第28話 ゲイル・ラングウィッシュ





「なんでなんだろうな」

 敵の目前だというのに無造作にゲイルは床に倒れた少女を抱き上げながら言った。

「ほんと、こいつ来てから俺振り回されっぱなしなんだよな」

 頸動脈に指を当てる。鼓動がしっかりしていることに大きく安堵し、少女をアルシェの寝台に横たえさせてやる。

「しかも、ほんと腹立つんだけど俺が活躍する時って、こいつ見てないんだよ。俺が強いの、こいつ多分知らないぜ」

「……ゲイル・ラングウィッシュか。遊撃隊隊長の」

 ツェルの目が鋭く光り、ゲイルを睨め付ける。

「おや、知ってて貰えたとは光栄だな。あんたの名前を教えて欲しいところだが……」

「悪いな。気に入った女にしか教えないことにしてるんだ」

「それは残念だな。ま、だったら力ずくで行くだけの話だ」

 剣を抜いて、半身で構える。

「……こいつをあんなにしたのはお前だな?」

「この嬢ちゃんは何者だ? 随分手こずらせてくれたが」

「ほんとな、俺も教えて欲しいんだけどね。頑固で困った奴なんだ」

「だろうな。命乞いすれば、連れて行ってやろうと言ったんだけどな」

「……だから、そんなに傷つけたのか?」

「仕方ないだろう。頑なに逆らわれたら」

「……確かに、頑固だな」

 思いこんだら自分の命にすら無頓着だ。それでどれだけこちらがひやひやさせられているか、全く分かっちゃいない。

「でもな」

 何時だって軽やかに走り抜けていく少女。

「そいつは、優しいいい子なんだよ」

「…………」

 傷だらけになって、それでもアルシェを守ろうと戦い抜いた娘。

 よく見ればそれなりの顔をしてるのに、擦り傷と痣をたくさんこさえて、死んだように眠っている。口の端に作ってしまった青痣が哀れだ。

「……可哀そうだろ、女の子なのによ」

 あんなに照れながらもドレスを喜んでいたのに。

 指先で、滲んだ血をぬぐってやる。

「……覚悟しな」

 ゆらっと立ち上がる。

「楽にはいかせてやれねぇよ」

「くっ……!」

 ゲイルから仕掛ける。ツェルは刃でそれを受け止める。気にせずもう一撃。それも受け止めるが体勢が崩れる。

「……なるほど、噂に聞いたとおりだな」

 先ほどの少女の攻撃とは桁違いの攻撃力に、気を引き締め直す。一撃が速く、重い。

「噂?」

「イブリス国の国宝は、国王の懐刀とその懐刀が直々に見つけ出した右腕に大切に守られて、垣間見ることすら難しいとね」

「……あぁ、まぁな……」

 若干私情混じりで、リッターのガードは堅い。だからこそラーゼルは強引な手に出るしかなかった。

「その右腕はまだ若いのに、相当の凄腕だそうじゃないか。一時期あんたの噂で持ちきりだったよ。何をとちくるって、こんな小国くんだりへと落ちてきたのか」

「あ~、俺もそれ知ってるわ。元の上司を殴ったとか、使い込みがばれたとか、そんなんだろ」

 半眼で答えると、ツェルは楽しげに笑った。

「俺が聞いたのは王妃と不倫したって事だったが?」

「……勘弁してくれ」

「で、本当の所を教えていただけると嬉しいのだがな」

「聞いてどうするんだよ」

「今後引き抜くときの参考にするのさ」

「自分の魅力で頑張ってくれよっ、と!」

 軽口を交えながら、再び攻撃へと姿勢を転じる。素早い剣戟に火花が散る。

「……なんでこんな小国にいるんだ、あんた」

「俺の勝手だろ」

 男の剣筋は速い。これを相手に一人戦ったのかと思うと胸が痛くなり、自然と打ち込む手に力が入った。

 男の刃を剣で受け流し、首を狙う。男はそれを体勢を低くして避ける。続けて狙うのは首筋。男は床を転がる。逃がすかと、その転がった身体を切りにかかるが、ころころと回って逃げ回られた。

「ちょこまか逃げるなよ、むかつくから」

「無茶言うなよ。おっかねぇな」

 立ち上がってにらみ合い、円を描くように相手と距離をとる。

「個人的には殺してやりたくてしょうがないが、とりあえずお前の雇い主白状したら一応助けてやる」

「守秘義務があってね」

「なら、それを守って潔く去ね」

 仕掛ける。横に薙いだ剣が男の服をかすめて血が飛んだ。

「くっ」

「……気に食わねぇな、本当に」

 下から剣を振り上げて、ツェルの剣を弾き飛ばす。

「いたいけな少女いたぶりやがって……」

 ツェルが隠しナイフを取り出し投げる。それも剣ではじき飛ばす。

「あいつがいたいけか?」

「お前がシャリィを語るなよ」

 武器を全て失ったツェルは素手よりましだと手甲で顔を庇う。

 ゲイルはそれごと叩き切ろうと剣を振り下ろす。

 刃が甲にぶつかる、刃が食い込む、その瞬間。

「えっ」

「なっ……」

 黒い何かがゲイルの剣を絡め取り、宙に弾き飛ばした。

「シャリィ……!?」

 飛来した方向を見れば、シャリィが血に塗れた肩を押さえながら鞭を振るっていた。

「駄目、ですよ、隊長さん……。この人が一番裏事情知ってるんですから、吐かせるだけ吐かさないと」

 血色の悪い顔で、それでも微笑んでシャリィは言った。

「……なんだよ。俺が殺されるのが嫌だったか? シャリィ・カーナ」

 さっきまで死にかけていた男が、急に減らず口を叩く。ゲイルはむかついて、ツェルの腹に拳を叩き入れた。ツェルがごほっと咳き込む。

「……いってぇよ」

「自分の立場が分かっているのか? この後は死ぬより辛い拷問コースだ」

「そうだな。シャリィがやってくれるなら付き合ってやってもいいけどな」

「鞭打ちが望みか?」

「男なんかごめんだ」

 シャリィはふらふらと立ち上がるとゲイルの剣を拾ってツェルの目の前に膝を突いた。

「なんだよ、俺に惚れたか?」

「答えて下さい、ツェルさん」

 ゲイルの剣をツェルの喉元に押しあてる。

「……ランドール家は私設部隊があると聞きました。貴方はそこの人ですか?」

「何の話だ? 俺はただのこそ泥だよ。王宮の財宝目当てで忍び込んだだけだ」

「ここの? 正直イブリス王宮に大した財があるとは思えないんですけど」

「だから警備が緩くていいんじゃないか」

「さっき、貴方が言ってたじゃないですか」

「?」

「ゲイル・ラングウィッシュ。私より、貴方の方が隊長さんのこと詳しそう。ただのこそ泥がそんな知識を持ってるとは思えないわ」

「知ってたものはしょうがねぇよな。そんなん証拠にはならねぇだろ」

 シャリィが問答する間、ゲイルは冷静にツェルを観察していた。身につけている物に身元を表しそうな物はない。そんな迂闊な真似をするような男には見えなかった。

「喋るつもりはないんですね」

「喋ってるだろ。俺はただのこそ泥だって」

「喋らなければ殺すと言っても?」

「全部喋ってるのに、信じてくれないのはそっちだろ」

 強く剣を押し当てても、ツェルの表情は変わらない。

「まぁ、そうですよね。そう簡単に話してくれるとは思ってません」

 余裕の表情を浮かべるツェルにシャリィは溜息をつくと、小さくしょうがないなと呟いてから、徐にその口に手を突っ込んだ。

「シャ、シャリィ……?」

 唐突な行動に流石にゲイルも驚いた。

「隊長さん、頭押さえててくれますか?」

「え? あ、え?」

「さっき、この人自分の部下殺したんです。自白しそうだからって。素直に死んどけって言ってました。……多分、この人達、自害用の毒仕込まれてます」

「…………っ」

 ツェルが歯を噛みしめようと顎に力を入れた。食い込む歯に、シャリィが顔をしかめる。ゲイルが口を閉めさせないよう顎に手をかける。

「ちょっと奥に手が届かなくて。もうちょっと開けさせてくれます?」

「……まぁ、正しい対応だよな。対応としては」

 男の口の中になんの躊躇もなく手を突っ込むのはどうなんだ。

「いいから早く」

「……分かった。俺が調べるから、お前が頭押さえろ」

「私じゃちょっと力足りないと思います。隊長さんが口開いてください」

 女に容赦なく口の中に手を突っ込まれて、これも結構な拷問だ。あまりシャリィにやらせたい仕事ではないが仕方がない。

「あったか?」

「……ある、けど、ちょっと動かないようにしっかり押さえててください。ん~、暗いなぁ、もう」

 シャリィは色々角度を変えて奥をのぞき込み、何か色々している。

「……早くしてくれ」

 年頃の娘が、男の口に手を突っ込んでいじっている姿はあまり見たくない。

「取れた」

「よし」

 舌をかまれないように念入りに猿ぐつわをし、隠した武器がないか念入りに探す。いくつか隠し武器を見つけて、それを手の届かないところに投げ捨て、部下に引き渡す。

「どんなだ、その毒」

 シャリィが書き出した毒の錠剤をゲイルに手渡す。

「……ずいぶん、小さいな……。…………」

「隊長さん……?」

 錠剤を凝視するゲイルをシャリィが訝しげに眺める。

「……繋がった、か……?」

「ゲイル! シャリィ……!!」

 眉を顰めて言葉を紡ごうとした時、アルシェの寝室に入ってきた男の声に遮られた。

「リッター様……!」

 上司の登場に、シャリィの顔に安堵が浮かぶ。

「無事だったんだな、シャリィ。良かった」

「ちょっとヘマしちゃいましたけど」

 怪我をした肩を押さえて、誤魔化すように笑った。

「……良く生きていてくれた。アルシェを助けてくれたこと、感謝する」

 礼を言われて、照れくさそうにシャリィは笑った。

「リッター」

「お前も無事だったな、ゲイル」

「あぁ、それよりこれを」

「ん?」

 ゲイルは先ほど取り出した薬剤を手布にのせてリッターに渡した。

「刺客の口に仕込まれていた毒だ。……多分、あれだ」

 リッターが眉をしかめる。

「……やっとしっぽを掴んだか」

「どら息子に感謝だな。分析にかけよう」

「……わかった。先に行ってる。シャリィに応急処置をしたらお前も来い」

「了解」

 ツェルを兵に連行させ、リッターは踵を返して出て行った。

「あ、私なら大丈夫です。隊長さんは行ってください」

「いいから怪我をみせろ」

「腱は痛めてないと思うんです……」

 手を握ったり開いたりして見せる。

「当たったのビーズの飾り多い部分だったんで、それほど深くは。結構ドレスも侮れませんね」

「お前な……」

 気軽な口調に若干腹が立つ。

「……傷口見せてもらうぞ」

 ゲイルは無愛想な口調で、シャリィのドレスの肩口を破り始めた。冷静に考えれば、不届きな行為だが、血の臭いに混じる空気の中でなんだか二人とも酔っていた。

 細い肩が剥き出しになる。見た目の割に傷口は浅いようだ。ゲイルは布を取り出して傷口に押し当てた。白いそれがじわっと赤く滲んでいく。つけていたスカーフをとって、それで布を固定した。

「痛みは?」

「……まぁ、結構地味に」

 シャリィは大人しくゲイルの治療を受けている。首筋から二の腕にかけての筋肉はしなやかで無駄がない。あんな一般的でない武器を自在に扱うとか、どんな特技を隠し持ってるんだか訳が分からない。どれだけの腕前だったのか知らないが、それなりの訓練を受けたのであろう男を退け姫君を見事逃げ切らせた。

「確かに深くはないようだが……」

「……あの、隊長さん。ちょっと締め付けきつくないですか」

「止血だからな」

「いや、あの、結構痛いんですけど……」

「何を今更」

「いや、本気で」

 眉をしかめて、ゲイルの服の胸元を無事な左手でぎゅっと握りしめ始めた。

「シャリィ?」

「い、痛いです……」

 ツェルがいた間ずっと緊張していたのか、彼が部屋から消えてから急に力が抜けたようだ。痛覚が戻ったらしい。シャリィは額に汗を浮かべ始めた。

「ちょっと医務室連れてってもらっていいですか……」

「行かない気だったのかよ」

 呆れて呟いて、少女をの身体を抱きしめた。

「隊長さん?」

「……一人で無茶するからだ」

「いや、だって……」

 シャリィがやるしかなかったことだ。でなければ、今アルシェの身柄はツェルの手の内に落ちていただろう。

「……だから言えって言ったんだよ」

 傷を痛めぬように、力を込める。その柔い肌が腕に吸い付くように腕の中に収まる。

「お前がどれぐらい強いかなんて、俺ら誰も知らないんだから」

 それでも腕の中の少女は、やっぱりシャリィで、子供っぽいどころの抜けきらない笑顔を浮かべる方が似合っていると思う。痛みに耐える顔は見ていたくない。

「大体なんだ、鞭って」

「え?」

「なんで鞭なんだ、鞭って」

「あれ、そういえば、私あの鞭どこにやりましたっけ」

 左手でもぞもぞと鞭を仕込んでいた太股をさする。

「あそこに置いてきちゃった。すいません、ちょっと戻って……」

「……後で拾っておいて届けてやるから、とりあえずなんで鞭なのか教えろよ」

「え、なんでって言われても。一応非殺傷武器だから……?」

 何故そこまでこだわるのか分からず首を傾げながら言う。

「あの音で結構びびってくれる人多いし、獣追い払うのにも有効だし、リーチ長いし……」

 細身のそれは、この国に来る前から使っていた物で、軽くてよくしなり、潜ませておくのにも便利だった。

「だから鞭か……」

「え、何かまずかったですか?」

「だって、鞭って……」

 はぁっと、やけに深い溜息をつく。

「それは、なんかもっと身体にメリハリがある女が使って初めて様になる武器だろ」

「…………は?」

「しかも、どこに仕込んでるんだよ」

「いや、だってあんまり表だって持つ物でもないし、侍女やってる時に腰につけてるわけにもいかないし」

「何時も持ち歩いてるのかよ」

「……まぁ、一応。何があるかわかりませんし」

「……はぁ」

 再び大きな溜息。

「なんですか?」

「……だから、その武器はもっとムチムチした太股につけるべきもので……」

「うっわぁ。腹立つ……」

 嘆くゲイルから視線を外し、半眼で呟く。

「てか、隊長さん。いいんですかこんな所にいて。陣頭指揮執ってくださいよ。高い給料もらってるんだから」

「……そうだな」

 やさぐれた口調がおかしくて、つい笑ってしまう。

「隊長さん?」

 それでも、こんなに大人しく少女が自分に身を預けているのが珍しく貴重で、この手を離しがたい。

「……医務室まで運ぶ。そこまでだけ」

 ゲイルは身体を離し、自分の上着を掛けてやるとシャリィの身体を抱き上げた。くったりと力の抜けた身体が壊れてしまわぬように丁寧に歩き出す。

「う~、痛いよう、隊長さん……」

「すぐに着く。もう少し我慢しろ」

「あ~、う~」

 ぶつぶつと呻いている。その呻き方がなんだか間が抜けていて深刻になりそびれた。

「……あと少しだから」

 痛みを抱えている少女に我慢させるわけにはいかない。なら、もう少しこのままでいたいと思う自分の方が自重するべきだ。

「ねぇ、隊長さん」

「ん?」

 愚痴るのを止めることにしたのか、目を閉じ、ゲイルの胸にもたれ掛かって呟いた。

「私、結構頑張りましたよね」

「あぁ、そうだな」

「私、それなりに役に立ちましたよね」

「あぁ」

「……よかった」

 ほっとしたように少女は微笑んだ。

「お役に立てたなら、もう悔いはありません」

「……は?」

 満足げに微笑んでる少女を見下ろして間抜けな声を出す。

「お前、何言ってるんだ?」

 きょとんとしたゲイルの声、そんな無防備な声を聞かせて貰える距離が嬉しく、それがいずれ失われるであろうことが寂しい。

「そりゃ暫く痛むだろうが別に命落とすような怪我じゃないぞ」

「何時ここを去ることになっても、誰か覚えててくれるかなって」

「……辞める気なのか? ここ」

「いえ、別に自分から辞める気はないですけど」

 アルシェのモラトリアムは、きっともうすぐ終わりを告げるだろう。ひっそりと静かに潔く。そして、その時シャリィの役目も終わる。

「……隊長さんは、私のこと覚えててくれますか?」

 運んでくれるゲイルは温かく、そんな優しさを与えて貰えるのもあとわずかだと思うとシャリィの胸は痛くなる。

「……お前、さっきから何言ってんだ?」

 静かな(それは不自然なほどに)口調でゲイルが問う。頭上から声が降ってくる感じが不思議で、自然と微笑んでしまった。

「姫様は立派な女王様なるでしょうし、リッター様だってどんどん偉くなっちゃうでしょ? 隊長さんだってもっともっと出世しちゃって、気安く話すなんてきっとすぐに出来なくなります」

 身に余る光栄など知らなければ良かった。知らなければ失う痛みを知らずに済んだのに。

「でも、一人くらい私のことを覚えててくれたなら、幸せです」

「……そういうの止めろ」

「そういうの?」

「自分のことを取るに足りない身みたいに言うのだ」

 ゲイルの言葉は無茶ばっかりだとシャリィは思う。選ばれた人達の中に、幸運にもちょっとその端にいることを許されただけの我が身に向かって、その言葉はちょっと酷い。

「だって私は」

 言葉を遮るように、ゲイルは強くシャリィの頭を抱き寄せた。

「……お前の根幹には何時も卑下があるよな」

「身の丈を知ってるだけですよ」

「その身の丈、僻地で測るな」

「事実をちゃんと認識してるだけでしょう」

「……可愛くないな」

「は?」

 ゲイルはシャリィの髪の上に顎を置き、ぐりぐりとかき乱す。綺麗にまとめられていた髪は、先ほどの戦闘ですっかり解けていた。そういう少女を非日常に結びつけてしまう全てが忌々しい。

「何するんですか!」

「腹立つ女」

 理不尽な怒りをぶつけているという自覚はあったが、止めがたい。

「それは私の台詞でしょう!?」

 なんとかそれから逃れようともぞもぞと身じろぎしている。

「なんで私が怒られてるんですか。意味わかんない」

 むくれる顔は、本当にごく普通の少女に見えるのに。

「……ま、いいさ」

 肺の中の息を全てはき出す。

「……隊長さん?」

 きょとんと見上げてくる。ゲイルは小さく笑った。

「勝手に、過小評価してればいいよ。そっちの都合なんか知らん」

 覚えててくれますかとかふざけるなといいたい。自分で自分をどう評価しているか知らないが、それにこっちまで合わせなきゃいけない訳じゃない。

「……だって、姫様立派になっちゃったら、私別にいなくても」

「うん。だから勝手にそう思ってればいいんじゃないか?」

「そんな言い方……!!」

「怒鳴ってないだけましだろ」

 本当はとても怒っている。勝手に線引きをして、自分を向こう側に追いやって、全然自分たちに執着してくれない。諦められている。

「勝手に思ってればいい。俺も勝手にやる」

 半分やけになりながら、自分勝手な少女のかすり傷の残る額に唇を寄せた。

「…………は?」

 暫しの空白の後、首まで真っ赤になる。

「言っただろ。勝手にするって」

「だ、な、なに! 何……!!」

 顔を真っ赤にして、体中の血顔に集めてしまったみたいな表情のシャリィに、思わず自分も照れくさくなる。

 その時。

「………………あ、あのう。お取り込み中申し訳ないのですが」

 申し訳なさそうに、本当に申し訳なさそうに、ひっそりと、善良そうな青年が声をかけた。

「うお」

 不意を突かれて、思わずゲイルが間の抜けた声をあげる。

「隊長、すいません。リッター様から伝言を仰せつかって来ちゃって……」

 先ほど舞踏会の広間でシャリィと一緒にアルシェの護衛をしていた隊員だった。

「お、おう」

 居たたまれなさそうな青年の態度に、ゲイルの顔まで赤くなる。

「シャリィ殿が大丈夫なようなら、彼女も一緒に来て欲しいと」

「あ、だ、大丈夫です! 私行けます! ってうぎゃあ」

「あ、おい!」

 動揺したのだろう、シャリィは怪我した方の手を挙げてしまって激痛に悶えた。

「では! あの、ええと、それでは続きを、どうぞ、ごゆっくり、もしてられないんですけど……! 失礼します!!」

 隊員は踵を返すと一目散に駆け去っていった。

「…………」

 見られた。

 恥ずかしいやら情けないやら、がっくりと肩を落とすゲイルに、腕の中のシャリィが恐る恐る話しかける。

「……ええと、とりあえず行きましょうか」

「………………おう」

 締まらない。

 ゲイルは大きく溜息をついてから、再び歩き出した。








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