006  白銀の少年②Ⅰ

 千葉県第二新東京市神代町。現日本の首都であり、謎に包まれた街である。約七十年前、突然訪れた旧東京の壊滅。同時刻、世界各地では同じ現象が起こった。人はそれを人類最悪の日だった。

 この神代町には、霊気を乱すものがある。

 それを知るために少女は舞い落ちた。

 そして、現在に至る。

 この世界には、魔法や魔術といったファンタジー系の術が存在している。だが、これは普通の人間は使えない。一部の人間が許される力である。

 日本の魔法、魔術を使える者と言ったら陰陽師おんみょうじ死神しにがみが妥当である。

 死神。

 生死を司るとされる伝説上の神。魂の管理者でもある。

 死神は死神でも普通の人間とあまり変わりはない。体の中で循環する血液が少し違う。死神には、霊力がある。もし、霊力を失ってしまうと何も力のない者になってしまうのだ。陰陽師とまるで変わらない。

 神代町は、街の住人が普通に生活をし、そして、日常を日々送っている。彼らは何も事情を知る由もない。一切、何も知らされてないのだ。

 正寿と春乃は、そんな神代町の土曜の午後、買い物をするため外に出かけた。

 家から出て十五分後、日傘の下で二人は、未だに歩いていた。

「それにしてもこの蒸し暑さはどうにかならないか? 春乃はよく歩けるよな」

「だって、まだ五月だよ。夏になったらこれ以上に暑くなるんだから我慢しないといけないでしょ」

「だよな……」

「それなら買い物が終わったら何か冷たいものでも食べようか⁉」

「ああ、そうしてくれ。労働者にはそれなりのご褒美が必要だからな。これくらいはおまけみたいなものだ。それよりも……」

 二人が歩いている道の周りから妙は感じがしていた。殺気に近いくらいのその気配。どう見ても向こうからこちらを監視している。

 自分の体に寒気が一気に走る。後ろ振り返っても誰もいない。

「なぁ、何か感じないか?」

「うううん。どうしたの? そんなに強張った顔をして……何かあったの?」

 正寿達の周りに誰かがいる。でも、人数はそんなにいない。一人か二人程度の殺気だ。だけど、姿が見えない。春乃はこれに何も気づいていない。

 だが、絶対に誰かがこちらを見ている。気づかないふりをして、春乃の背中を押し、早歩きをしながら急いでその場から離れようとする。

 一方、正寿を敵視している少女は家の屋根で仁王立ちをしながら正寿を見下ろしていた。自分の髪が風に吹かれてひらひらと宙に舞う。

 屋根の上に立っていると、スカートの中に風が入ってくる。微動たりとも動揺しない。二人がこれからどこに行くのか。そして、正寿が一人になるのを伺っていた。自分以外の物凄い霊力の持ち主。向こうは気が付いていなく尾行するのは楽である。この道をまっすぐ行くとショッピングセンターとアウトレットが見えてくる。

「なるほど。あの者の中に高い霊力がある。でも、なんで普通の人間がこれほどの霊力を保有している。少し、試してみるか……」

 少女はニッと、口元で笑みを浮かべながら一枚の札を取り出した。

 八嶋正寿やしままさとしは、妹の春乃はるのの引っ張り早歩きから走り出した。男子高校生の歩幅と、女子中学生の歩幅には大きな差がある。

 正寿の下の妹達は三人揃って中学三年生であり、三つ子である。それぞれ性格も違えば、考え方も違う。それぞれの個性を持っているのだ。

 次女の春乃は、家事や面倒見もよく、気を遣う子である。長女の夏海は喧嘩が強く、男勝りであり、三女の秋菜は、何もやるにも面倒くさい性格でひねくれており、マイペースな存在である。

 だが、この感覚は明らかに自分に向けられているもの。それは感で分かる。危険な想像はしたくもないが、あくまでも可能性の範囲である。

「春乃……一人で買い物できるか?」

「え……。なんで?」

「少し、用事を思い出した。すぐに帰ってくるからそれまで一人でいてくれ! 終わったら携帯に電話するからな!」

 春乃を一人、アウトレットの前に置き去りにすると、ここから近場で人気もなく、隠れる場所に向かった。そこは空き地に近い公園だ。公衆トイレとブランコ、滑り台しかない。何者かが自分を監視している。

 急いで公衆トイレの男子の方に入り、身を潜めて自分の震える左手がまだ止まらないことを確認する。

 正寿から気配を隠している少女は、正寿がトイレに逃げ込むところを確認すると、札から召喚した自分の刀を鞘から抜く。そして、懐からは銃を取り出した。

 そして、正寿の方も時折、顔を出しながら周囲の警戒をしていた。自分のほかにいないはずのこの広場でたった一人何をしているのだろ。

 それから均衡状態のまま時間が十分ほど過ぎていた。だが、かすかに何かが見えるような感じがした。西の方の屋根の上に誰かがいる。正寿の武器と言ったら携帯以外に何もない。素手で勝てるような相手ではない。

「ちょっと、これはまずいな……」

 苦笑いをしながら少し躊躇い、正寿は居心地悪いトイレから外に出た。もし、何かあってもおかしくないこの状況で外に出るのはあまりにも危険すぎる。

 すると、出てきた瞬間、いきなり発砲され、正寿の頬をかすり、地面にめり込む。

 正寿は驚き、身構えて退く。そして、少女の方は姿を現し、刀を振りかぶってきた。研ぎ澄まされたその刃は一刀両断で殺されそうな勢いだ。

 正寿はそれを避け、数秒間お見合いをする。少女は居合の構えで呼吸を整えながらいつ飛び出すのかタイミングを確認する。

「貴様、何者だ‼」

 彼女は強張った表情で、右足に重心を置いた。

 刀とそれを持っている少女、この二つの組み合わせは今まで出会ったことが無い。

 いきなり現れた彼女がどういった手品で正寿の目の前に現れたのか分からなかった。どこに隠れていたとかではなく、ずっと目の前で正寿の方を窺っていたと言った方が正しい。それがただ、正寿には見えなかっただけであって、彼女はずっとそこにいた。だったらどうやって姿を消していたのだろう。

 ここは一応名前でも言っておくか、と正寿はそう思った。

「お、俺は八嶋正寿……」

 息をのみ、相手の反応を待つ。

 自分の名前でも言っておけば、事が早く終わるだろうと思ったが、少女は少し驚いていた。

「八嶋? その苗字はどういった漢字で書く⁉」

「八に山と鳥を合わせて嶋、これで八嶋と言うが……それがなんで俺が狙われる理由になる?俺が何かしたか?」

 疑問に感じた自分の苗字に対して、正寿はまだ緊張した空気の中で彼女に質問を返す。ここから一歩でも逃げてしまえば即、殺されそうだからだ。

「八嶋というのは、私たちの間では有名な名ですから……」

 刀を下ろし、鞘に戻す。彼女は戻すと同時にそう言った。

 正寿は自分の苗字のどこに有名なところがあるのだろう。今まで普通の家庭に生まれ、普通の両親に育てられた。そして、三人の妹達がいるどこにでもいる家族だ。『八嶋』という同性には未だ会ったことがないが、彼女の方は何かを知っているような言い癖だった。

 それにまだ、刀の少女はまだ名を名乗っていない。正寿より背の低い小柄な少女は、同級生か一つ下くらいだろうか。

「そういうお前は、一体何者だ⁉」

 正寿が謎の少女に向かって叫びながら問い掛ける。

 少女は、真面目な表情で警戒を解かずにその問いに答える。

「私は一条春佳いちじょうはるか。名家・一条家の次期当主になるものです……と言っても、あなたには分からないでしょうね。こちらの世界では、認識されていないのですから……」

 正寿は首を傾げながら『はぁ?』と、小さく呟く。目の前の少女————春佳が、一体何が言いたいのかさっぱり理解することが出来なかった。

 一条家。名家。こちらの世界。聞いたこともない。

 それに見られない武器を持っている。さっきは実弾を撃ってきたり、刀を振り回してきた。

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