水と煙草と電話と電信柱の影



水がほんの少し残っているコップは

それでもまだ 細かい汗を掻いている

飲み干してしまうと 溜息をついてしまいそうな気がして

やめておいた


インスタントコーヒーの空き瓶の中の小銭を

しばらく眺めてみたけど

ひっくり返すのはやめておいた


網戸のない西側の窓からの

容赦のない陽射しが電信柱の影を畳の上に浮かび上がらせている



とっくに 彼女がこの部屋から出て行ったのに

扇風機は首を回し続けている

構わずそのままにしておくのは

僕のささやかな抵抗だ


小さい机の上に置かれた緑色のプッシュフォンは

その存在感をこれでもかといわんばかりに主張しているけど

決して 音がなることはない

だからこそ 存在感があるんだろう


案の定 煙草の包み紙の中には

1本しか残っていない

買いに行きたいけど

もしや って場合もある



“もしもし どうしたん?”



僕はきっとこう言うだろうけど 

第一声からの次の言葉が思いつかない


気がつくと

コップの水を飲み干して

最後の1本に火をつけていた



ああ なんてことを言っちまったんだ



この1本を吸い終わってしまうと

あとは何をして待てばいい




電信柱の影が僕の足に当たり始めている




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