第10話 黎明国と魔導連合 その2
アニラを初めとして、ヴィストニア陣営は黎明国ファルデンを「異世界に昔から存在する国家」と認識していた。
だがここに、その先入観は破られる。
「ファルデンも前は別の世界にいたってこと? 私たちと同じで?」
明かされた新事実にうめくアニラ。
その隣に座るオーゲルが先を促す。
「詳しく話を聞きたいの。特にファルデン諸君がどんな『三日間』を過ごしたのか」
「もとよりそのつもりで参りました。ですがその前に――シーラ君」
ウォルターの呼びかけに、彼の右に座る女性士官が応じる。
「はっ」
「ヴィストニアの方々に、我らがファルデンについて説明してくれ」
「了解いたしました。ここからの説明は自分、シーラ・オルコット中尉が務めさせていただきます」
そう名乗ったのは茶色の髪を肩口で切りそろえた、鋭い眼差しの若い女性だった。
彼女は淀みなく、活舌のよい声で己の祖国を語る。
「黎明国ファルデンは建国からわずか百年余りの新興国家であります。歴史は浅いながらも、その卓越した技術力と先進的な社会構築により、他の追随を許さない覇権国家へと上り詰めました」
ニコールが挙手する。
「百年で覇権国家になったということですが、それに至るまでどのような過程を歩んだのですか?」
シーラは鋭利な視線をニコールに向け、そして恥じることなくファルデンの足跡を明かす。
「端的に申し上げて、戦争とその勝利こそが、ファルデンの覇権を決定づけました。我が国は過去、革新戦争と呼ばれる大戦を経験し、その中で新機軸の兵器開発・軍事戦略を編み出し、これに勝利いたしました。戦争の枢機が国家の総力とその運用にあるならば、勝利こそがファルデンの覇権たる所以です」
シーラの弁舌にニコールは納得したように数度頷く。
緊張によるものか、彼の顔はやや引きつり気味だ。
「……なるほど」
一方ウォルターは苦笑を交えてこう話す。
「もちろん、我が国は血と闘争に飢えた狂人の国ではない。戦争での勝利以上に我々は国民の幸福を追求し、人の理性と英知にこそ人間性を見出す合理の国……。それがファルデンです」
「ああ、理解しているとも。貴国がいかに明晰で合理的なのかはな」
ヴィストニア陣営、特にオーゲルとニコールの内にはファルデンに対する危惧が芽生えていた。
二人の観察眼と洞察力を信じるならば、おそらくウォルターらファルデン軍人は虚偽を交えず、事実のみを語っている。
だが同時に、多くを語りもしない。
わずか百年の歴史しか持たない国家が戦争で世界の覇権を握るには、おびただしい犠牲を他国に強いた可能性が高い。
合理的な国家。
これは突き詰めれば、「理あり」と断じればいかなる行為も辞さないということでもある。
戦争と勝利によって築き上げられた黎明国ファルデンの歴史。
そこに見え隠れする血塗られた軌跡に対し、二人は慎重にならざるを得ない。
だが、そんな事情もつゆ知らず好奇心をみなぎらせる少女がいた。
そう、アニラである。
「聞いてもいいですかっ?」
喜色を満面にしながらアニラは元気よく手を挙げる。
そんな彼女にシーラは、気持ち表情を緩ませる。
「はい、どうぞ」
「ファルデンには魔導技術が存在しないんですよね?」
「おっしゃる通り。私たちの世界に魔法も魔導もありませんでした」
「ならなら、どんな技術体系を確立させたんですか?」
戦争の歴史よりも、アニラにとってはそれこそが肝要であった。
魔導技術を用いず空を飛ぶ、飛行船なるものを作り出すファルデン。
そこで栄えた未知のテクノロジーの存在が、少女の童心をくすぐるのだ。
シーラは隣の上官にアイコンタクトをとり、一度頷いてから喋りだす。
「わが国の繁栄は、錬金術をひな型とし、そこに工業技術を融合させた新時代の技術――錬金工学によって支えられております」
「れんきん、こーがく!」
ヴィストニアの言語に存在しない新たな概念の登場に、アニラは興奮を隠せない。
先刻までファルデンに対して危機感を抱いていたオーゲルらも、これには興味をそそられる。
アニラはテーブルに身を乗り出す。
「その錬金工学ってどんなものですか、知りたいです!」
顎に手を当て思案しながら、シーラは回答する。
「そうですね……サンプルの用意などがあればよかったのですが、なにぶん急だったもので」
「ならこれはどうかね?」
そう言ってウォルターは軍服のポケットからとある小瓶を取り出す。
ガラス製の小瓶は、黄緑色の液体で満たされていた。
「暗視薬だ。服用者に暗視能力を付与する、錬金工学の賜物だよ」
「おお~」
アニラはテーブルに置かれた暗視薬をしげしげと見つめる。
「どんな原理なのかね?」
質問したのはオーゲルだ。
真理の探求者として、知的欲求には逆らえなかったのだろう。
「ファルデンの薬液には大概、『ホムンクルス』と総称される微生物が含有されています。その微生物の働きによって、さまざまな効能がもたらされるのですよ」
「ほむんくるす……! へー、この中にそんなのがいるんだぁ」
「薬学以外にも――」
シーラが手で窓の外を指し示す。
「あの飛行船も錬金工学の産物なのですよ」
「おー!」
アニラの好奇心を発端とし、場の空気がわずかに弛緩していた。
一触即発とはいかないまでもじりじりと緊張を高めつつあった両陣営にとって、これはちょうどいい小休止となっていた。
そして議論は本題へと戻される。
仕切り直す役を担ったのはウォルターだ。
「ファルデンへの理解が深まったところで、話を進めましょうか。我々の三日間についてです――シーラ君」
「はっ」
彼女は元の眼光を取り戻し、三日前のファルデンについて語る。
「我々の国は三日前、未曽有の異変に見舞われました。空中を埋め尽くす奇怪な文字と空を覆う暗い天蓋が現れ、やがてそれらが消失するとともに別の世界――つまり今いるこの世界に飛ばされてきたのです」
再びニコールが疑問を投げかける。
「ここが異世界だと断定できたのは、いつの時点ですか? その方法も併せてお聞かせ願いたい」
その質問は想定済みだったのか、シーラは淡々と答える。
「異変直後、我が空軍の飛行船によって周辺の観測調査が実施されたのです。その調査によってまず、ファルデン領土外にあったはずの国家、および大陸が消失していることが判明しました。さらに、それ以外にも明確な異常を観測しておりました」
「それはいったい?」
「太陽です」
シーラは天へ向けて指を伸ばす。
「我々の世界の常識では、太陽とは『西から昇る』ものでした。ですが異変以降、太陽は東から昇り西へと沈んでいったのです」
アニラは感心したように窓の外を見やる。
(西から太陽が昇る……そんな世界もあるんだ)
オーゲルもまた興味深げに低くうなる。
「調査で得た情報とそれに基づく推測から、ファルデンはこの世界を『異世界または別の惑星』と断定いたしました。異変発生から数時間のことです」
シーラの一連の供述をヴィストニアの書記官が書き記していくのを背に、アニラは尋ねる。
「それじゃあ、『大転移』から今日までどんなことが起こりましたか?」
これにまず応えたのはウォルターだった。
「『大転移』……この大陸転移の異変を、あなた方はそう呼称しているのですね?」
「あっはい。……名付けたのはいけ好かないヤツですけど」
アニラはぼそっと兄弟子を毒づく。
「なるほど、ではその呼称で統一しよう」
ウォルターはシーラに目配せをする。
「では『大転移』による影響について概説いたします」
そうして彼女が語ったのは以下の通りであった。
収穫できる海産物の変化。
諸外国との断絶による経済打撃。
異常事態に対する国民の不安。
「――ですが、これらについてはすでに対応策が講じられております。それよりも我が国が問題視しているのは、『大転移』以降観測されている未知の大陸でした」
「異世界の在来大陸か……」
オーゲルも『大転移』以来気にしていたのか、その声音は共感の色を帯びていた。
「はい、『大転移』直後の観測にて北に一つ、北東に一つ。その存在を確認しております」
アニラはふと、『大転移』直後に発見した『星』を思い出す。
闇夜の中、ヴィストニアから見て北方の大陸を照らす『星』だ。
「ファルデンってたぶん、ヴィストニアの西にあるんですよね?」
「ええ」
「ならファルデン北東の大陸には、『星』が輝いてませんでしたか? 小さな太陽みたいな」
「あの奇妙な光源ですね」
「あれがなんなのか、ご存知ですか?」
「いえ、そこまでは。ただ……その大陸に人型生物の生息を確認しております」
「おお」
ファルデンの調査班が捉えた、異世界人らしき生物。
その情報にヴィストニア陣営の注目が集まる。
「接触は図ったのかね?」
オーゲルの投げかけに、シーラは目を伏せ気味にして述べていく。
「我々もそのつもりでした――攻撃を受けるまでは」
「なんと……」
異世界人による敵対行動。
ヴィストニア陣営に一抹の動揺が走る。
その『星の大陸』がヴィストニアの北方に位置する以上、彼らにとっても他人事ではない。
「それで、状況はどうなっておる? まさか戦争を?」
これまで間断なくはきはきと応えていたシーラだったが、しかしこの時ばかりは一呼吸分の沈黙を見せる。
彼女の様子にオーゲルがなにか引っかかるものを感じるのも束の間、割って入る形でウォルターが話に加わる。
「これは私から話しましょう。なにぶんデリケートな問題ですから。……件の異世界勢力とは、幸いにも武力衝突には至っておりません。がしかし、我々はこの現状を国家存続の危機であると判断しております」
そう論じる彼の声音は硬く、重い。
「国ごと転移した先は異世界、そして周囲には未知の大陸。どんな危険生物、自然災害に襲われても不思議ではない。ゆえに――」
そこで彼は友好的な微笑をヴィストニア陣営に向ける。
「あなた方との出会いは
そう自分への称賛を通訳しながら、アニラは破顔する。
「……えへへ」
「して、ファルデンはヴィストニアになにを望む?」
ウォルターに問うと同時、オーゲルはこの会談の焦点がここにあると睨む。
アトール上空で対話魔導式による翻訳を可能とするアニラの存在を知ったファルデン。
未知の異世界に放り出された彼らにとって。アニラという少女は暗闇に射す一筋の光明に等しい。
そして彼女が暮らす国は、空想の中にしかなかった「魔法」がはびこる場所だという。
合理に従うファルデンが導き出す答えは、一つしかなかった。
「ファルデンは、魔導連合ヴィストニアとの同盟を望みます」
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