第11話 来訪、黎明国ファルデン
その「都市」は一言、異形であった。
雲を突かんばかりにそびえ立つその威容は、遠目には巨大な塔として映るだろう。
知識ある者はその建築技術を称賛するだろう。
感性豊かな者はその迫力に心震わすだろう。
だが「都市」の全貌が明らかとなった時、誰もが思い知ることとなる。
常識というものが、いかに脆弱であるかを。
アニラの耳に、ファルデン外交官の誇らしげな声が届く。
「眼下に望むこの都市こそが、ファルデンの首都ノーグ・ローデンでございます……!」
飛行船に乗ってしばらく、忙しなく内部を観察したり乗員に質問を繰り返していたアニラも、この時ばかりは言葉を失う。
窓の外に広がる途方もない光景に少女は釘付けになる。
アニラの隣に立つシアもまたその絶景に息をのみ、信じられないという口調で呟く。
「これが都市……?」
シアが疑問符を浮かべてしまうのも無理はなかった。
ノーグ・ローデンに既存の「都市」という概念を当てはまるべきではない。
そこにあるのは、一重なりの「都市群」であった。
高層建築物がひしめく英明の都市。
これが一層、二層、三層と上に積み重なり、中心部および外縁に屹立する黒鉄の支柱によって支えられて、一つの塔のようになっているのだ。
街を幾重にも積み重ねて構築された階層都市。
それこそがファルデンの首都ノーグ・ローデン――アニラたちの目的地だった。
アトール魔導学校での会談から二日後。
アニラたちヴィストニア外交特使団はファルデン首都を訪ねていた。
特使団メンバーは先の会談に参加したアニラ、オーゲル、ニコールとその他中央議員数名。
それに加え、「有事」に備えてシアが同行している。
飛行船で空の旅を満喫すること数時間、都市上層外縁に構えられた飛行場に飛行船が着陸。
アニラたちはファルデンに降り立つ。
飛行場は広大で、複数の飛行船が係留されているのが確認できる。
また階層都市の外縁に位置するため大空と大地が一望でき、その高さも相まって空中を歩いているような錯覚を覚えさせる。
緊張と興奮に鼓動高鳴らせるアニラとシアは、先導するファルデン外交官の後をついていきながら小声で話す。
「シアちゃん、とうとう来ちゃったね異世界の国!」
「うん、こんな街見たことないよ……」
「街をパンケーキみたいに重ねて、一つの都市にしちゃうなんて……異世界の文明はすごいや!」
「ね、魔導技術の有無だけでこんなに違うだなんて……」
白い喉をそらせてシアは階層都市上層を仰ぐ。
彼女の視線の先には、突き立つビル群と、都市外縁に敷かれたレールを走行する「鉄の蛇」。
隣のアニラも見上げ、「鉄の蛇」を指さす。
「あの外側を走ってるのなんだろね? 蛇みたいに長いの」
「乗り物、なんじゃないかな? 都市を行き来するための」
「ふぇー」
どこを見ても新しいものだらけの、異世界の国。
アニラの胸は期待でいっぱいだ。
やがて外交官に連れられた特使団は、飛行場の入り口近くにてある集団に出迎えられる。
両脇にファルデンの国旗を掲げる兵士を携え、横一列に並んだスーツ姿の一団。
先頭を歩いていた外交官は道を譲るように横にずれ、特使団にこう語る。
「ヴィストニアの皆さま、正面におりますのが我が国の大統領と、中枢を担う首脳陣でございます」
その台詞を受け、首脳陣中央に立つ灰色の髪の男が一歩踏み出し、アニラたちへ歓迎の言葉を送る。
「ファルデンへよく来てくれた、魔法の国の人々!」
男の低く張りのいい声が響く。
「私はジーン・テイラー、ファルデンの大統領だ。我が国はあなた方を歓迎するよ」
テイラーの口調は親しみ深いもので、その顔には気さくな微笑が浮かんでいた。
白髪の混じった灰色の髪、藍色の目、年齢は四十後半。
そのフランクな雰囲気は一国の大統領というよりは、学校の校長の方が似合いそうだ。
一見戦争など無縁そうな彼こそが、ファルデン大統領。
異世界の覇権を握った男である。
テイラーの歓迎に応じるべく、特使団からはオーゲルが前に出る。
「お初にお目にかかる、テイラー大統領。私はオーゲル・オグ・デア・ケル・カインツフォード。ヴィストニアの代表として参った」
テイラーは柔和に笑って手を差し出し、オーゲルもまた握手で応じる。
「よろしく頼む、カインツフォード卿」
先日の会談にて、両国はある程度の一般常識を共有していた。
それによりファルデン人も星持ちを呼ぶ際は、敬称である「卿」または「嬢」をつけるようになっていた。
握手する手を見て、テイラーが興味深げに話しかける。
「しかし面白いものだね」
「ふむ?」
訝しげなオーゲルに、テイラーは手のひらで握手を指し示す。
「異世界の国同士でも、握手という習慣は共通している。不思議じゃないかね?」
「たしかに、ごもっともですな」
「言葉も住む世界も違うが、こうして手を取り合うことはできる。我々の出会いは素晴らしいものになると、私は確信しているよ」
「うむ。ヴィストニアもファルデンとはよい関係を築きたく思う」
「嬉しい限りだ。ところで――」
そこでテイラーは握手を解き、視線を通訳者のアニラへと向ける。
「君がフルルータ嬢だね? 翻訳魔法の」
「あっはい、そうです!」
「君は我が国の恩人だ」
テイラーはアニラにも手を差し出し、彼女もそれに応じる。
「君がいなければこの会談は成立しなかった。君の活躍によって回避された不幸と障害は計り知れない。ファルデンを代表して感謝する」
「ど、どうも?」
一国の大統領に感謝を示され、アニラは若干たじろぐ。
好成績を出した生徒を褒めるような声音で、テイラーが話を続ける。
「ついては、君にファルデンの名誉市民権を贈呈しようと思うんだが、どうかね?」
「名誉市民、ですか!」
(なんだかとっても名誉っぽい!)
そんな理由でアニラは提案に飛びつく。
「ああ、ほかにも君のためならファルデンは協力を惜しまない。君の才能を応援させてくれ」
「お、おお……」
異世界の国にとりわけ強い興味を抱く少女にとって、その誘いは望外の好機であった。
自分の心に正直なアニラが承諾しかけた、その時。
彼女の師が肩に手を置く。
「こらアニラ、結論を急ぐでない。……それからテイラー大統領」
オーゲルが異国の大統領を見据える。
「こやつを評価してくれるなら、会談までもう少しばかり猶予を設けてほしかったの。なにせ通訳は疲れるものでな」
その言葉にテイラーは苦笑交じりにかぶりを振る。
「それについては申し訳ないと思っている」
両国家間の国交樹立と条約締結を目標としたこの訪問は、ファルデンの強い要望によって実現した。
ヴィストニアとしてはアニラの新型翻訳魔導の完成を待ち、それと並行して協議を重ね、万全な準備を整えたかったのが本音だ。
当然彼らは国交会談の実施を遅らせるべく交渉したのだが、ファルデンは早期実現を固持。
結果、国交会談は駆け足気味に開催されることとなり、今に至る。
「こちらにも急ぐ事情があったのだ、許してほしい」
「して、その事情とは?」
「なに、国の都合というやつさ。詮索はしないでくれたまえ。それより今は――」
そう言って、テイラーはおもむろに指を鳴らす。
それを合図に現れたのは、自動車と呼ばれる鉄の乗り物だった。
ヴィストニア人にも一目で高級車と分かる黒塗りの車からは、どちらも黒いコートに身を包んだ、黒髪の青年と銀髪の美女が姿を見せる。
「あなた方にファルデンという国を見てもらいたい。そのための案内人も用意した」
テイラーが手招きすると、二人組は特使団のそばに歩み寄る。
そして立ち止まり、被っていた帽子を左胸に当てて礼の所作を取る。
最初に名乗ったのは流麗な銀髪を伸ばした女性だった。
「案内人を務めます、オゼリア・イオハートと申します。以後お見知りおきを」
オゼリアの声音、仕草は実に典雅なもので、その顔には優美な微笑が添えられている。
特使団の人間は、男女問わずその美貌に見とれてしまう。
次いで口を開いたのは、黒髪の隙間から深い緑色の目が覗く、表情に乏しい青年だ。
「セオ・ローウェル。みなさんの護衛を務める者です」
「二人とも私の優秀な部下だ。必要なものは彼らが用立ててくれる」
テイラーは腹のあたりで手を組み、そして誇らしげな笑みを向ける。
「ではヴィストニアの諸君。我々が築き上げた英知の国、その精髄を味わってくれたまえ」
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