第17話 黎魔国交会談 その1
首都ノーグ・ローデン最上層、大統領官邸。
その大客間にて国交会談は開かれた。
長大なテーブルを挟んでヴィストニアとファルデンの両陣営は向かい合う。
この会談では両国家間に結ばれる同盟、および各種条約についての交渉が行われる予定だ。
実際にはこれ以降も会談と交渉を重ねて草案を作成することになるが、初回の駆け引きが後の趨勢を決する可能性は大いにある。
魔導連合と
暗刃交錯する舌戦が繰り広げられると予見されたそれは……しかし、拍子抜けするほど穏やかに進行していた。
テイラーと少女たちはなごやかに談笑する。
「なに? 『死亡者、大統領』を観てないだって?」
ファルデン見学の感想をアニラたちから聞いていたテイラーは、信じられないという声を上げる。
「映画館には寄ってないのかね?」
「えーがかん、ってなんです?」
初耳の単語にアニラは尋ね返す。
対するテイラーは大仰なポーズをとる。
「なんてことだ、この様子だと映画という概念さえ説明されていない……オゼリア君!」
大統領は後方に控えるオゼリアに声をかける。
「話が違うじゃないか、あの傑作映画を観てもらうようにと、念を押したはずだ!」
オゼリアは一切動じず、淡々と述べる。
「お言葉ですが大統領。二時間を超えるあの映画を鑑賞するほどの時間的猶予はございませんでした。そもそも、映画相手ではフルルータ嬢の翻訳魔法も働きません。はっきり申し上げまして、無理です」
「それは、うむ………君の言う通りだな」
オゼリアの反論に隙はなく、テイラーはあえなく撤退する。
額に手を当て、彼は嘆く。
「これは我が国の損失だよ、早急にヴィストニア語字幕を作成しなければ……」
「そんなに大事なものだったんですか……?」
よほどの重大事と勘違いしたシアが尋ねると、テイラーは真剣な表情で頷く。
「もちろん! そうだ、せめてあらすじを語らせてくれ」
そうして彼は、聞かれてもいない映画のあらすじを意気揚々と力説し始めた。
「まず、冒頭でジャック・ケイシー演じる大統領が命を狙われる。彼は追手から逃れるため偽装死体を用意し、難を逃れるんだ――待て待て、ここからが本題だ。大統領が身を隠してる間、世間は大騒ぎ! 大統領の死亡が報じられ、新たな大統領選が開かれてしまう――まずい、困った! そして大統領は決意する。次の大統領が決まってしまうその前に黒幕を暴き、自分の存命を国中に知らせなければ……!」
手ぶりを交えて説明するテイラーは生き生きとしており、アニラたちが口を挟む余地はなさそうだ。
通訳の合間にアニラとシアが小声で会話する。
「アニラちゃん、『えーが』ってなんだろね?」
「たぶん、舞台劇みたいなものじゃないかなぁ?」
少女たちがひそひそ話していると、テイラーの解説もクライマックスを迎える。
「――首謀者を暴き、陰謀を打ち破った主人公は、大統領選にて華麗に登場! 文字通りの復活当選を果たすのさ! そしてここからが重要。その大統領のモデルとなった人物こそ――」
優雅な手つきで彼は自分の胸を叩く。
「この私、ジーン・テイラーなのだよ!」
「お、おおー」
要領を得ていないが、とりあえずアニラたちは拍手を送っておく。
とうのテイラーは、まるで万雷の拍手喝采を浴びるかのように誇らしげだ。
政治交渉を差し置いて、映画談義に夢中になる男――ファルデン第二十五代大統領、ジーン・テイラーとはそのような人物だった。
しかし、そんな雑談にしびれを切らしたのか、隣に座る男が彼の肩を軽く叩く。
「大統領、親睦を深めるのも大事ですが、そろそろ本題に移りましょう」
そう耳打ちしたのは、ファルデン国務長官と名乗った恰幅のいい男だった。
彼の諫言にテイラーは残念そうに肩をすくめる。
「ああ、つい興が乗ってしまったな……よし、それでは会談を始めよう」
そうして、
ヴィストニアが作成した同盟及び条約に関する各種提案書を、アニラが音読する。
「両国家間における安全保障について、ヴィストニアは以下の通りに提案します。第一に――――」
通常ならば互いに提案書を提出するところだが、相手側の文章を読める人間がいない以上それは不可能。
ゆえに、アニラの音読を元に書記官が文章化し、それを通じて相手の主張を把握するという措置がとられていた。
「……次に国境画定に関してです――――」
ファルデン書記官が叩くタイプライターの「ダチダチ」というタイプ音が響く中、アニラは粛々と口述していく。
安全保障。
国境画定。
内政不干渉。
外交・領事。
通商条約。
――エトセトラ。
「……以上を、貴国との国交を開くにあたっての提案とします………ふぅー」
音読を終えたアニラはくたびれた様子で椅子に座る。
さすがのアニラも、一日中通訳をしたことによる疲労がたまってきたらしい。
彼女は目を閉じ、口をあんぐりと開けて脳を休める。
そんな親友をシアが労う。
「お疲れ様、アニラちゃん」
「んー」
アニラが休息に専念している間、ファルデン首脳陣は書記官から受け取った提案書を手に、あれこれと話し合う。
やがて結論が出たらしいファルデン側は、こう切り出した。
齢五十は越えた国務長官が、年の割には高めの声で述べる。
「貴国の提案は理解しました。協議を重ねて、返答したく思います」
お決まりの常套句だった。
だが、続く彼の言葉がそれを覆す。
「しかし条件次第では、先の提案をこの場で全面受諾することも、不可能ではありません」
彼の発言に、ヴィストニア陣営はどよめく。
他国の国交提案、それを全面的に受け入れるというのは、属国でもない限りまずありえないことだからだ。
遠い異世界にて覇権を握った強国、ファルデンがそれほどの譲歩をする理由とは、いったいなんなのか。
それを探るべく発言したのは、先日の会談にてファルデン人との交渉経験があるニコールだった。
「……では、その条件とはいったい?」
この質問に答えたのは、国務長官ではなくテイラーだった。
「こちらの要求は、ただ一つ」
彼は普段の気さくな笑みを消し、冷然とした雰囲気を漂わせこう語る。
「魔導士、アニラ・リア・フルルータ――彼女を譲り受けたい」
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