002  プロローグⅡ

 目を開き、僅かな隙間を使い視界から離れる。この霊圧はまだ本気ではない。これくらいなら誰でも回避ができるくらいですぐに抜けることができた。

 だが、その一瞬の緩みもなく第二攻撃が目の前にあった。あるはずもない矢が寸前まで迫っている。

 春佳はるかは後ろにのけ反りになり、エビ反り型になって目を失いかけるところだった。

 二人の側近が弓矢を片手に持ち、座りなおした。

 この二人は信之の式神しきがみに近い存在であり、さっきは完全に手加減をしてくれたのだろう。

 彼らは代々一条家の分家で生まれた者達であり、当主が変わるたびにその当主から信頼における二人を分家から選んでいる。だが、例外もある。分家ではなかろうと、それは選べるのだ。

「ちっ……」

 ふところに隠していた拳銃を二丁すぐさま手に取り、銃口を二人に向ける。そして、引き金を引く。

 銃口から離れる弾が、二人の横を通り抜け、後ろの障子を突き破る。

 この二人がどこから弓を取り出し、矢を放ったのかは検討がついている。あの弓は霊力れいりょくで生み出された弓。そして、矢も同じ原理で出来ている。彼らは霊力で作った弓を消滅させると腕を下した。

「兄様、何を考えておられるのですか⁉」

 春佳は拳銃を懐に直し、座り直しながら信之に向って叫んだ。

 いきなり不意打ちをし、春佳を試そうとしている信之のぶゆきは一つも顔色を変えずに平然とそこに座っている。これくらいの攻撃を簡単に避けるだろうと思っていたのだろう。だが、実の妹に殺す行為をしたこと自体許されることではない。

 信之は扇子を開いたり閉じたりしながら考え事をしていた。

「うん。これぐらいはやはり意図も簡単に逃れ、反撃するか……」

 信之は小笑いしながら手を顔に当てて、春佳に言う。

 これは春佳を信頼していたからこそ、分かってやっていたこと。

「これならここでの修行をすることはないだろう。もっと自分を高めてみたいとは思わないか? これは一条家現当主である言葉だと思ってくれ。だが、外に出ることもこの世界を守るためであろう」

「外に出る……?」

 口調がさっきよりも固くなり、信之の言葉に春佳は首を傾げる。

「ああ。一条家以外の名家には外に出て、それぞれの街で修行している者が多い。それは自分を高めるため。そして、この日本に迫ってくる魔物を退治するためでもある」

 信之が言った。彼の話はほとんどが本当であり、間違ってはいない。春佳は小さく溜息をついて、目をつぶる。

「僕が春佳に命を与えるのは、もう分かったかな?」

「大体は分かっています」

「なら、この京都の地から出ることを現当主である一条信之が命ずる」

 言葉の通り、信之は春佳をこの京都から出ることを命じた。

 そして、呪術じゅじゅつを唱え、目の前に日本地図が出現した。

 そして、その中に赤く丸く塗りつぶされた場所があった。この地からは遥かに遠い場所を示している。海沿いに近い場所。

「ここは?」

「ここは現日本の首都・千葉県第二新東京市神代かみしろ町。昔は首都が東京だったということは知っているだろ?」

「はい。歴史の教科書で習っております」

 春佳は物珍しそうにその日本地図を見つめた。自分が住んでいる京都は海が無い。それにこの地から出たこともなければ都会という場所も知らないのである。

「ここへ行ってみる気はないか? そして、ここで一条家の者として街を守ってみようと思わないか?」

「はい?」

 訳の分からない命を受け、春佳は理解しかねない。

「ここには良からぬものが集まりつつと、占いがそう言っていた。どうもそれ自体間違っていなかったらしい。実際に使者を送り、視察してきてもらったところによると……。ここの霊気れいきの流れが濁っていることが分かった」

「信之様の言う通り、私たちはこの京都の地を守らなければならない守護者。信之様は、長期間離れることを許されない。だから、あなたを選んだのです」

「な、なんでそんなことを私が……?」

「春佳だからやれると思ったんだよ。この命を受けてくれると僕は助かる」

「それは私は次の当主となるには避けて通れない道ということですか?」

 恐る恐る春佳は信之を睨みつけるように見ながら問いただす。信之がなぜ、自分を選んでこの地を離れさせるのか。何か、理由があるのかもしれないと疑心暗鬼ぎしんあんぎになった。

 春佳が自分に疑いを持っていることを察知した信之は、小さく呼吸をして間を置くと、

「なら、十二家の歴史に隠された『暗黙の歴史』を知っているかい?」

 その言葉がまさか、信之から飛んでくるとは思わなかった。十二家がかつて犯してきた歴史。表舞台では語られなかった歴史は、一部の人間しか知らない。一条家はそれを管理している。

「はい。一条家の者で本家の人間では私、兄様、そして、側近の二人しか知っている者はいないかと……」

「そうだね。その『暗黙の歴史』の中にまだ、闇に溶け込まれた話がある。それはまだ話すべきではない」

 信之は表情を暗くして話をする。

 これ以上、知ってはならない話————

 それを知っているとするならば、一体、神代町には何があるのだろう。

 神代町を簡単に崩して解釈すれば、神が宿るといったところだ。

 神が宿る聖域などは、世界各地に多く存在する。ここもそうだ。そして、神が存在するのなら死神、悪魔、魔人などそれぞれの人種が存在している。そんな変なものがいてもおかしくない世の中なのである。

「とにかく、神代町の良くない噂はあると思います。ですが、それは勘違いだったというのはないんですね」

 春佳は信之に訴えった。

 日本の東京が壊滅してから多くの人が亡くなった。そして、世界の各地でも同じことが起こっていた。この災害が何を意味しているのかは、まだ、検討されていない。そして、謎の霊気。普通、この世界での霊気の流れは安定している。

「勘違い? 馬鹿な事を言ってはならないよ。これは彼らが自分たちの眼で見てきたんだから間違いない。それに短期間とはいえ、面白い情報も手に入ったからね。春佳が神代町に行けばその何かが分かるはずだ」

「その何かとは何なんですか⁉」

 春佳は信之がまだ隠している事が気になり、つい怒鳴り声になってしまった。

「じゃあ、ある一族に起こった話を知っているかな?」

「……いえ、初耳です。それよりも何があったという主語が無いと思うんですが」

「ああ、すまない。ある分家と本家の夢物語だよ。追放された者はその後、暗殺されると掟がある。だが、その二人は暗殺されなかったんだよ」

「それじゃあ、二人はどうなったんですか? それに誰が二人を助けたのですか?」

 春佳はその話について少し興味を持ち始めた。信之が懐かしそうに話をするその透き通った目には何が映っているのか。そして、それと何の関連があるのか。そもそもそんな夢物語をなぜ、今になって話すのか分からない。

「誰が助けたのか。そして、その二人が今何をしているのかをこちらからは話してはならないんだ」

 追及する春佳に信之が言う。

「とにかく、春佳もそうならないように当主の命は絶対に従うこと。それに違反するのならたとえ、妹であったとしてもこれを罰さなければならないからね。僕は嫌だよ。愛する妹に手をかけるのは……」

「…………」

 春佳は黙ったまま聞く。

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