霧がかった夜光灯を見つめながら

ザイオンキャピタル

霧がかった夜光灯を見つめながら

暗闇にうすい靄がかかっている。靄の向こうには、そびえ立つビルがぽつ、ぽつと点在し、赤い航空灯がかろうじて靄のなかから伝わってくる。

 ぼくはいま巨大な巨大なコンクリートの下にいた。ハイウェイの高架のしたにぼくはいた。あたりは静かで、ただずっと向こうのビル群だけが呼吸をしていた。

 僅かばかりに足を前に出すと、細かな砂粒が、雨にさらされず乾ききった夜の砂がじゃりりと音を立てて、ぼくの存在をただそこに付け加えた。

 すぐ後ろには、途方もなく高く細長い常夜灯が二つ、掲げられていて、こんな誰も目につかない通りをずっと白く照らしていた。

 ぼくは奥彼方に見える航空灯をずっと眺めていた。靄は濃くなり、そして薄くなった。ときおり、ビルの格子窓から漏れ出す光がいくつか滲んでこちらに届いて、そこに人の存在を知らせてくれた。でもここには誰もいなかった。

 ぼくは、その彼方に見えるビルたちを見つめながら、このなにもない、高架の下を歩いていった。まだ新しくできたばかりのハイウェイで、コンクリートは白く灰色で、落書きはまだどこにも見つけることはできなかった。

 美しい夜だった。紫だと思った。月が出ているような、明るい空だったが、靄のせいか月は一切、見当たらなかった。

 ぼくがどれほど歩いても、彼方にあるビルたちはずっと横についてきた。それを確認するためにぼくは歩き続けた。

 途方もない時間が経ったような気がするけれど、それでも夜の空は依然として固定されたままだった。ハイウェイの脚を何度くぐり抜けても、同じ景色がまた広がっていた。

 と、駐車場がすぐそばに現れた。車が数台、停められて、もしくは放置されていた。新しそうな車は一つとしてなくて、埃をかぶったものや、くすんだものばかりだった。

 ぼくは誘われるようにしてその駐車場に入っていった。とくに誰ともおらず、またいる気配もなかった。ここは、新しくそして見捨てられた場所であり、彼方のビルもまたそのようであった。

 背中のほうで、じゃり、と靴を擦る音が聞こえた。振り返ると、高架の下に一人の黒人の女が、本当にただ一人、ハイウェイの橋脚にもたれて立っていた。ぴっちりしたショートパンツを履き、そこから太い脚が露になっていた。ピンクのバッグを腕に通し、信じられないことにこんな場所で娼婦をやっているのだった。

 向こうはもうとっくにぼくのことを気づいていて、身体をこちらに向けていた。赤い、深紅の口紅をつけていた。近づいていくと、次第にそれが若い娼婦ではないのに気づいた。ぼくはなぜこんなところで商売をやっているのか、さっぱりわからなくて、それと同時に、ぼくの旅が終わったことを示していた。

 ぼくはその娼婦に話しかける前に、いま一度、あの靄につつまれたビルたちを眺めた。それはもはや景色としてずっと遠くにあり、ぼくたちを包んでいるものとなっていた。

 ぼくはその黒人の、わかくない黒人の娼婦を抱いた。乾いた黄土色の砂地に、その女性の、ピンクの手のひらにぼくは貪るように絡めた。ぼくは絶えず顔をあげ、あたりの景色を眺め、自分の位置を確かめ直した。

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