第6話 鋼鉄姫の目覚め

 目が覚めるとそこは暗闇だった。まだ眠っているべき時間の中途半端で不自然な目覚め、あるいは深い夢から強引に引き起こされたような気分で、それは頭が痛いと思った。全身が重く、薄暗い視界は壁を前にして固定されている。頭痛のほかに感触は無かった。浮遊して落ち着かない意識は目の奥の痛みのせいだけではないとそれは思った。自身の意識が外を認識してちょうど二分が経過したことをそれの目の奥が知らせた。首を左右に動かして見渡すと、長方形で、取っ手が付いたものの上に乗せられている。手術台、だと目の奥が伝えた。壁ではなく、天井だったことをそれは理解した。手術台の周囲に人型の何者か達が立っている。体つきは大小様々で、明らかに一般的な人間の体格から逸脱した六本腕の人型や、比較的通常の人型に近いものもいた。それらは共通して黒い服に身を包み、大きな背嚢を背負っている。身動きせずほぼ等間隔に立ち、手術台のそれを見下ろしていたが、その顔はどれも黒々として判別できなかった。視界に光源が乏しいからではなく、全員が透明の丸い板が複数嵌め込まれた――ガスマスク、だとまた目の奥が情報を送って来た――を着用していたからだ。数は四、五人ほどだが、他にも何人か控えているともわからなかった。黒い人型に囲まれた手術台は使用されなくなって久しい、各所に設置された機械の上に埃の溜まった部屋の中に置かれていた。その外の様子も静かで、溜まった空気と流れ込む大気の動きしかなかった。すると六本腕の人型の傍に、どこからか靄のようなものが人型を取って、何事か囁いた。六本腕の人型は黒服に覆われた、右の上から二番目の手を使って顎にあたるであろう部位を撫で、考え込む様子を見せた。その部屋の人型全員の視線が六本腕に向いていたが、すぐに光沢あるガラス円の付いた面持ちを上げた六本腕が小さな声で、しかし鋭く言葉を発すると直ちに行動を始めた。それの手術台の脚の車輪を取り換えるもの、二人がかりで機材を部屋の外に運び出すもの、霧消してどこかへ行く靄。部屋は暗闇の中にあったが、人型たちはどこに出入り口があり、どうすれば効率的な動きが可能であるかを知っているようだった。統制されたその様子に再びそれの目の奥で加熱するものがあり、反応して兵士、指揮官という情報を表した。


 兵士たちが動いている間、六本腕の指揮官は真ん中の両腕を組み、他の四本で何か四角い光る板の付いた物体を叩いていた。八つのガラス越しに赤い目がぎょろりとせわしなく動き、その様子をそれは仰向けに静止しながら見ていた。六本腕はそれが自分に二つの目を向けていることには気づいており、端末を操作する腕を止めると手術台の上のそれにスタスタと歩み寄った。滑らかな長い髪、黒い目、全身は首、胴体、四肢からなっている。六本腕はそれの顔を上から覗き込んで、視た。はじめに背中がムズムズする感覚があり、やがて消えた。見つけたそれはまるで、生きている感じがしなかった。それは何か言いたげに、もしくは話の内容に困ったかのように六本腕を見ている。

 「名前は」

 「わからない」

返事があるとは思っていなかったから、六本腕はひどく驚いて赤い目を縮めて大きくした。

  「話せるのか」

 「話せる」

  「どこから来た」

  「わからない」

  「俺が何かわかるか」

 「対象とのコミュニケーションは想定されていない」それは何かに動かされるように、無自覚な様子で話していた。途中で電子音と共に六本腕の端末に映像が表示され、部下の男の一人が報告を送って来た。六本腕はそれから一歩下がって離れ、端末の液晶を指で叩いて男と会話を始めた。


 「来客だ。土下座像の北300mに識別不明な人型三あり、全てプラズマ装備」弾帯をネックレスのように首から上のない首にかけたゲールはガスマスクを外し、かつてはブローニングと呼ばれた黒光りする長い銃身の付いた逸物を組み立てている。年月を経て老朽化し射程は400mあれば御の字といったところだが、使えることに変わりはない。

「おそらくカワカブリだな。お前とクレイで足止めできるか」

「過ぎた期待は荷が重い。15分が限度だ」ゲールがアモベルトを機関銃に引き入れた。

「任せた。ピーコックに回収を頼んでおく」

「了解。以上」  

 空中に表示された映像が切られると、六本腕はそれに向けて言葉を送る作業を再開した。

 「俺たちはやることがあってここに来ている。お前がどう思うかは知らないが、この施設は爆破する」

 「……」意味を理解していないのか、それは無表情のまま六本腕のゴム製の面に覆われた顔を見ていた。

 「つまりお前はここに残ると建物の下敷きになる」

「……それは、痛いか」仰向けの姿勢のまま、それが言葉を発した。表情は変わらず、声は平坦だ。六本腕は頷くとガスマスクを外してそれの傍に近寄った。ぼんやりと虚空に向けられた視線に割り込んで、提案する。

「連れて行くこともできる」

「目的は何か」

「頭数が必要だ。お前が使える資源になり得るのなら」

  少し沈黙して、それは頷いた。拒否する理由は無い上に、ここで終了したくないという意思がそれの中に生まれていた。

六本腕は右の上から二番目、端末の付いた腕をそれに差し延べた。

「ヤツハギだ」

「発言の意味が不明」それは虫が卵から孵化するようにゆっくりと動き出していた。

「名前だよ」

 「識別コードと理解した。だが私はそれを保有していない」

 ヤツハギは少しの間目を凝らして、チューリップ、と呟いた。

 「植物」

 「お前の名前だ」

 「了解した」

  チューリップと呼ばれたそれはヤツハギの手を取って緩慢な動作で起き上がると、手術台から地面にそれまで何度も経験していたかのような動きで降り立った。

 「前にもこんなやり取りがあったのか?」

 「わからない。だが、やり方は目の奥が教えてくれる」

 銃声が連発して響いた。大気の中に焔の香りが混じって匂う。

「始まったな。急ぐぞ」ヤツハギは歩き出しかけて、すぐ止まって振り返った。

「着るものがいるな」

  チューリップはなだらかな白色の胴体を見下ろして、くい、と首を傾げた。


  50と赤で壁に印字された空になった部屋の中で、手術台の引手に取り付けられた液晶は、最期の時を迎えようとしていた。“Code TRIP has Activated.“と浮かんだそのデジタル文字も、すぐに消えた。


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