第27話 監視者


 喫茶店にて女生徒らと写真を撮影したアニラたちは、気の向くままに街を散策していた。

 本屋に入っては漫画本や雑誌のイラストを鑑賞し。

 レコード店に入っては、異世界で生まれた音楽に耳を澄ませ。

 道中購入したクレープやアイスクリームに舌鼓を打つ。

 少女たちは順調に親交を深めながら、異世界行脚を堪能しているようだった。


 そんな彼女たちを物陰から監視する人物がいた。

 潜伏技術により存在感を消し、群衆に溶け込むその男はセオ・ローウェル。

 彼こそは今回の国交会談において、ヴィストニア特使団の護衛および監視役を務める、大統領エージェントであった。


 カフェテラスで新聞を広げる彼の視界の端では、アニラとエステラがなにか会話しながら駅の方へと歩いていく。

 これからファルデン名物の空中列車に乗るつもりかもしれない。

 セオは小型の無線機を通じて、他の監視員に情報を共有する。


「――対象はドルトン駅に向かう模様。空中列車に乗る可能性が高い」


 ジジ、というノイズの後、別の監視員から通信が返ってくる。


『フルルータ嬢との事前打ち合わせ通りならば、第三層の歯車祭へ向かうと思われます』

「なら、最低限の監視要員のみ列車に乗車。他は別のルートで追跡しろ」

『了解』


 監視員との通信を終えるなり、彼は別の通信チャンネルから移動用の車を手配。

 三分足らずでタクシーに偽装した乗用車が姿を現し、路肩に止まる。

 車に近づきセオがドアを開けると、そこには予定外の「先客」がいた。


「どーも」


 そう挨拶したのは、後部座席にて足を組んで座る若い男だった。

 中折れ帽子の下に髪質の柔らかい茶髪が覗く、スーツを着崩した茶髪の青年。

 彼の名前はヘクター・ハーヴェイ。

 諜報を専門とするエージェントであり、つまりはセオの同僚だ。


 如才なく微笑む彼に一瞥をくれると、セオは無言で車に乗り込む。

 座席に座ると行先も聞かずに偽装タクシーは発進し、いずこかを目指して道路を走る。

 窓の外を無表情に眺めながら、セオは簡潔に尋ねる。


「ヘクター、要件は?」

「ええ、お耳に入れておきたい情報がありましたので」


 ラジオ一つ流れない車内で、ヘクターは耳障りのいい声で応えていく。


「例のテロ組織に動きがあります。近いうちに蜂起するかもしれません」


 かつて元の世界で覇権国家として君臨したファルデンだったが、近年とある問題に悩まされていた。

 それは反ファルデン勢力による報復活動テロリズム

 戦争、経済侵略、内政干渉による他国の傀儡化をはじめ、ファルデンは闘争の歴史を邁進してきた。

 結果、反動として反ファルデンを掲げる数多くの「復讐者」が生まれ、そういった者たちによってテロ組織が形成されたのだ。


 その反ファルデン勢力のうち『大転移』時点で国内に潜んでいた組織が、異世界に転移してなおテロを起こそうとしているらしい。


「異世界に来てまで報復とは、連中も飽きないな」

「まったくですね。もはや故郷に帰ることさえ叶わないというのに」


 しかし、テロリストが脅威であることには変わりない。

 テロリストとはつまるところ、対話を放棄した道理なき暴力集団だ。

 彼らの暴力は軍隊と違って制御不能であり、その矛先は無差別に向けられる。

 現在「デート」中の少女らがその被害に遭う可能性も、決してゼロではなかった。


「対応は?」

「今日にも鎮圧作戦を実行する予定ですが、敵組織の全容は把握できていません。完全な抑止は難しいかと」

「……ミス・おてんば娘のデートは中止だな」


 監視・護衛の現場責任者として、セオはそう判断を下す。


「それにしても異世界人は発想が面白いですよね。捕虜の説得方法に、まさかのデートとは」


 などと軽口を叩くヘクターの顔には、愉快気な笑みが浮かぶ。


「ああ。テイラー以前の時代なら許可は下りなかっただろう」

「我らが大統領は、歴代でも特にな方ですからね」


 首脳陣と舌戦を交わしたヴィストニア特使団が知れば驚くだろうが、現在のテイラー政権は、ファルデン史上でも稀な穏健派なのであった。

 テイラー政権以前のファルデンは軍国主義の化身のような国で、その性質は現在の陸海軍に受け継がれている。

 それを証明するように、旧態依然としたファルデンの海軍は未必の故意でアリオンと武力衝突を引き起こしてしまった。

 対照的に、テイラー肝いりで新設された空軍がヴィストニアとの対話を成功させたところから、ファルデンもまた時代の転換点にあることが窺えた。


「ミス・フルルータでしたっけ? 彼女のこれからの活躍が楽しみですね」


 ヘクターの感想を耳にしながらセオは無線機を操作。「デート作戦」中止の旨を伝達する。

 今すぐテロが発生するとは限らないが、少女たちの安全確保は急務のため、やむを得ない措置だった。

 送信ボタンから指を放して相手の返答を待つが、不規則なノイズを発するばかりで一向に応答する気配がない。

 不審に思いながらセオは重ねて無線機に話しかけるも、依然として無線機は沈黙したままだった。

 無線機が故障した可能性もあるが、しかし原因は別にあると彼は直感していた。


「運転手、ラジオをつけてくれ」


 彼の言葉に従って運転手が車内取り付けのラジオを操作する。

 しかし、ラジオのスピーカーが放つのは耳障りなノイズ音声ばかり。

 チャンネルを変更しても変わる様子はなかった。

 ヘクターも状況を察して自身の無線機を操作するが、応答はなし。


「これは……まずいですね」


 冗談めかすように肩をすくめるヘクターに、セオが頷く。


「ああ、電波妨害だ」


 このタイミングで電波妨害が起きる原因は、一つしかない。

 テロ組織はすでに、動き出していたのだ。


「彼女たちの保護を急ぐぞ――手遅れになる」



――――――――――――――――――――


作者からのお知らせです。


次回更新は一週間後、11/21(水)とさせていただきます。


現在進行形で執筆を進めているのですが、修正と再構成を繰り返す沼にハマってしまいました……。

私としてはある程度納得のいく形に仕上げてから投稿したいと考えておりまして、そのため更新ペースはゆっくりめになってしまいます。どうかご了承下さい。

出来れば11月中、どれだけ遅れても年内には第一章は完走しますので、その点はご安心いただければと思います。


それではまた、次回でお会いしましょう!


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