第4話 異世界対策会議


 五つの国から構成される、世界最高の魔導連合ヴィストニア。

 首都ルーノンに建てられた都立魔導院は二千年におよぶ魔導学の結晶であり、世界の真理にもっとも近い場所とされている。

 その大会議室に、連合各国から集った優秀な魔導士たちが並んでいた。


「みな、この非常時に集まってくれて感謝する。これより緊急対策会議を開く」


 議長を務めるオーゲルが開会を宣言、年輪を刻んだ深い声が会議室に響き渡る。


「この対策会議では現状の把握と、これからの対応策について話し合いたいと思う。名に星を刻んだ諸君の知恵を貸してくれ」


 この対策会議には一つ星以上の魔導士、およそ五百名が参加している。

 他にも各探求室の主要メンバーや、ヴィストニアの政治決定を担う中央議会の議員たちもおり、この対策会議の重要性が見て取れる。


 アニラが隣のシアに話しかける。


「空間魔導の室長さんは?」

「えっと、それが……」


 ほぼすべての室長が顔を並べる中、空間魔導探求室は不在だったのだ。


「『世界が俺を呼んでいる!』って書き残して、どこか行っちゃった……」


 つまるところ、好奇心を抑えきれず独断で調査に向かったということである。


「抜け駆けかー、空間魔導はこういうとき便利だなぁ」

「まぁ、いつも通りなんだけどね……探求室にも全然姿見せないし」


 独自探求にのめりこむ室長に代わってシアが実質的なリーダーを担っているというのが、空間魔導探求室の実態であった。

 今回もその例に違わず、早々に雲隠れした室長の名代としてシアが出席しているのだった。


「彼は自由だねぇ」

「うん……でも、他の星持ちにも飛び出しちゃった人がいるみたい」

「なにーっ」


 出遅れた、とアニラが羨望と後悔から歯ぎしりしていると、オーゲルが会議を進行する。


「さて、まず最初の議題はこちらが出そう。それは『ヴィストニアになにが起こったのか』じゃが」


 中央議会サイドから手が挙がり、発言を許可されて立ち上がる。

 三十代半ばの眼鏡をかけた男性、服装は深緑色のジュストコールと呼ばれるコートを着ている。


「えー中央議会のダト・ニコールといいます。十分ではありませんが、加盟五か国と連絡をとりましたので、その内容をお伝えします……。まず異変の規模ですが、ヴィストニア全域で発生したのが確認されております。死傷者の有無は調査中です。次に同盟諸外国の状態についてですが――」


 ニコールはそこで言葉を切り、ハンカチで額をぬぐってから口を開く。


「連絡がとれません。さらには……信じがたいことですが、そこにあるべき国、あるべき大陸が


 彼の発言に、会議場はざわめきだす。

 ニコールに質問が浴びせられる。


「存在しない、とはどういうことですか?」

「えー、順を追って説明しましょう。まず我々は連合五か国に状況確認を図りました。先刻の異変が他国による攻撃だった場合、その被害状況を把握するためと、宣戦布告があったかを知るためです。その際――」


 ニコールは顔を覆うようにして眼鏡の位置を正し、続ける。


「『近隣諸国の大陸が消失している』または『大陸の形状が大きく異なる』との報告を受けました。臨時の調査班を向かわせたところ、先の報告は事実であると判明しました」


 ヴィストニア外部に生じた、不可解な異常。

 ニコールの報告を受けて、あちこちから疑問の声や推測を交わす話し声が漏れだす。

 それらをオーゲルの声がおさめる。


「考察は結構だが、まだ伝えるべき情報が残っていてな。天文台からも興味深い調査報告があるんじゃが……頼めるかな?」


 そう彼にうながされたのは、艶やかな黒い長髪を垂らした女性だった。

 ゆったりとした白いローブに身を包んだ彼女は立ち上がり、こう述べる。


「天文台のアーシャ・パラノスです。私たちはこの異変の直後、突如出現した謎の星空について調べました。結論からいうと、あれは私たちの星空ではなく……別物です。星の配置や星座の形など、なに一つ一致しませんでした」

「そんな……っ」


 シアをはじめ、魔導士たちが動揺の反応を見せる。


 星の数で階級が定められているように、ヴィストニアの魔導士にとって星は大きな意味を持つ。

 元来ヴィストニアでは夜空の星々を信仰の対象としており、星一つ一つが神の化身として崇められているのだ。

 幼子は星の神話を聞いて育ち、星の加護の下で育ち、やがて名に星を刻むため魔導士を目指す。


 その星々、神々の世界たる夜空が別物にすり替わっているとなれば、魔導士たちが狼狽えるのも無理はない。


「やっぱり……」


 しかしアニラを含む少数の魔導士は、それを覚悟していたようだ。

 アニラは挙手し、アーシャに問う。

 仮説を裏付けることになる、決定的な問いを。


「では、私たちは……別の惑星にいるのですか?」


 会場中が息をのんで見守る中アーシャは静かに、目を伏せて答える。


「――ええ、その通りです。星の配置が違うということは、別の惑星から観測している公算が高いということになります。少なくとも、天文台はそう結論付けています」


 ざわめきは最高潮に達する。

 方々から私語があふれだす。


「別の惑星って……」

「他の可能性は? たとえば全員を幻魔導にかけるとか」

「無理でしょう。たとえばさっき質問したフルルータ嬢には幻魔導が通じません」

「そうか、彼女が識魔導の……」

「じゃあ本当に転移したのか? 国ごと?」

「宇宙の星々をどうにかするよりはまだ信じられる、のかなぁ……?」


 混乱が会議を覆う中、シアがおずおずと挙手し、発言を求める。


「うむ、ウーニー嬢どうぞ。空間魔導士の見解を知りたい」

「空間魔導探求室、副室長のウーニーです。私たちの見解を述べさせていただきます。……まず空探室では、異変の前兆と思しき空間異常を調査していました。けれどそれは空間魔導士にしか感知できず、またその原因も不明のままでした」


 シアは息を継いでから再び話しだす。


「異変発生前に、ヴィストニアの国境に沿って空間の揺らぎが発生していたこと。異変直前に空間魔導士が空間圧に襲われたこと。さらに現状を踏まえると、これが空間魔導によって引き起こされたものだと、私たちは推測しております」


 そこで一人の男性が手を挙げ、シアに尋ねる。

 青く変色した頭髪に、藍色のローブをまとった二十代後半の美形。

 三つ星最年少にして生体魔導探求室室長の、ファード・オル・フル・セム・スクアートだ。


「疑うつもりはないんだけど、教えて欲しい点がひとつだけある……この異変を便宜上『大転移』と呼ぶが、これを空探室諸君が起こすことは可能かい?」

「えっと……」


 ファードの問いにシアは口ごもってしまう。

 疑われているわけでない、と前置きされていても、返答次第では疑惑の矛先が彼女たちに向けられかねない質問だったからだ。


「……スクアート卿、聞き方が悪いぞ」


 オーゲルがかつての弟子を小声でたしなめる。


「他意はないんですよ、カインツフォード卿? 気に障るというなら言葉を改めますがね」


 やれやれ、と言わんばかりにファードはかぶりを振る。

 そして再び彼はシアに目を向け、問いかける。


「それじゃウーニー嬢、質問だ。この『大転移』は現代の魔導で為せうるものなのかい?」

「それは……不可能と答えざるをえません」


 シアは声音こそ控えめだが、明確に否定する。


「空探室が計画している都市間転移門構想も、現時点では実現できておりません。ここにいない室長を含めても、私たちにはヴィストニアを他の惑星に転移させるほどの能力はありません」

「いいぞー、シアちゃん」


 アニラが小声で励ますと、シアはほんのりはにかむ。

 ファードはシアの回答を予期していたのか、優雅に肩をすくめる。


「ま、そうだろうね。ならこれは人知を超えた事態なのかもしれないな……うん、ありがとう」


 ファードは如才なく微笑み、席に着く。

 アニラはそんな兄弟子にジト目を送りながら小言を吐く。


「見た目よりせーかくのほう磨いてほしいねっ」


 が、ファードには鼻で笑ってあしらわれてしまう。

 アニラが唇を尖らせていると、オーゲルが議論を進行させる。


「わしたちとしては、空間魔導探求室に大転移の原因究明に尽力してもらいたい。頼めるかの?」


 オーゲルの要請を、シアは快諾する。


「はい、それは私たちも望むところです。お任せください……!」

「うむ」


 オーゲルは優しく目を細めて頷いたのち、会場全員に向けて語りかける。


「以上が、大まかな現状じゃ。奇怪なことに我々ヴィストニアは、国ごと彼方の地へと転移してしまったらしい。先入観を排するため、あえてこの場所を『異世界』と呼称するが、ここがどんな世界で、どんな試練が待ち受けているか、まだわかっていない」


 オーゲルの声に耳を傾ける、星を刻まれし魔導士たち。

 彼らにはもはや混乱の様子は見られず、みな一様に「未知」への期待を膨らませていた。

 そんな探求の徒の情熱に、オーゲルはさらなる火をくべる。


「次はこれからの対策について議論していきたい。ゆえに――我に知恵ありと豪語する魔導士諸君! 存分に知啓を働かせたまえ!!」


 会場中から一斉に挙がる、魔導士たちの挙手。

 貪欲に探求心を持たそうとする同胞の姿を見て、アニラは実感する。


「ヴィストニアはこうじゃなきゃね」


世界が変わっても、ヴィストニアの精神は揺らがなかった。


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