005  白銀の少年①Ⅱ

正寿まさとし、本当に言っているのか? いや、何でもない……」

 総悟そうごは開き直ってそれ以上何も言わなかった。そして、話を変えるようと総悟は、

「なんで、正寿が家の食材を買いに行くんだ? 家ではめったに作らないんだろ?」

「ん、ああ。ただ、ああ言っておけば早く帰れると思っただけだよ。かえでの場合、たまにしつこい所があるからな」

「ま、そう言うことにしといてやるよ……」

「ああ、そうしてくれ……」

 スマホ画面を操作しながら、正寿が呆れた言い草で言う。

 確かにこれが最善の手段だが、嘘は言っていない。たぶん、家に帰ったら荷物持ちをさせられながら午後は振り回されること間違えないだろう。四人兄妹の一番上はこういうことは我慢しないといけない立場である。確か、あの中で一番春乃には頭が上がらない。

「でも、そんなに鈍感だといつかは困る事になるぞ。まあ、その時が来たらわかるさ。俺の言った意味が……」

「あ、そう。じゃあ、その時になったらお前に答えを訊くとするよ」

 総悟はわざとらしく笑いながら、正寿は小笑いした。

 正寿は、白銀の髪を掻く。

「それに別の事も訊きたいからな。未だにお前の秘密にしていることを教えてもらってないし、それにこの街は分からないことだらけだよ」

「はいはい。分かったよ」

 総悟が苦笑いをしながら顔を引きずり、正寿には聞かれないように口元でボソッと何か言った。親友のそんな疑問を面白そうに企んでいると、

「あ……」

「ん? どうしたんだ?」

「ああ、俺、今日はこっちの道から帰るわ」

「そっちに何かあるのか?」

「まあ、その……一応な。用事だよ、用事……。それにお前は自分の身を守れよ。なんか嫌な予感しかしないからな。後、これは単なる助言だが……女には気をつけろ。女というのは、時に騙すことがある」

 そう言い、西の方へと一人正寿を残して、去って行った。

 一人になった正寿は、欠伸をしながらこの長い、長い通学路を見つめていた。

 だが、家までの距離が長い。そして、冷感スプレーもまた、空の状態まできている。学校で三分の一は使い果たし、いくら体にかけたとしても涼しくならない。それに家についたと思ったらすぐに外に出かける地獄が待っている。

「本当に地獄だな……」

 歩くたびに誰かとすれ違う。そのたびに違った顔に出くわす。

 信号が赤から青に変わるまでの時間、行き交う車が止まったように見えた。高いビルから周りに建っており、ヒートアイランド現象が今日も起こっても不思議ではない。

 この要塞化ようさいかされた現代の日本は、自分たちの身を守ると引き換えに自然現象を等価交換としている。だが、それは無駄なあがきであり、何一つとして改善などされていない。ここ七十年間の歴史の中で何もメリットが無かった。

 正寿は、汗びっしょりになりながら家の前までやっとたどり着いた。

 ポケットから家の鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ後、右に半回転させ、鍵を抜き終えると家の中に入った。外とは引き換えに家の中は、エアコンがガンガン効いている。一体何事だとすぐさまリビングの方へ早歩きで直行した。

 リビングには、外の蒸し暑さとは引き換えに北海道の涼しい生活をしている下の妹たちがいた。

 一人は俺のTシャツを着て、ソファーに座り、テレビを見ながらアイスを食べている。もう一人は、隣に座って携帯ゲームをしていた。そして、台所にはもう一人の妹が包丁で野菜を切っていた。

 彼女らはそれぞれ週末を存分に満喫しており、高校生とは明らかに違う。

 正寿は皮肉にもそう思った。

 こんな状況を見せられたらやる気をなくすというか、疲れて帰ってきたサラリーマンの気分がよくわかる。

 だが、一度制服から普段着に着替え、リビングに戻ってくると————

「お兄ちゃん。買い物行くから付き合ってね? よろしくー」

 次女の春乃が、エプロンを外すと手を洗い、手提げバックを手に取り、肩にかける。

 残りの二人は、「一緒に行く」とも言わずに自分のやりたいことを全うしている。四兄妹のうち、一番上と真ん中は気を遣う。

 両親は仕事で家にいることはほとんどない。事実上、この家の大黒柱は正寿になる。二人は長女と三女を家に置いて、買い物に出かけた。

 家からいつものショップングセンターまでの道のりを妹の日傘に入り、暑さを凌ぐ。

 途中の小さな道端で不思議な少女とすれ違った。

 だが、正寿と春乃はるのは彼女の存在に気が付かなかった。

「あれは……」

 と、少女は二人とすれ違った後、振り返ってその後姿を見つめた。

 異常な霊気の流れ、何も感じなかった。ただ、不思議とそれを妙だと思った。

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