第23話

二三


 多忙ながらも、比較的平穏な日々が続いていた。そんなある日、熊原から「三巻の台本ができたから取りに来い」という連絡が入った。薫子はいやいやながら、またプリンの箱を抱えて熊原の仕事場を訪れた。

 熊原は、この前と同じように、封筒に入った原稿を放り投げてきた。

 


プリシャス・テンプテーション(第三巻)


主な登場人物

花川戸はるか  中学二年生。主人公。性格は明るいがドジ。背が低いのがコンプレックス。

錦織浩一郎   中学三年生。生徒会長。スポーツ万能で成績優秀。はるかがひそかに思いを寄せる。

伊佐山ジュン  中学二年生。はるかのクラスメート。めがね。

三条ユキ    中学三年生。大財閥三条家の跡取り娘。気位が高い。

ユリ・ヴァン・ダー・リンデン 中学二年生。実はシンファの神官ラマスの娘。

ユリコ先生   はるかのクラス担任。

マサシ     オオアリクイの子供

マサシの母   オオアリクイ

フューラ    シンファの王女


 巨大ロボットの攻撃を受ける学校。逃げまどう生徒。瓦礫の下敷きになってしまう生徒。それを助けようとする先生。お互いに助け合って避難しようとする生徒。そのバックに、ときどき光線を発射してあたりを破壊しながらゆっくりと進む巨大ロボットがシルエットに。

ジュン「何よう、これ、何なのよう」

ユリコ先生「ジュンちゃん。早く! こっちよ」

 体育館の入り口から、ユリコ先生が大声で叫んでいる。その声に気づいたかのように巨大ロボットの光線が一閃、ユリコ先生がいたあたりは、一瞬にして破壊し尽くされる。

ジュン「先生!」

 その場にへたり込む、ジュン。


 同じ頃。動物園の鏡から、マサシが転がり出る。口には霊草マフロンをくわえている。だが、それをどのようにして三条と錦織に飲ませればいいのかわからない。マサシは、一直線に母のもとへ駆け戻って行った。


 同じ頃、病院。次々にケガ人が運び込まれてくる。阿鼻叫喚の巷と化したその同じ病院の病室で、三条と錦織が深い眠りについている。


 巨大ロボット・ウェランの内部。操縦席にいるのは、フューラ(ユリ)だ。

「人間どもめ。この世界から一人残らず消去してやる。それが、シンファに永遠の安寧をもたらすのだ」

 何かに憑かれたように破壊を進めるフューラ(ユリ)。その目は、完全にいってしまっている。


 巨大ロボット? 薫子は一巻と二巻の内容を思い浮かべた。たしか、学園ラブストーリーから発展した魔法ファンタジーだったはずだ。それらと内容がまったく噛み合わないような気がしたが、とりあえず先を読み進めることにした。


 一方フューラの肉体に転生したはるかの精神は、ユリによって追い出され、今はシンファと地上の間のどこかをさまよっている。赤く瞬くのが、はるかの精神らしい。

はるかの精神「どこだろう、ここは」

 不定形なアメーバのような模様がいくつも重なり、常に形を変えていく。その中に、青く明滅するものがある。それが、赤く瞬くはるかの精神に近づく。

フューラの精神「あなたは、だあれ?」

(象徴的表現で、セリフの間だけ、それぞれの光の中にフューラとはるかの顔が見える)

はるかの精神「え?」

 どこからともなく聞こえてくる声に、とまどうはるか。

はるかの精神「私は、人間界から来たはるかです」

フューラの精神「人間界? なぜ、私と同じように『嘆きの海』を漂っているの?」

はるかの精神「『嘆きの海』?」

フューラの精神「そう。魔法によって肉体を封じられたものの精神がさまよう場所。今は、私の他には誰もいないはずなのに」

はるかの精神「あたなは?」

フューラの精神「私はフューラ。シンファの王女」

はるかの精神「え、あなたがフューラさん!」

フューラの精神「そうです。なぜ、人間界のあなたがここに?」

はるかの精神「オオアリクイのお母さんに間違った蛹を渡されて、三条先輩と錦織先輩が昏睡状態になってしまったんです。それで二人を助けるために霊草マフロンを取りに来たんです。で、フューラさんの肉体に転生して、バルキュスと戦って霊草マフロンを手に入れたんですが……」

(バックに、二巻の映像を使い回し)

フューラの精神「それで?」

はるかの精神「ユリに、フューラさんの肉体を乗っ取られてしまったんです」

フューラの精神「そうだったの。私が肉体を封じられている間に、そんなことが」

はるかの精神「フューラさん。私、人間界に戻りたいんです」


 また魔法ファンタジーに戻っている。よしよし。薫子は少し安心して先に進んだ。

 フューラは人間界に戻りたいというはるかの強い願望をエネルギーにして、シンファと人間界の間を浮遊していたはるかの肉体に転生し、人間界に戻る。だが、一つの肉体にはるかとフューラの二つの精神が同居する不安定な状態だった。はるか(+フューラの精神)は、フューラ(ユリ)が操る巨大ロボット・ウェランの破壊の様を見て、驚愕する。フューラの精神は、ウェランを倒すには、いちどシンファに帰って神殿奥に眠る巨大ロボット・ヨランを起動させ、戦うしかないと言う。しかし、精神感応によって動くヨランは操縦が難しく、ちょっとでもマイナスの感情を持つと破壊の神と化してしまう。

 はるか(+フューラの精神)はオオアリクイの母に頼み、再びシンファに戻る。そして神殿の奥からヨランを起動し、人間界に戻ってウェランに戦いを挑む。はるかはフューラの精神の助けを借りてヨランを操縦し、ウェランを劣勢に追い込む。しかしウェランは、はるか(+フューラの精神)の目の前で、親友のジュンを光線で消滅させてしまった。


はるか「いやあっ。ジュンちゃあああん!」

フューラの精神「だめっ。感情を爆発させては! ジェランが起動してしまう!」

 親友を殺されたショックで、暴走を始めるはるか。壊れたはるかの心に感応して、破壊の神と化したヨラン。さらに、ヨランの上空に閃光が光り、空間が裂けて、そこから次々に巨大ロボットの大群が現れる。あまりに激しいはるかの憎悪が、自律型スレイブとして動く同型機・ジェランをシンファから大量に呼び寄せたのだ。滅亡の淵に追い込まれる人間界。事態が好都合に推移し、哄笑するフューラ(ユリ)。

フューラの精神「はるか! 戻ってきて!」

はるか「死んじゃえ。ユリなんか、死んじゃえ!」

 正気に戻らないはるか。フューラの精神は意を決し、はるかの肉体を離脱する。そしてウェランのもとへ行き、ユリからフューラの肉体を取り戻そうとする。

 激突するフューラとユリの精神。やがて激しい戦いの末にフューラが肉体を取り戻し、ウェランの光線をはるかの乗るヨランに向けて発射する。反射的にそれを避け、反撃するはるか。破壊されたウェランの操縦席から、フューラの死を賭した強力な念波が飛んでくる。正気に戻る、はるか。

はるか「フューラ、さん?」

 ヨランの操縦席から駆け降り、フューラのもとに走るはるか。倒れたウェランの操縦席から、フューラを助け出す。

はるか「フューラさん!」

フューラ「はるか、ジェランを止めなさい。そして、ヨランを破壊するのよ」

 最後の一言を振り絞るように吐き出したフューラは、静かに目を閉じる。

はるか「フューラさん!」

 泣くはるか。ひとしきり泣き叫ぶと、しゃくりあげながら涙を拭き、フューラをその場に横たえてヨランの操縦席に戻る。

はるか「見ててね。フューラさん」

 はるかのヨランが光線を放ち、次々とジェランを倒していく。やがて激しい戦いが終わり、地上に静寂が戻る。赤く染まる上空を見上げる避難民。そのなかには、オオアリクイの親子もいる。その中を、ヨランが宇宙に向かって飛翔していく。操縦席で満足そうに微笑む、はるか(このへんからエンディング曲かぶさる)。やがて遠い宇宙空間で音もなく大爆発を起こすヨラン。エンディング・ロール。


 薫子は、熊原を睨みつけた。

「何よ、これ」

「何って、なんだよ」

「なんで、いきなり巨大ロボットが出てくるのよ。学園魔法ファンタジーじゃなかったの?」

 四つめのプリンをすすりこみながら、熊原は不満そうに言い返した。

「方向性を変えろって言ったのは、あんたんとこの日出生さんじゃんか」

「え? 何のこと?」

 薫子は、ロイヤルから方向転換を強いられたことを知らなかった。熊原からそのことを聞かされ、少なからずショックを受けた。

「どうして?」

「どうしてって、売れないからだろ」

 そうかもしれないけど……。薫子は、自分の好きなジャンルである学園ものと魔法ファンタジーが合体した第二巻までのストーリーがけっこう気に入っていた。それがいきなりロボットものに大変身を遂げたことに、どうしても納得できなかった。

「なんで、主人公が死んじゃうのよ」

「そこが、いいんじゃねえか。悲劇的で」

「死ななくたっていいじゃない。巨大ロボットは全部ぶっ壊したんでしょ?」

「残しといたら、悪いヤツがヨランを使って、何かを企むかもしれないだろ」

「自爆じゃなくても、他にも方法があるでしょ」

「死ななきゃ、盛り上がんねえじゃねえかよ」

「書き直してよ」

「何言ってんだよ。プロデューサーでもないくせに」

「イヤよ、こんなの。嫌い」

「あんたの好き嫌いなんか関係ねえんだよ。日出生さんがどうしてもって言うから、売れ線の方向で書いたんじゃねえか。それにだいいち、今から書き直す時間なんかあるか、バカ。早く持って帰れよ」

 薫子は頬をふくらませたが、熊原の言い分は、筋が通っている。しぶしぶ原稿を封筒に入れ、仕事場を辞した。


 薫子は、どうしても納得できなかった。ロイヤル・レコードにこの脚本を見せて、「あまりに方向性が違いすぎるので元の路線に戻しましょう」と進言してみようと考えた。

「どうですか? 入舩さん。いくらなんでも、ちょっとやり過ぎだと思いませんか?」

「うーん」

 入舩は腕を組んだまま、良いとも悪いとも言わなかった。ここで妙な返事をして、あとで責任問題になるのが怖かったのだ。

「元の、学園魔法ファンタジー路線で行きましょうよ」

「うーん」

 入舩が顔をしかめて考え込んでいると、部下が寄ってきて一枚の紙をテーブルの上においた。

「速報です」

「ああ。ありがとう」

 紙には、今日までに入った『プリシャス・テンプテーション』第二巻の注文数の集計が書かれていた。それは、第一巻のそれとあまり変わらない、眠たい数字だった。

「あらら」

「どうしたんですか?」

 薫子は、紙を覗き込んだ。

「第一巻と、たいして変わらないね」

「は?」

「やはり第三巻は、大幅な方向修正が必要だな。この脚本で行こう」

 薫子の作戦は、あっけなく失敗に終わった。そして同時に、不本意ながらも『プリシャス・テンプテーション』第三巻の制作がスタートした。

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