第12話 異世界の街


 魔導士たちを迎えたのは、蒸気に包まれる常夜の街だった。


 飛行場にてファルデン首脳陣との挨拶を済ませた特使団一行は、ファルデンの大通りへ赴いた。

 案内人のオゼリアがアニラたちに語りかける。


「最初にご覧いただくのはここ、ウィルク大通りでございます。普段は混雑する場所ですが、人払いを済ませているのでご安心くださいませ」


 二車線道路を挟んで立ち並ぶのは、ヴィストニアとは対照的な角ばった造形の建築群。

 黒・灰・茶色といった落ち着いた色の建物の外壁にはパイプが露出しており、時折そこから白い蒸気が噴出している。

 歩道には電灯が等間隔に並び、日照に乏しく薄暗い階層都市内部を、橙色の灯りが昼夜なく照らしている。


 そして天井。太いパイプやワイヤー、それから梁がむき出しになっており、さらに黒色の頑強な支柱が何本も地面へと延びている。

 ヴィストニアでは見られないシックな街並みに、少女たちから感嘆の声がこぼれる。


「わ、おしゃれー」

「なんだか、大人っぽい街だね」


 一目でファルデンの街を気に入ったらしいアニラに、オゼリアは微笑む。


「フルルータ嬢、お気に召しましたか?」

「はい、とっても! なんていうか、かっこいいです!」

「それはなによりです。ここは商店街ですので、ご自由にお買い物も楽しめますよ」

「おー!」


 気が昂るあまり、アニラは身体を上下に揺する。

 対するシアは緊張しているのか、上目遣いにオゼリアへ尋ねる。


「あの、私たちファルデンのお金持ってないんですけど……」

「ご心配には及びません。あらゆる費用はファルデン政府が請け負いますので」

「わ、そんないいのかな……」


 遠慮がちなシアの手を、上機嫌なアニラが取る。


「いーのいーの、シアちゃんお土産たくさん買お!」

「あ、アニラちゃん……!」


 そうして魔導士の少女たちは、蒸気の街へと踏み出した。



 アニラとシアが最初に入ったのは婦人服店だった。

 ファルデン製の瀟洒な衣服が展示された店内に、少女たちのはしゃぎ声が響く。


「ねーね、シアちゃんにはこれなんか似合うんじゃない?」


 そう言ってアニラが掲げたのは白いブラウスだ。

 胸元にフリルがあしらわれた上品なデザインで、肌触りも滑らかな一着だ。


「ほんとだ、かわいい~」

「他によさげなのはーっと、そうだ」


 アニラは棚に飾ってあった白いバルーンハットを手に取る。


「シアちゃん知ってる? ファルデンでの帽子は、紳士淑女のたしなみなんだって」

「へー、だからみんな帽子被ってるんだね」

「そうそう。で、これを被せると……」


 アニラはバルーンハットをシアに被せる。


「うん、かわいい!」

「ふふ、今度は私がアニラちゃんの服探してあげるね」


 そんな具合に好みの服を取っては試着してを繰り返していると、付き添いのオゼリアが声をかけてくる。


「お二人ともよくお似合いですよ」

「ありがとーございます!」


 そう返事したアニラはブレザーにプリーツスカートという格好だ。


「あらフルルータ嬢、その衣装だとまるでファルデンの学生のようですね」

「そうなんですか?」

「ええ、とても可憐ですよ」

「ほー?」


 アニラは姿見の前に立ち、思案する仕草を取る。

 やがてなにかを企むような悪戯な笑みを浮かべるも、それをすぐに隠してしまう。

 振り返ったアニラは胸の前で両手を合わせ、オゼリアに喋りかける。


「えっと欲しいものはもらえちゃうんでしたっけ?」

「ええ、あなた方が望むのならこの店の商品すべて、お贈りいたしますよ」


 オゼリアの台詞に、控えめなシアは手をわたわたと振る。


「そんな、全部だなんて」


 アニラもうなずく。


「だね。さすがに全部は悪いから、数着だけお願いします」

「かしこまりました。商品の精算と梱包はこちらで済ませますので、お二人はどうぞお先に」

「はーい」


 そうしてアニラたちは元のローブ衣装に着替え、店から出る。

 次に入る商店を探すべく二人が通りを歩いていると、なにやら香ばしい匂いが漂ってくる。

 香辛料と焼ける肉の香りがアニラの鼻腔をくすぐり、たちまちよだれがあふれてくる。


「そういえば、お昼まだ食べてないや」


 アニラがお腹を触ると、空腹を思い出した胃が音を鳴らす。


「私もお腹減ってきたかも」

「よし、次は異世界の料理を堪能しよう!」

「うんっ」


 そうして二人は匂いの発生源、ファルデンのファストフード店へ入った。

 店頭には肉厚のハンバーグとベーコン、それから野菜類をパンで挟んだ写真が貼られており、正面の注文カウンター奥に従業員が立っている。

 普段は大勢の客が利用する店らしく、店内には多くの椅子とテーブルが並んでいる。

 食欲にせかされるように二人は手早く注文を済ませ、座席で料理が運ばれるのを待つ。


 その間、アニラたちは店内に流れる音楽と音声に耳を傾けた。

 どこか生の声とは違う、若干くぐもった声。

 シアがきょろきょろと音の発生源を探しながら呟く。


「音魔導具、じゃないよね?」

「うん、ファルデンに魔導はないからね。それに……」


 ファルデンの言語で喋っているらしいその音声から意味をくみ取ろうと、アニラは対話魔導式を集中させる。

 が、すぐにアニラは首を振る。


「……だめ、なに言ってるかわかんないや。話してる本人がここにいるわけじゃないみたい」

「アニラちゃん、あれ」


 そう言うシアが指さす先は内壁に設えられたキャットウォーク、そこに置かれた物体だった。

 物体の正面には小さな穴がいくつも開いており、また金属製の棒が斜めに装着されている。


「あそこから音が流れてるみたいだよ」

「ん、ほんとだ」

「どういう仕組みなんだろう……」


 二人がうんうんと小首をかしげていると、遅れてオゼリアが入店してくる。

 両手には先ほどの衣服を詰めた手提げを持っている。


「お待たせいたしましたわ、お二人とも。なにかご不便はありませんでしたか?」

「平気ですよー。それより聞きたいんですけど、あれってなんですか?」


 アニラはキャットウォーク上の物体を指さす。

 するとオゼリアは、ああ、と頷く。


「あれはラジオといって、発信された音声を拾って再生する機械ですわ」

「へー、らじおかぁ」

「原理といたしましては、音声を電波というものに変換して送信し、それを受信したラジオが再度電波から音声へ変換しているのですよ」

「ほほぉ?」

「アニラちゃん、なんて?」

「えっとね、まず『でんぱ』ってものがあって――」


 アニラとシアの魔導少女たちはラジオと電波の仕組みを理解すべくあれこれ話し合う。

 やがて注文の料理が届けられたころ、アニラは懐からとある楕円形の結晶体を取り出す。


「うーん、これとはまた性質が違うっぽいね」

「フルルータ嬢、そちらの結晶は?」


 今度興味を示したのはオゼリアの方だ。

 アニラは水色の結晶体を手渡して説明する。


「これは反映魔導式が刻印された双子の通話結晶です。つがいの結晶を通じてお話しできるという魔導具で、たとえば――」


 さらにもうひとつ、シアから受け取った緑の結晶を手に取ると、アニラはそれに向けて「ああー」と発声。

 それに応じて、オゼリアの持つ結晶が振動し「ああー」という音声を発振する。


「こんな具合です」


 魔導とその産物を目にしたオゼリアは嘆息する。


「これが魔法の、いえ魔導の力ですか……なるほど」

「魔導だって、ファルデンの発明には負けないんですから!」


 ふふん、とアニラは胸を張る。

 そんな少女を見るオゼリアは微笑ましげだ。


「もちろん、存じておりますわ」


 そうしてラジオに関する議論がひと段落すると、二人は食事に取り掛かる。

 ハンバーグからにじむ肉汁に、カリっと揚げられたポテトが若者にはたまらない。

 似た料理はヴィストニアにも存在するが、ファルデンのものはより鮮烈な味付けで、一口ごとに脳が多幸感で溢れるようだ。

 特にアニラは飲むとシュワっとする、炭酸ジュースという飲み物を気に入った。


「うまい、まいまい!」


 とよくわからない感想をこぼしながら、アニラはかぶりつき、あっという間に完食してしまう。

 対照的にシアは上品に一口ずつ咀嚼してはゆっくり嚥下しており、食べ終わるのはまだ先になりそうだ。

 その間、アニラはオゼリアと世間話をする。

 話題はもちろん、ファルデンについてだ。


「そういえば気になってたんですけど」


 紙製ナフキンで口を拭って、アニラは続ける。


「黎明国ファルデンの『黎明国』って、なにか由来があるんですか?」


 アニラの質問に、オゼリアは自身の胸に手を当てて答える。


「それは、我が国こそが人類の夜明けを実現した、最初の国家だからですわ」

「人類の夜明け?」


 なにやら壮大なワードに、アニラは首をかしげる。


「はい。これは『大転移』の前、元の世界での話になるのですが……」


 と前置きして、オゼリアは祖国の歴史をひも解く。


「ファルデンは西の最果てにある新大陸にて成立した、新興国家でありました。位置の都合上世界で最初に日が昇ることから、『夜明けの国』と呼ばれていたのです」

「そっか、ファルデンの世界だと太陽は西から昇るんでしたもんね」

「その通りでございます。そして――」


 オゼリアは窓越しに広がる、ファルデンの街並みを手で示す。


「この階層都市とそれを支える錬金工学を編み出したことで、ファルデンは既存の文化・価値観を刷新し、新時代を築き上げたのです。これがファルデンでいう、人類の夜明けでございます」


 説明するオゼリアの声音はどこか誇らしげで、彼女が抱く愛国の精神が垣間見える。

 アニラは軽く拍手を送る。


「おー」

「……と、そのような歴史を歩んできたため、ファルデンでは夜明け、つまり黎明を国家の象徴としているのですよ」

「なるほど~」


 アニラはぽんっ、と手を打つ。

 それと前後して食事を終えたシアが「ふぅ」とため息を吐く。


「おいしかったぁ」

「お口に合って幸いですわ」

「よーし腹ごしらえも済ませたし、次行こっか!」


 居ても立っても居られないとばかりにアニラは立ち上がり、二人もまたそれに追従する。

 店を出ると、通りを歩くオーゲルをその他一行の姿が目に入る。

 先頭を歩くオーゲルはなにやら辺りを見回しており、やがてアニラの姿を認めると急ぎ足で駆け寄ってくる。


「アニラやぁ!」

「どうしました、師匠ー?」


 アニラの前に立つと彼はかぶりを振って一息つく。


「……通訳がおらんと、困るのだ、いろいろ」

「あ、そうでした」


 異世界の街に夢中になるあまり、アニラは自分の役目を失念していたらしい。


「まったく、お前さんがいない間、あのローウェル君は言葉も通じないのに頑張って説明しようとしてくれたのだぞ?」

「……あちゃー」


 見れば、視界の隅に映るセオは壁に寄りかかり、どこかくたびれた様子だ。

 感情の起伏に乏しい鉄面皮の彼が、身振り手振りで意思伝達を図ったのかと想像すると、アニラにはどこか面白い。


「団体行動を心がけなさい、よいな?」

「はーい」


 アニラとオーゲルがそんなやりとりをしていると、食事の会計を済ませたオゼリアが後から現れる。


「あら、どうかなさいましたか?」

「えっと、それが」


 アニラが経緯を伝えると、オゼリアは恭しく頭を下げる。


「それは失礼いたしました、以後は私も気を払いますので」


 それをオーゲルが手ぶりでいさめる。


「よいよい、わしの監督不行き届きによるものじゃ。頭を上げてくれ」

「そうおっしゃってもらえると助かります。では、次はどこへ向かいましょうか?」


 端麗な微笑で尋ねるオゼリアに、アニラが「はい、はい!」と手を上げる。


「私、錬金研究所ってとこ見たいです!」


 弟子の意見にオーゲルもまた賛同する。


「うむ、わしも興味があるの」

「かしこまりました」


 そう頷いたオゼリアが指を鳴らすと、傍の道路に車が停車する。


「次は錬金研究所へ向かいます、皆さまご乗車ください」


 そしてアニラたちは錬金研究所へと赴いた。


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