第15話 地上の戦士

目を覚ますと、そこは暗闇だった。

 今にも押しつぶされんばかりの閉塞感、窮屈さに慄いて、自分の体勢が仰向けの状態であることに気づくまで俺は何分間かの間芋虫のように体を動かしていた。目が冴えて来ると、この場所が長方形の箱だということに思い至る。

 焦燥に駆られ、おそらくは金属製であろう冷たい頭上の板を両腕で抑えて足を垂直に蹴りつけた。

 一度、二度、三度!

 ボン、ボン、ボンという耳障りで間抜けな音しか返ってこない。

 次第に汗が後頭部に流れ落ちていく感触を覚えながら、何度もその動きを繰り返していたが、何も起こらなかった。歯を食いしばるうち、噛み合わされた口の奥から嫌なものが上って来た。飲み下してまた暗黒の中で足を振り下ろす。

 おい、誰かいないのか、と叫んでも、鼓膜に痛みを帯びた反響が残るだけで外に届いているかすら怪しい。

 縦横どちらのアプローチも無意味だと思い知り、ため息をついて横たわる。

 狭い。と体をねじって体勢を変えようとしたとき、暗闇の中で何か胸元辺りに突き出た棒の存在を感じた。

 また両手を使って棒を握り、勘のままそれを下に力を込めて一気に引く。

 小さな金切り声と共に板の一面がずれ、箱の中へわずかな光が満ちる。

 押して駄目なら引いてみろ、とはよく言ったものだ。

 生まれた隙間に右腕をねじ込み、力任せに板を押し下げると、それは先程までの抵抗が嘘のように従順な開き方を見せる。つまり、正しい手順を踏んだということだ。

 暗闇から明瞭に変わった世界へ起き上がり、くらんだ目を左手で覆いながら箱から出ると、光沢のある黒い履物に覆われた足が柔らかな地面の感触を捉えた。目が慣れるまで箱の縁に腰をかけ、ばんやりと座ったままであたりを見回す。陽の高さから早暁を少し過ぎたころだと思い、右に視線を移してみると。

 そこには点々と白い柱の立ち並んだ野が広がっているだけで、それは浜辺の砂のような、あるいは地面に少しだけ顔を出している草を思わせる穏やかな一面だった。

 風が涼しくそよぎ、俺は促されるように視線を左に向けた。

 同じように広がる白野の上にまた黒い斑点が見え、そのうちの一つが俺に向かって迫ってきていることに気付いた。

 蜘蛛だ。

 六本の腕を持った胴体の上に光る八つの目が、俺の顔前までにじり寄り、こちらを擬視している。視界を埋め尽くしたその黒い姿を俺が静かに見ていると、そいつは俺の右胸元へ目線を動かして、言った。

 「どこから来た、軍曹殿?」

 もうひとつ俺は大事なことに気づく。

俺は誰だ?


 黒く柔らかい土の上にクレイモアの半片が鮮血と共に飛散した。

 残った柄で首元を抑えてよろめくゴブリンの頭を叩き潰し、投げ捨てる。

 「下がれ!敵のイフリートが撃って来るぞ!」

 「アランの組がやられた、もう制空権は維持できない」

 「遠距離通信晶が無効化された!伝令を出せ!」

  胸元でがなる声々を耳に元いた塹壕の中へ飛び込んで伏せると、轟音と共に火焔が頭上を飛び超え放たれていく。

 俺は兜の面甲を上げ、立ち上がってへりに身を寄せた。汗をぬぐわずいずれ来る脅威に短剣を抜いて備えると、上の世界で響く重振動が鎧越しに感じられる。

伸びた溝の左右に意識を巡らせると、自分以外にも取り残されたものがいることに気付いた。右足を失って横たわったその姿に駆け寄ると、口から黒い血を流していた彼は鎧の上に羽織った青地の赤十字衣を切り取って俺に渡し、そのまま息絶えた。

何としてもこの場を生き延びなければ。そう考える間にも振動が迫る。

俺はセルゲイだ。

 馴染み深いその名を呟くと、少し気が楽になった。

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