小さな決意



そろばん塾の帰りはいつも同じ通りを歩いて帰った。

仕事帰りの車のスモールライトが僕のすぐ横を立て続けに走り去る。

「車がたくさん通るからその道で帰っちゃダメ」ってお袋から言われた通りだ。

でも、僕は毎日、その通りを歩いて帰った。


坂の上り口にそのお店がある。

紺とも黒ともいえないくすんだ暖簾には、読めない漢字が続け字で書いてある。

店の窓ガラスは、何年も拭いていないような灰色をしていて、

その奥で薄らぼんやりと人影が動いている。

いかにもお袋が嫌いなタイプの店だ。


その店の換気扇から低い音とともに白い煙が道路に吐き出されている。

僕はそこでいつも立ち止まる。

ふと何かに気がついたかのようなふりをして、立ち止まる。


「こんないいにおいの料理っていったいなんだろう」

「誕生日にも、クリスマスにも、正月にも僕の家ではこんないいにおいの料理は出ない」


しばし、においを満喫すると、僕は思い直したように歩き出す。


「子どもが食べるにはまだ早いんだ」

「大人になったら、絶対、食べるんだ」


他愛もない小さな決意を何度も自分に言い聞かせながら歩く。


でも、坂を上りきったころには、


「今日の夕飯は何かな~」って思っているんだ。



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