プリンスとスパイ 4


 「あの、殿下」

おずおずと、スパイが声をかけた。

「ええとですね。エーボリ公女はどうなりました? お話の、けっこう前の方から、出てきてるはずですけど」


「エーボリ? 誰だっけ?」

プリンスは、夢から覚めた人のような表情を浮かべた。自分が語る物語の世界に、没頭していたのだ。


 スパイは呆れたように頭を振った。

「カルロスを慕っていた女性ですよ! 彼女は、カルロスに恋していたのに、彼の本命が王妃だと知って、王妃を裏切る決意をしたんです!」


「ああ、めんどくさい!」

プリンスは叫んだ。

「女って、本当にめんどくさいな!」


「……」

スパイは絶句した。それに気づかず、プリンスが続ける。

「男同士でいる方が、よっぽど気楽だ」


「……そりゃ、あなたは、男性の中で育ちましたからね」

肩を竦め、スパイは言った。

「なぜかあなたの身の回りには、女官は殆どいない。おかげで、私の生活に、潤いがなくていけません」

「お前の生活なんて、知ったことか!」


「女性は大切です。女性がいるから、物語が動くんです。エーボリ公女は、カルロスと王妃の恋を、王に密告しようという、まさに、キーパーソンなわけですから。……あ。そもそも、カルロスの、不倫の恋はどうなったんです? 義理のお母さんになってしまった、王妃との!」


「不倫!?」

プリンスは、目を剥いた。

「エリザベト王妃は、気高く純潔な女性なんだ! 王を裏切って不倫なんか、するわけないだろ」


「……殿下。あなた、いろいろ騙されてますね」

スパイは心配そうだった。プリンスは、きょとんとして問い返す。

「騙されてる? 誰に?」


「そもそも、気高く純潔な女性なんて、この世に存在しません。それは、幻想です! あと、すぐに失神する女にも、ご用心なさいませ」

「言ってる意味が……」


「私が知っている中で、もっとも気高く純潔なお人は、殿下、あなたです」

真面目な顔をして、スパイは言った。


 プリンスは、顔を赤らめた。

「お前の言うことは正しい。……あっ! エーボリ公女の話だぞ? 彼女は、危険だった。カルロス王子の裏切りを、いつ王に密告するか、わかったものじゃない。それで、ボーサ侯は、緊急の処置をとらなければならなかった……」


 ……。

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