008  白銀の少年③Ⅰ

 何が起こったのか正寿には分からなかった。

 確かにあの化物に襲いかけられて死にそうになったはずだ。だが、誰かがその間に入り、正寿まさとしを救ってくれたのだ。何をしたのかは見ていない。

 だが、周りの人間はその騒ぎが終わったのかと野次馬やじうまがどんどん集まり始めた。さっきまでの騒ぎが嘘かのように普通にこの現場にいる。

 だが、まだ目の前には白い人型の化物がいる。皆には視えていないのだろうか。じゃあ、なんで自分は視えている。いや、自分だけではない。目の前にいる少女も目の前の化物が視えている。

 束縛された化物は、周りの人にはもう視えていない。じゃあこれは幽霊なのか、あるいは悪魔なのかどっちかしか考えられない。生きている生き物だと思えない。だが、ここにいると周りの危険が伴う。

「キ、キサマ……。レイノウリョクシャカ……。イヤ、コノジュツハ……マ、マサカシニガミカ」

 春佳はるかの術を破った化物は体を修復し、日本語に慣れていない外国人の喋りで話をしてくる。

 化物ばけものが口にしたシニガミは言い換えると死神。生命の死を司る伝説上の神様の事を言う。

 だが、死神と言ってもそんなの宗教や高校の教科書、辞書などの知識しか頭に入れていない。彼女がなんで死神と呼ばれているのか。霊能力者なら陰陽師の方がしっくりとくる。つまり、死神と一体何なのだろうか。

 確かに神代町には何やらよからぬことはあったが、今までこのような出来事は一度たりともなかった。

 息切れしている化物は、いきなり笑い始めた。

 絶望と引き換えに心の底から目の前の敵を殺したいと思う気持ち。体が震え上がっている。目が離せない。鋭い刃が血を欲しがっている。

「そうですか。奇遇ですね。死神という名を知っているとは……。そうでしょ人型の『霊獣れいじゅう』」

 春佳が懐から対霊獣用の弾が入った銃を取り出し、スライドを引くと右手には刀の二刀流で構える。刀の二刀流や銃の二刀流は、漫画やドラマで見たことがあるが現実にそれぞれ一つずつ携帯し、扱う人物を見たことがない。

 二刀流か、と正寿は関心した。

 だが、この状況で男子が女子に助けられているという羞恥の状況は他人に見られていたら元もこうじゃない。

 だが、二人の空間に素人の正寿が入ってもいいとは思えなかった。飛び交う刃は殺し合いの道具でしかない。勝てないわけではない。

 だが、このままでは不利だ。

 あの化物相手にここで戦闘を繰り広げるわけにはいかない。周りには人がたくさんいる。それも彼の姿が視えていないのだ。

 それにもうすぐ警察や自衛隊も現場にやってくる。二人の戦闘力は次元を超えている。正寿ですら相手にならない。たとえ、自分が刀や他の武器を持っていたとしてもだ。霊力が大きいほどそれが比例して、霊圧や霊気の乱れがあると春佳が言っていた気がした。

「シネ……。ヤミニホウムレ《暗炎》!」

 霊獣が歯を食いしばり、その後、右手から紫色の炎を宿した。

 燃え上がる炎は赤ではなく、紫色の魂のようなものだった。それはゆらゆらと揺らめく。

 それはあまりにも小さく手のひらサイズである。

 霊獣がニッ、と笑い、左腕には先程まで右腕にあった刃が生成されている。

「だが、ここで術を使われるのは困る。場所をかえさせてもらいます!」

 春佳が叫び、地面に円を描き、その中に星を描いた。

 春佳が書き終えた後、左手を添えて霊力を流し込む。描かれた五芒星ごぼうせいが光り出し、それが発動し始めている。

 五芒星。五つの要素を並列的に図案化される図形。

 世界中で魔術の記号とされ、守護と用いられ、逆さまにすると悪魔を意味する。

 彼女が使った術は、霊獣と正寿、自分自身に向けた術だった。

 そして、術は発動し、三つの存在はその場から姿を消す。

 移動した先は、誰もいない広々とした草原だった。ここだったら誰の迷惑もかからず手加減なしで戦うことが出来る。

 霊力も全力で使えるのだ。

 霊力の使い方は様々であり、術、霊圧、霊気の流れなど人それぞれである。それによって戦闘のスタイルが変わってくるのだ。

 霊獣は、場所が移動された瞬間、いきなりその紫の炎を投げてきた。

 歯を何回も鳴らし、格下だと思っている春佳に襲い掛かる。だが、この霊獣はまだ、出現して戦闘能力は低い。彼女の表情は、涼しく、冷静に対応しているようだった。

 炎は、霊獣の操作によってスピードを上げていく。威力もそれに比例し、一度地面に叩き込まれた時、地割れが酷かった。まさに命中すればひとたまりもない術だ。これほどの霊力をどこから手に入れたのだろう。

 それでも、彼女は本当に攻撃を見切っているかのようだった。

「故にその攻撃では私は倒せません!」

 両手で刀を持ち、上から下に刀を一振りする。

 研ぎ澄まされた刀は光っており、鋭く輝いていた。

 一振りだけで周りにはものすごい風が吹いてくる。そして、霊獣には大きなかまいたちが飛んでくる。少しでもかすれば人間の皮膚など簡単に切れ、細胞の神経など分からずにやられるのだ。

 そして、飛び交っている炎に狙いを定めて刀を二度、三度斬りつける。壮大な霊力の込められた炎は分裂し、燃え尽きた。春佳は、霊獣よりも体が小さく細かな動作、機動力を武器として戦っているようだった。

 微笑みながら少女は、地面に着地する。

 だが、すぐに第二波が襲い掛かってくる。春佳の死角をついたカウンターだ。

 霊獣の霊力は、人を喰らい、自然を喰らい、世界を喰らい、成長する。目の前にいる霊獣がこれ以上成長すると春佳が勝てる確率は低くなる。

 彼女の剣裁きは見事なもので、先人の居合斬りの様だった。

 霊獣は、彼女の動きを一度見ただけですぐに行動パターンを呼んでくる。この死角をついた攻撃が何度か続けば勝てるだろうと確信をしていた。しかし、その攻撃さえも良からぬ出来事で防がれた。

 霊獣は、驚きと恐怖が一度に襲い掛かってくる。

「キサマ、イマ、ナニヲシタ……!」

 そして、獣を喰らう刃は霊獣の胴体は真っ二つに斬り捨てた。

 彼女に斬られた霊獣は黒い灰になりながら消えていく。そして、消滅していく。

 跡形もなく無くなったその後は、心地よい風だけが吹いていた。霊獣の霊力は、もう完全に消えており、感じない。

「お、おい……なんなんだよ、これ⁉ ば、化物がき、消えた……」

 目の前で繰り広げられた戦いを自分の目で一部始終見ていた正寿が腰を抜かして、春佳を見た。だが、霊獣を倒した春佳は表情を変えずにその場から動かない。

 刀には、霊獣を斬りつけた後の黒い灰が少し残って、風に乗って宙に浮かび、遥か彼方の方へと飛んでいく。知らぬ間に空は太陽が雲に隠れて日影ができる。

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