もうひとつの「虹のひと部屋」



「パワーボートの上に座布団を敷いて古典落語をするようなものだ」


と言ってはみたものの

僕自身 そんなたとえに心の中で首をひねっていた


彼女は予想通り笑うことなく

ため息もつくことなく

瞬きもしないで僕を睨みつけていた


こんなときはどんなことを言えばいいのだろう

何か真剣なことを言わなくちゃいけないんだろうけど

出てこない


代わりに煙草を吸おうとテーブルに手を伸ばしたら

彼女はすばやく手で煙草の箱を払った

箱は大きく跳んだけど

隣のタンスに跳ね返ってまたテーブルの上に戻ってきた


1本だけ箱から顔をのぞかせたのでそれに手を伸ばしたら

彼女はさらにその手を払った

いよいよもって怒りを込めながら彼女の顔を見上げたら

彼女はもう 笑いで噴き出す一歩手前だった


「ぷうぅっう」


涙を浮かべながら彼女はこらえきれずに笑った


僕は ゆっくり煙草に火をつけてから

「ごめんね」

って言った


彼女はそれに答えることなく 

のけぞって笑い続けた






<♪石川セリ「虹のひと部屋」>

https://www.youtube.com/watch?v=AHBcoASp83s




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