友を救うためなら、なんでもする!


 ……王妃に会わねば。

 カルロスは思った。


 彼は、友は信じていたが、父は信じてはいなかった。王妃とは、何も、疚しいことはない。それでも、もし万が一、彼女に迷惑がかかるようなことがあってはいけないと思った。


 だが、彼は、孤立無援だった。

 王妃との仲を取り持ってくれていたロドリーゴは、今や、王の下僕しもべだった。彼を頼るわけにはいかない。


 ……早く。

 ……一刻も早く、王妃に、警告を発せなければ。





 「エーボリ公女」

 招待もなく、何の約束もなく、いきなり、カルロスは、エーボリ公女の部屋を訪れた。

「君に、お願いがあるんだ」


 瞬時に、公女は、カルロスの「お願い」を見抜いた。彼の、王妃への恋心を知っていたからだ。


「いやです。王妃への橋渡しなんかしませからね」

にべもなく彼女は答えた。

「なんで私が!」

「そんな事言わないで。僕にはもう、頼れる人がいないんだ。世界中でたった一人、君を除いて」


 うるうると潤んだ瞳で、王子は、公女を見つめる。他の女性だったら、効果は絶大だったろう。だが、時期が悪かった。そして、相手が悪かった。


「そんな目をしたって、無駄ですよ。あなたは私をフったばかりじゃないですか」

公女は、ふい、と横を向いた。


「ああ、エーボリ。お願いだから、僕を恋していた時の気持ちを、思い出してくれないか? 僕は、どうしても、王妃様に会わなくちゃならないんだ。もし君が、あの時の気持ちを、ほんのちょっとでも蘇らせてくれたなら……」


「ムリです」


「いやいや。他の女ならダメだろうけど、君は、その辺の女とは違うだろ? だから。ねえったら。ほら、こうして跪いてお願いするよ。ひと目でいい。どうか、王妃に会う手引きを……」



 「ああ、遅かったか!」

そこへ、どかどかと踏み込んできた男があった。


 この国の宰相となったボーサ侯、ロドリーゴだった。近衛兵を2人、連れている。

 エーボリ公女は、憤慨した。鼻息荒く叫んだ。


「まあ! 今日は、なんて日でしょう! 婦人の部屋へ、男が二回も、勝手に入ってくるなんて!」


「うるさい、黙れ!」

ロドリーゴは、辺りを見回した。

「他に人はいないな。ぎり、間に合ったってとこか。おい、衛兵。宰相特権をもって命じる。王子を逮捕しろ」


「は?」

 衛兵たちは、自分の聞いたことが信じられなかったようだ。直立したまま動こうとしない。


「グズグズするな。王子を、牢獄に隔離するんだ!」



 ……こんな風に、王妃への恋心を言いふらすとは。

 ロドリーゴは憂慮した。

 ……もしこれが、王の耳に入ったら!


 息子だとて、容赦はしなかろう。間違いなく、カルロスは、抹殺される。



 「ロドリーゴ……、」

か弱い声で、そのカルロスが呼びかけた。


「しっ、黙って! 人がいます。これ以上、一言だって、余計なことをしゃべってはなりませぬ。……衛兵! 早くしろ! ……王子。腰の剣をお預かりしますぞ。……とっとと動け! 衛兵!」

てきぱきと、ロドリーゴは、兵たちに命じた。


 呆然としたまま、カルロスは、部屋から連れ出された。



 ロドリーゴは、短刀を引き抜いた。

「さてと。お待ちなさい、エーボリ公女」

 逃げ出しかけた公女の肩を、ぐいと掴んで引き止める。


「いや! 何をするの! 放して!」

「放すものか。王子はお前に、何を話した? お前は何を聞いたんだ?」

「な、なにも……」

「嘘をつけ。お前はそれを、誰に話す? さあ、お前の命は、このロドリーゴが申し受けた」

「!!」


「……だが、たった今、王子の話を聞いたばかりだ。誰ともおしゃべりする時間は、なかった」

「そっ、そうよっ! 私は、おしゃべり女じゃないわ! 秘密くらい、守れるわよ!」


「……毒はまだ、唇から流れ出てはいない。だから、まだ、大丈夫、入れ物を粉々にしてしまえばいいんだ」


「なっ、何を言ってるの!?」

身の危険を感じ、公女は激しく、身を捩った。


 ボーサ侯は、薄く笑った。

「逃げようとしても無駄だ。お前はもう、生きた人と話すことはないのだから」

「ひえーーーっ! やっぱり私を殺す気ね! 放して! 放してったら!」

 肩を掴んだ手をひっかき、その顔にツバを吐きかけ、エーボリ公女はひどく暴れた。



 ロドリーゴの顔が歪んだ。うつむいて、つぶやく。

「……それは、あまりに卑怯だ。か弱い女性を手にかけるなんて、俺にはできない」

 その彼の手に、公女が噛み付いた。


 ロドリーゴの腕から、力が抜けた。

「よい。行け」

彼は言った。


 悲鳴を上げ、女は、あっという間に逃げ去っていった。



 一人残り、ロドリーゴは、天を仰いだ。

「カルロス殿下は、きっとお救い申し上げる! 大丈夫。専制君主たる王をたばかるなど、簡単だ。王の手から友を救い出す為に、俺は……」

その目に冥い陰が落ちた。

「友を救う為なら、なんでもする」

小さな、だが、強い声で、彼はつぶやいた。



 ……。

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