層とは異なる風変わりな光景が広がっていた。
あらゆる建築物の外装には歯車をモチーフにしたオブジェがあしらわれ、建物ひとつひとつが巨大なアートと化している。
さらには街のあちこちに大小様々な機械人形が点在しており、それらが内部に覗く歯車機構によって駆動しているのだ。
そこはさながら、機械人形が暮らす歯車仕掛けの世界。
童話のごとき異世界に迷い込んだ気分を味わいながら、アニラは感嘆の声を上げる。
「わぁ、すごいすごい~!」
目の前に広がる異国風景を前にして、アニラは興奮のあまりぴょんぴょんと跳ねだす。
装飾が施された街並みと活気に溢れる人混みを見て、エステラは「なにかの祭りなの?」と尋ねる。
「うん、歯車祭っていうんだって! ファルデンで一番有名なお祭りらしいよ~」
「どの世界でもこういう行事はあるんだね……ところであれは?」
そう言って彼女が指さしたのは、街道入り口に立つ大型機械人形。
その機械人形は紳士服姿のお化けを模したデザインで、それがゆっくりと首を回したり、口を開けたりしている。
「さすがに作り物だよね? さっきから動いてるけど」
「らしいよ~。機械人形っていってね、歯車とかの部品が中に詰まってて、それで動くんだって」
「機械人形か……すごいもんだね、異世界の文明は」
「うんうん、初めて見るものばかりで楽しいよね!」
少女たちは駅前広場を出て、祭りが催されている大通りへと向かう。
大通りには多数の屋台が出店しているほか、機械人形を模した着ぐるみを着た者たちによる、路上演奏や大道芸などのパフォーマンスが披露されている。
活気と歓声が溢れる通りを、アニラたちはあちこち目移りしながらも進んでいき、とある場所に辿り着く。
都市の中でもひと際大きく、絢爛豪華な意匠が施されたその建物の名は、国立建都記念会館。
首都建立を祝して建築された施設で、美術品などが展示される以外にも、官民問わず様々な催事に用いられる場である。
記念会館を周囲の建物と見比べながら、アニラは自分に確認するように呟く。
「この通りで一番おっきくて、豪華な建物だから、たぶんここだね」
「神殿みたいに立派なとこだけど、ここは?」
アニラはブレザーのポケットから小さいメモ帳を取り出し、昨日書き記した情報を読み上げていく。
「えっと建都記念会館っていって、お祭りに合わせて色々出し物をしてるんだって。演劇とか音楽団の演奏とか?」
アニラの言葉にエステラは数度頷くと、「君のお目当ては?」と言う。
「寄り道もせず、まっすぐ目指してたみたいだけど」
「うんとね、実は見てもらいたいものがあるんだ」
記念会館を見上げながら、アニラは言い足す。
「たぶん、必要なことだから……私にも、エステラさんにも」
そうして二人は建都記念会館に足を踏み入れる。
記念会館は美術館と同じように複数のエリアで区切られており、それらが一階のロビーを中心にして繋がる構造となっている。
館内係員の案内を受けてアニラが目指した場所は、とある展示エリアだった。
そこにはファルデンの国旗や各種発明品、そして小銃に軍刀、果ては軍艦の模型などが展示されている。
二人がいる場所は、ファルデン歴史展示エリア。
黎明国ファルデンの勃興と発展、そして戦いの軌跡を公開する場である。
このエリアでは係員が口頭で歴史解説を行っており、アニラはそれを拝聴すべく歩を進める。
しかし後ろに続くエステラの歩みは鈍く、ついには途中で立ち止まってしまう。
振り返ればエステラは、見覚えのある武器や兵器が丁重に陳列される空間の中、訝しげに目を細めていた。
「アニラ、この場所は、僕はあまり……」
街中を歩いてる時でさえ表に出なかった忌避の感情が、その声音には宿っていた。
アニラはしかし臆すことも恥じることもなく、少女に正面から向き合う。
「やっぱり、ファルデンのことは嫌い?」
アニラの問いかけに、エステラは周囲の戦争資料を睨んでは、絞り出すように答える。
「……理解に苦しむよ。人間同士の戦争を当前のこととして捉える、その価値観が僕にはわからない」
エステラ曰く、アリオンの世界では外敵の存在ゆえか、または国民性や宗教統治の賜物か、人間同士の戦争は根本から否定されてきたのだという。
そのため、外交の一手段としての戦争を是認し、あらゆる排敵行為を承認するファルデン――および異人の世の理――が、彼女には受け入れられないのだろう。
真逆の価値観が支配する異世界に放り込まれた、彷徨える異邦人たるエステラ。
そんな彼女にアニラは頷いて見せ、同感の意を示す。
「うん……私も、ファルデンは恐い国だと思う」
国交会談の際に、黎明国ファルデンの傲慢さや非情さを垣間見たアニラは、彼の国の危険性を否定できない。
だが少女はこう言葉を続ける。
「でもね、それがすべてじゃないと思うんだ」
アニラは近くに掲載されている、一枚の白黒写真に目を向ける。
それに写されているのは、野戦服を着た軍人たちが屈託のない笑顔を浮かべ、子犬を抱っこしているという、とある戦場の一幕だ。
「私たちはファルデンって国を半分も知らない。だからまずは、この国とそこで生きる人たちのことをよく知るべきなんじゃないかな」
「
「私としては手を取り合ってほしいけどね」
アニラの言葉を聞いてエステラはややうつむいて逡巡する様子を見せる。
やがて彼女が小さく溜め息を吐いて面を上げると、そこには嫌味のない、爽やかな苦笑が浮かんでいた。
「昨日とは逆だね……。たしかに今の僕は無知で知るべきを知らない。これじゃファルデンを憎むことも、許すこともできない」
それに、と言ってエステラは言葉を継ぐ。
「興味もあるんだ。他の世界の人々がどういう道をたどってきたのか。僕らと彼らの違いはどこにあるのか」
エステラが踏み出した歩み寄りの第一歩。
それに応えるようにアニラは彼女の手を取る。
「ありがと、エステラさん」
「……ううん、礼を言うのは僕の方だよ」
エステラもまた、アニラの小さい手を優しく握り返す。
「よし、じゃあお話し聞きに行こっか!」
こうして二人の少女は歩き出す。
異世界文明の理解のための、ささやかな一歩を。
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作者からのお知らせです。
お待たせいたしました、第二十九話です。
第三十話以降も頭を悩ませつつも鋭意執筆しております!
ただまだお見せできる状態ではないので、公開までにもう少々お時間いただければと思います……
皆様の応援に応えられるよう、作者も逃げずに頑張ります!
【追記】
先日『第十九話 最初のアニラ』を改稿したことお知らせいたします。
修正内容:中盤からの議論の着地点。
以前は技量不足により釈然としなかった箇所もある程度改善されていると思いますので、もしよければ読んでみてください!
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