004  白銀の少年①Ⅰ

 太陽が南の空の丁度真ん中に来る前、時計の短針はまだ、十一を指していた頃。

「なあ、なんで高校生になってこんな事をしないといけないんだ?」

 エアコンも起動していない蒸し暑い教室。窓を開けても入ってくるのは生暖かい風。

 八嶋正寿やしままさとしは、目の前にあるプリントを睨みつけながら格闘していた。蒸し暑い、この教室で、ほとんどの生徒が生死の境目をさ迷っている。額から首を伝って上半身から足にかけて、汗がだらだらと流れる。目がかすんでいる。

 まだ、五月のじめじめした季節。神代町の神代かみしろ北高等学校二年一組。前の席の女子の制服が汗で透けて、ブラの部分がくっきりと見える。目のやり場にも困るというのはこういった状況であり、正寿は下敷きで仰ぎながら少しでも涼しくしようと頑張っていた。

 そして、時間が刻々と過ぎていき、気づいた時にはもう午後十二時十分を回っていた。チャイムが鳴り、今日の授業は終了した。コンビニで買っておいた弁当をバックの中から取り出して、制服の第二ボタンまで外した。

「今日の授業終わった―」

 正寿はすべての脱力感が抜け、最初に発した言葉がこれだった。正寿と一緒に彼の同級生が昼食を取っていた。

「ねぇー、今日の正寿君はコンビニの弁当なんだ……」

「ああ、うちの妹が寝坊してしまって、今日は朝からコンビニに直行して、朝食の買い出しに昼食まで買ったんだよ」

「お前、妹に頼りすぎじゃないか? いくら三人妹たちがいるからって一人が四人分毎日作っていればそう言う日もあるだろう?」

 気の緩い声の持ち主が椅子を傾けながら壁により反り、パンを口にしている。正寿は溜息をついた。ご飯の上にある牛肉を一切れ割り箸で摘み取る。

「しょうがねぇーだろ? 春乃はるのの奴が絶対に自分が作っているときは手伝わせてくれないんだから……」

「だとして、それはないな」

「いや、お前に言われたくない。だが、この後暇だよな……」

 そう呟くと、正寿の友人の一人は額に手を当てて、もう一人は自分の友人と笑っていた。

 今日は土曜日であり、土曜課外といった特別授業なのである。

「それよりもたった一ヶ月の間に一回は土曜課外があるのはどうよ。休みは明日しかないじゃねぇーか。それにこの梅雨の季節の間に殺されそうな暑さが来ているし、イライラだけしか残らねぇ‼」

 正寿はむしゃくしゃして、弁当をものすごい勢いで食べつくしていく。正寿のグループは本来、男子三名・女子二名の五人グループだが、一人、今日は風邪で学校に来ていない。

「私だってそうよ。土曜日なのに白雪と買い物に行けないんだからお互い様よ。文句があるなら学校側に言いなさいよね」

 ストローを人差し指で撫でるように回しながら、いかにも男勝りの少女は、黒色の長髪に先の方はシュシュで一つに纏めている。彼女の名は毛利楓もうりかえで

「楓ちゃん。買い物なんていつでも行けるじゃない。そんなに腐らないの……。それと正寿君も一日くらいいいじゃない。みんなに会えるんだから」

 このグループの中で一番のムードメーカである佐枝白雪さえぐさしらゆきが笑ってそう言った。

 赤髪の入った茶髪は、このクラスでは結構目立つ色であり、腰まで伸びている。その女子生徒は、いつも幸せそうに笑っている。

 クラスメイト達からは『清楚の白雪姫』と二つ名がつけられており、特に男子からの人気は高い。楓とは対照的に女らしい性格であり、二人が親友なのが疑問である。

「……だけど、朝課外から午前中丸々授業もどうかと思うんだけどな。これが三年だったら分かるけど、俺たちは二年だぜ。あーあ、本当についてねぇ……」

 弁当を食べ終えた正寿は、壁に寄りかかってそう言った。この後、また元来た道の通学路を辿って帰らないといけない。

「要するにお前は休日になってまで学校に来る必要はないってことだな」

 短髪の男子生徒は片耳にイヤホンをつけながら正寿の思っていることを代わりに言った。彼の名は双葉総悟ふたばそうご。正寿の悪友である。

「いや、そこまでは言ってないだろ。せめて十時までにして欲しいだけだ」

「だけど、暑くなる時間って十時頃だから帰ろうと思っても暑いだけだよ」

「そう言うこった。諦めろ、正寿。お前は何もわかっちゃいない……」

「ちっ……」

 舌打ちをする正寿。この後の日程はない。この街には妙な怪奇現象が起こっている。それにこの街が安全と限られた街ではない。魔女もいれば魔法使いも存在する世界。

「ねぇ。この後、みんなでアウトレットに遊びに行かない? どうせ、明日は休みなんだし、外にいるよりもエアコンの効いた建物の中がいいでしょ」

 パンの袋や牛乳パックをゴミ袋に少し音をたてながら入れ、そして、結ぶ楓。それをバックにいれる。

「それいいね。楓ちゃん、私も行くよ。正寿君も総悟君も一緒に来るよね」

「いや、俺はいいよ。帰って週末課題しないといけないし、妹達の面倒もあるから……」

 白雪の誘いを断る正寿は、机の中からブックカバーに包まれた小説を取り出す。この小説は白雪から借りたものである。意外と面白いファンタジー系の内容であり、読めば読むほどその面白さの理解が明かるほどである。

「その本って、例のあれか? それ白雪に借りていたやつだろ? 読み終わったら次は俺だからな、正寿」

 総悟がこの小説を指さしながら次は自分の番だと言った。まだ読み終わってないのに急かされるのは好きではない。

「まだ読み終わってもいないのにそう言うなよな。借りてからまだ二日だぞ」

「そんなのは分かってるって、お前の場合、たまに忘れているときがあるからさ、忠告しただけだよ。借りたままはダメだからな……」

 と、偉そうに正寿に言ってくる総悟は笑っていた。

「本当にしつこいな。だけど、これが日常なのか……」

 ほとんどが退屈なこの世界は、皮肉にも普通であり、今は戦争やテロはここ何年か起きていない。

「はぁ……俺、飯食い終わったから帰るわ。帰りにスーパーに寄らないといけないし……」

 バックを背負い、ワイヤレスのイヤホンを片耳に装着した正寿が、音楽の音量を小さくして帰る準備をした。

「結局買い物行くんじゃない。白雪、チャンスだよ。一緒についていきなさいよ……」

「なっ、何を言っているの、楓ちゃん‼ そ、そんな別に……私はいいよ!」

 白雪は、立ち上がって楓の襟を両手で握ると、体を前後に大きく揺さぶった。正寿は、立ち上がって手を振ると、その後に総悟が後からついてきて白雪たちに、じゃあーな、と言い残して教室を出て行った。

「なぁ、さっき楓が言っていたことってなんだ? 白雪がどうとか、何とかって言っていたんだが……。お前、心当たりあるか?」

 総悟は正寿の隣に並んで歩きながらため息をついた。

 総悟は何か知っているようで、手を口元に当てて、白雪も大変だな、と小さく呟いた。親友である総悟は正寿の知る限り、謎の多い親友である。たまに何を考えているのかわからず、時々、学校を抜け出すこともあるのだ。

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