ソウル・レクイエム

ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ

001  プロローグⅠ

 東経135度に位置する地————

 その国は昔、非核三原則という法律があった。核兵器を持たず、作らず、持ち込まさず。この三つがこの国の平和のバランスを保っていた。

 アジア太平洋地域・日本。太平洋に浮かぶ島国である。

 その日本の中心である第二新東京市、旧東京から東に移り、日本の首都は現在、千葉県となっている。

 その都市のある町、神代かみしろ町という街があった。

 海から漂う潮風に当たりながら街は闇に溶け込んでいる頃だった。

 街にはポツリ、ポツリとまた一つ消えていく中でまた一つ、一つ輝きを放っている建物が表れてくる。道端には人が一人、二人姿が見える。

 残業帰りのサラリーマンや夜遊びしている若者。

 そして、この街は呪われていると誰も気づくことすらない。この街が霊力れいりょくで溢れていることも知らない。何もかもが謎に包まれたこの世の中。


 何年か前、どこかで聞いた話がある。昔の日本には死神しにがみが存在していた。死を受け入れ、生を受け継ぐ。それは死んだ人間は転生してまた、新たに生まれ変わることを意味する。なら、生とは何なのか。死とは何なのか。それは悪魔か天使、神に背く者なり。

 そして、この街に本当に死神が存在するのならば、誰が見たという。

 本当にいるの?

 神代町————その名の通り、神霊が宿る街。神域であることを指している。

 人種差別のないこの世界は一つのまとまりを示している。


       ×       ×       ×


 暗い街の中を一人の男が、欠伸をしながら服のポケットに手を突っ込みながら歩いていた。

 まだ未成年くらいの男は、目の前に見える光に包まれた小さな建物に向かって歩いている。

 高校二年生くらいで身長百八十センチくらい。白銀の髪は、夜の電柱の光や自動販売機の光によって紅一点で目立つ。

 週末の課題が多く、金曜日から月曜日の朝にかけてコツコツとやっていると、夜食が食べたくなって近くのコンビニまで来たのだ。明日は春休み明けの課題テストが始まる。だから、今夜が峠を迎えるのだ。

 それに夜更かしをしているのは自分だけではない。

 下の妹たちもまた、明日から同じくテストがあるのだ。

 すれ違う人、そして、コンビニ内に入るとごく数人と挨拶をして、必要な食料だけ買い揃えて、代金を支払うと、再び元来た道を引き返す。

 誰もいない夜の道を引き返していると、二人の男がふらふらと前を歩いていた。酒で寄っているのか、それともただの悪ふざけ歩いているのかもしれない。

 彼らは左に曲がるとまた一人になる。

 家には三人の妹たちが待っているのだと思うと、気が重くなる。右手に頼まれた飲み物や夜食が重く感じ、自分を入れて四人分である。

 彼は溜息をついて、残り半分の距離を見つめた。

 家にたどり着いたのはそれから十分後、周りにアパートやマンションが建っている中に三階建ての一軒家が建っている。

 リビングから妹達の笑い声が聞こえてくる。

 彼は玄関の扉を開いて、家の中に入る。

 家の中と外の空気の威圧感がこれほども違うと、何かが近くにいると思う。左手からビリビリと何かが伝わってくる。

 この霊圧感は何も危害を加えない。そんな感じがした。彼はただそれだけで無視した。そして、リビングの扉を開く。

「今帰ったぞ……」

 すると、荷物を前に出すと一瞬にして目の前から持っていたはずの食料がなくなっていた。

 彼は呆れた表情で奪い取っていった人物はテーブルの上で姉妹そろって奪い合っている。

 自分の物は始めに除けておいて正解だった。

 彼女たちはじゃんけんをして、勝った方から好きなものを選んでいく。こういう光景は何度も目にした。

 家庭はこんなにも暖かく、食卓から幸せが漂ってくる。

「やれやれ、本当、疲れる……」

 天井を見上げて、そう呟いた。


       ×       ×       ×


 京都の山奥————

 全てが森に囲まれたこの地で虫の音や獣の鳴き声が四方八方から聞こえてくる。そこに一つ、屋敷が建っていた。百年以上前に建てられている立派な屋敷はまだ、現役である。

 ここは誰も知らない名家の一族が住んでいる。

 花柄もない地味な着物を着ている少女が屋敷の中庭で目をつぶって集中している。

 細い腕から霊力れいりょくが高まっている。その小さな体でそこまでの霊力の持ち主はそうはいない。逸材の持ち主だ。その少女が目を開くと、目の前の的に向かって溜めていた霊力を解き放った。目をキッとさせながら集中している少女は華がある。

 少女は普段は学生でありながらもこういった鍛錬は欠かせない。

 この屋敷が名家・一条いちじょう家であることは同じ力を持つ名家しか知らない。

 一条家は先祖代々、霊力の強い持ち主が生まれた家系である。

 そして、少女の兄や姉もまた彼女以上の霊力の持ち主であり、そして、兄は一条家の当主である。

 一条家には他にも屋敷を守る警備の者達や部下たちが一緒に暮らしている。屋敷の裏山の神社には、山の神を祀る祭壇がある。

 少女は鍛錬を終えた後、縁側で仰向けになりながら横になっていた。すると————

春佳はるか。ついてきなさい」

 彼女に近寄ってきたこの家の当主であり、兄である信之が黒い着物を着ながらそこで立っている。そして、二人は信之のぶゆきの部屋に移動した。

 信之の部屋には側近の男女二人が正座をして座っている。そして、その間には座布団が一枚置いてあり、目の前にも一枚置いてある。

「春佳。そこに座りなさい。大事な話があるから……」

 二人はそれぞれ向き合いながら春佳は正座をし、信之はあぐらを掻いて扇子を仰ぐ。現当主と緊張した空気の中こういうのは苦手である。

「さて、僕がここに呼んだ理由が分かるかな?」

「いえ、存じておりません。に……信之様が何を考えておられるのか」

「いや……普通にいつも通りの名で呼べばいい。ここには僕の側近しかいないからね。それにそこまで堅苦しいと、話す内容も聞き忘れてしまうだろ? リラックスして聞きなさい」

 脇息に左腕を置き、右手には扇子。扇子には、『心神』と書かれてある。春佳は、肩の荷が剥がれ落ちるように心を緩める。兄である信之に対して、普通、こういった場ではこんなことはあり得ないことである。何を話したいのかも春佳は分からない。

「は、はぁ……。そうおっしゃられるならそうさせていただきますが……」

 春佳は少し苦笑いをする。自分の兄がこういう関係になるのは生まれた頃から分かり切っていた。信之は話を続ける。

「まあ、霊力は僕に劣るがしっかりと修業はしているようだね」

「は、はい。一つ一つしっかりとやっております」

「そうだね。僕の知る限り次の当主は春佳に受け継いでもらいたいところだけど、まだ、その力のままではダメな気がする。だが、ここでの鍛錬・修業は限界を超えている。そう思わないかい?」

「いえ、私は別に……そうとは思いませんが……」

「だとしても、ここではできる限りのことはしたと思うよ」

「いや、霊力、霊気の流れ、霊圧、呪術に置いてまだ、未熟です」

「じゃあ、警戒心は?」

「まだまだだと思っています」

「そうか。なら、気をつけるといい……」

 信之はふっ、とほほ笑みながら春佳を見つめた。

「なっ……⁉」

 その一瞬で物凄い霊圧が春佳に襲い掛かってきて、春佳は地べたに押し付けられる。

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