第28話 摩天楼の約束


 一方アニラはテロリストの蠢動などつゆ知らず、初めて乗る列車にはしゃいでいた。


「すっごーい! 空飛んでるみたーい!」


 列車の窓に鼻先をつけて、アニラは外に広がる絶景を眺める。

 エステラもまた、遥か下に見える地上部分を見ては驚嘆する。


「階層都市とは聞いていたが、僕らはこんな高い位置にいたのか……」


 少女たちが乗っているのは空中列車と呼ばれる、ファルデンの階層都市特有の公共交通機関だ。

 首都ノーグ・ローデンをはじめとする階層型都市には、内縁および外縁にレールが敷設されており、それぞれを列車が運行している。

 そのうち外縁を走る列車からは都市外部の景観が一望でき、まるで空中を走行しているように感じることから、外縁のものはいつからか「空中列車」と呼ばれるようになったのだ。


 アニラたちが乗っている列車は第四層のものであるため、その高度はかなりのものだ。

 眼下に広がる平原や山岳、そして海の景色を興味深げに見つめながら、エステラは言葉をこぼす。


「こういう世界も、あったんだ」


 彼女の声音にはかすかな感傷と憧憬が含まれているように、アニラには感じられた。

 アニラもまた感慨を込めて応える。


「うん、世界は広いね……とっても広い」


 少女たちはしばしの間空中列車に揺られると、とある駅で降車する。

 降りた駅の内部には交層駅と呼ばれる施設が併設されており、二人はそこへ向かう。

 交層駅とは階層と階層の行き来を担う交通機関のことで、ここでは列車ではなく交層ゴンドラという乗り物が運行している。

 駅ホームにはゴンドラが複数並行に並んでおり、それらが頑強なレールを伝って上層や下層へひっきりなしに発着している。


 そのうち第三層行きのゴンドラに乗ったアニラたちの前には、再び絶景が展開される。

 降下していくゴンドラからは第三層の摩天楼を高高度から一望でき、色とりどりの電灯で照らされた常夜の街はまるで星空のごとくきらびやかだ。

 そんな美しい景色を前にして、エステラがふと独り言をもらす。。


「明かりは灯ってるけど、ファルデンの街は常に暗いままなんだね。アリオンとは正反対だ」


 彼女の何気ない発言に、アニラの異世界アンテナがびびっと反応する。


「アリオンはどんな感じなの?」

「アリオンはいつだって昼間のように明るいんだ。アルのご威光のおかげでね」

「へー! それって夜がないってことなの?」

「一応夜時間というものはあるけど、その間も昼と変わらずだね」

「寝るとき眩しくない?」

「それは慣れだね。もちろん遮光の工夫はするよ」

「ほほぉ」


 世界が違えば、文化も生活も世の理も違う。

 異世界を生きた少女から語られる異世界事情に、アニラの好奇心がはしゃぎだす。

 アニラの瞳が輝きを増してきたのを見て取って、エステラは尋ねる。


「知りたい? 僕の故郷について」

「うんうんっ」


 胸の前で両拳を握り一生懸命頷く少女を見て、エステラが笑みをこぼす。


「なにから話せばいいかな……」


 そうして彼女は自分の故郷について、一つ一つ語りだす。

 たとえば、アリオンにおける「美人」について。

 アリオンではふくよかで豊満な女性が美人とされており、エステラのようにスレンダーなタイプはそれほど注目されないのだという。


「だからアニラが『綺麗』とか『美人さん』って言ってくれた時は驚いたし、なにより……嬉しかったよ」


 国の文化上外見を褒められることに慣れていなかったのだろう、エステラは面映ゆそうに、柔らかくはにかむ。


 その他にも、アリオンでは聖神アルとそれを奉る宗教の下、国民同士の結束が強いこと。

 一部の魔族は飼いならされており、人間との共生関係が構築されていること。

 エステラは「僕」という一人称を使っているが、これは女性騎士の中では珍しくないこと。

 エステラの好物はミートパイとうずらの卵で、趣味はガラス細工集めであることなど。


 少女の口から物語られる異世界の断片はどれも興味深く、アニラはその一つ一つを脳裏に描きながら耳を傾けた。

 異世界談義が盛り上がってきたところで、アニラは「ねーね、エステラさん」と話しかける。


「いつかさ、アリオンでも遊べたらいいね」


 対するエステラは今の世界情勢や自分の立場を鑑みてか、どこか寂し気にうなずく。


「そうできれば、いいんだけどね」


 当のアニラは目の輝きを一段と強くさせて、まだ見ぬ未来を夢想する。


「今度はシアちゃんやクーナちゃんも一緒に行ってね、アリオンをあちこち見て回りたいなぁ。それでたくさん楽しい思い出作るんだよ!」


 幼子のように無邪気に夢を語るアニラに触発されて、エステラもまたそんな未来を想像してみる。

 愛する故郷を異世界の友人と巡る、他愛のない一日。

 そんな穏やかな情景を思い浮かべたエステラは、やがてぽつりと呟く。


「いいね……きっと素敵な一日になるよ」

「でしょ? じゃあ約束しよ!」


 そう言うなりアニラは左手を胸の高さで掲げて、手の平を相手に見せる。

 次にアニラはエステラにも右手で同じ仕草を取らせると、お互いの手の平を重ね合わせる。

 アニラ曰く、これがヴィストニア式の約束の作法なのだという。


「私たちは一緒に冒険して、いろんな世界を見て回るの。これはその約束だよ」

「うん……いつか、一緒に」


 摩天楼の星海の中、少女たちは互いの手を重ねて約束を交わす。

 いつか共に、広い世界を巡る日を夢見ながら。




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次回更新は11/28(水)を予定しております。(多少ずれるかもしれません……)


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