第25話 不穏
面倒くさいな。
リッターは心の底から思って、重い溜息をついた。自分がエスコートした女性は、他の男に連れだされてしまった。自分も好きな相手を踊って良いのだけれど、全くそんな気は起きなかった。
とにかく周りの視線が鬱陶しい。
今も自分の目の前で、ずっと手塩にかけて育ててきた教え子が連れて行かれて、どうするかとちらちらと横目でこちらを見ているのを感じる。行かないからな?と心の中でギャラリーたちに返事をした。ご期待に添えず誠に申し訳ない。それほど高価ではないが良く磨かれたグラスで酒をあおり、飯をつまむ。
自分たちで関係を明確にした覚えはないが、自分とアルシェは基本セットで見られていたのは知っている。勝手に自分たちは婚約の約束をしていたり、それを引き裂かれる悲劇の主人公になっていたりしているようだ。その自分を慰めようとする女性陣の目が痛い。煌びやかで華やかな夜会、そこで鳥がさえずるように笑う女性陣、こういう場所は好きじゃない。
向いているかどうかで言えば、多分向いている。笑顔の裏で相手の思惑を探ったり、悪戯めいた恋の罠をかわしたり。そういうのは苦手ではない。だが、得意ならば好きかと言うとそんなことは決して無く、夜会が終った後は上手くやってしまった自分にげんなりすることの方が多い。
しかも今日はやけに女性の秋波がしつこい。
気持ちは分らないでもない。自分は異質な存在ではあれど出世株には違いない。姫の婿になると思っていた者達も多かった。それがアルシェに別の婿候補が現れ、自分がフリーになった。縁を結びたい貴族も多かろう。
自分の状況を恐ろしいほど客観的に分析しつつ、どうにかダンスを穏便に断る理由を探している。誤魔化すために飲み続けている酒がやけに苦い。
「お久しぶりです、リッター様。ご機嫌はいかが?」
人を近づけないオーラを出していたつもりなのだが、どうやら女性には効きが悪いらしい。アルシェより、二つ三つ年上と見受けられる清楚な感じのお嬢さんだった。
「おや、お久しぶりですね、セネア様」
適当に逃げようかと思ったが、彼女の父親が、今進めている交渉の担当者であったことを思い出して方向を変える。給仕から甘めの酒を選んでやり、手渡しながらそっと傍らに立った。益のない雑談を交わしながら、相手を不愉快にさせないように好意を躱す。
「今日はアルシェ様のお相手をしなくても構わないんですの?」
女は悪戯めいた微笑を綺麗な唇に乗せる。そんな女の仕草が酷く鬱陶しい。
「意地悪なことを言わないでください。今日はようやくあのお転婆娘の世話から解放されたんですから。……よろしかったら一曲お相手願えませんか?」
「喜んで」
踊りたいなら素直に誘えばいい。
――「ねぇ、リッター。踊ろうよ」
そんな子供じみた誘いの言葉が、通用していた。そんな季節は、もう終りを告げる。
「……どうぞ、こちらへ」
アルシェじゃない手を取って、ダンスフロアへとエスコートし、踊る人達の中に紛れる。
ダンスはそれほど得意じゃない。幼い頃習ったが、留学に出てからそう言う縁が一切無かったのですっかり忘れてしまい、再び覚え直す羽目になった。
――「じゃあ、私が教えてあげるわ!」
アルシェがそういうのだけは上手く、得意げに言われたものだった。
――「ちょっと、足踏まないでよ」
――「だから、そこでターンだってば」
――「リッター、ちょっと覚えが悪いんじゃない?」
立場が逆転したのが嬉しかったのだろう、失敗するとそれはそれは嬉しげに、小突きたいほどいい笑顔でご指導してくれた。
おかげで夜会で恥をかかない程度には踊れるようになった。いっそ下手だったらこの場から逃げるのも楽だったのかもしれないが。
「……お似合いですわね」
「え?」
「ラーゼル様とアルシェ様ですわ。二人ともお人形のようにお美しいですもの」
「……そうですね」
「お二人が結婚なされば、どちらに似ても美しいお子様が生まれますわ」
「…………」
アルシェとラーゼルが結婚したとしたら、その時自分は何をしよう。
未来を思い描く。自分のしたいことは何だ。
施療院と孤児院をもっと増やしたい。ある程度支援が無くても自立して生活できるだけの術を見つけないと、増設は難しいだろう。
花を研究する施設の計画はようやく目処がついた。来年には本格的に研究を開始できそうな所までこぎ着けた。あとは、実際に開発した花を輸送するルートの開拓をしたい。国外にも輸出できるようなルート、それから長く保存できる輸送方法も見つけなければならない。研究員の希望は後を絶たない。自分に出来うることと言えば研究費を確保してやることだ。
あとは、下水施設の充実か。ある程度大きな町は設備が整っているが、まだ小さな町には行き届いてない。昔からの事業だから下水に対する理解は深いが、どこまでその設備を拡大するかでアルシェと貴族の意見が対立している。決して予算が充実しているとは言い難いのは分っているから反対意見を述べるものの気持ちも分るが、なんとかしたい。
そんなことを考えてダンスを踊る足がふと止まる。
今更気づく。
自分の将来のしたいことは、全部アルシェのそれだった。
何時だってしたいことを思いつくのはアルシェで、なんとかしてよと言えば何とかなると思っている馬鹿娘の尻ぬぐいをするのに何時だって必死で。
「…………しまったな」
完璧捕まってるじゃないか。
「リッター様? どうかなさいました?」
「あ、いえ、すいません。なんでもありません」
怪訝な顔をした女性に合わせて再び足を動かす。頭の中は馬鹿娘のことで一杯だった。
二人は生け垣の向こうにいた。
「……やだなぁ、こんな仕事」
二人の居場所を確認して、小さく安堵する。何か起きたらすぐに走り出せるように体勢を整えた。
「…………」
なんで、自分はこんな所でこんな事をしているんだろう。
周りに気配を配りつつも、他にやることなくてぼうっと考えた。
どうしてこんな所で、こんな事をしているんだろう。一年前までは、こんな王族の傍について何かするなんて想像もつかなかった。出世と言っていいものか。
手の平を軽く握っては開いてみる。……こんな所にいられるようになれるなんて思っていなかった。
毎日がとても楽しい。
姫は手強いけれど可愛い。リッターは有能で優しい。ゲイルだって、ちょこちょこ意地悪するけど話せると嬉しい。みんな凄い人たちばかりで、その人たちに自分という存在を認識してもらって、もしかしたらそれなりに大事にしてもらえてるかもしれないと思うと、胸の中が温かくなって、時に泣きたくなる。
一緒にいれるのが楽しくて嬉しくて、今日が永遠に続けばいいと、無理なことをつい願ってしまう。
多分自分がラーゼルという人を受け入れがたいと思っているのは本当にただの我が儘だ。
四人それぞれ立ち位置が違って、それぞれ世界がある。リッターはやがてもっと出世して国を守るために戦う人になるだろう。きっとゲイルは血を流すことを厭わず、汚れた仕事を平気な顔で引き受ける。そして、もっともっと美しくなったアルシェがその時二人の上に立っているだろう。その時ちっぽけな私の存在は傍にいることはない可能性の方が高い。三人とももっと広い視野で、もっと凄いことをやり遂げるために選ばれた人たちだ。
三人が自分を厭わなくても、やがて私は自分から身を引いていくだろう。私は救いようもないほど愚かではないから、自分の身の限界を分かっている。リッターほど頭が良くない。ゲイルほど強くない。他の侍女達ほど気が利いたり化粧が上手い訳でもない。
自分は、アルシェが国を継ぐものとして覚悟を決めるまでのわずかなモラトリアムを謳歌させてやるために、リッターにその相手として選ばれた。自分に与えられた役をちゃんと自覚している。今リッターやゲイルのような喋ることすらできないような相手に話しかけて貰えてるのだって、今のアルシェには自分のような役が必要だからだ。自惚れちゃいけない。ちゃんと分かってる。
それでも、胸の内にある喜びは偽物じゃなくて、情けなくなるほど本物で熱みを帯びていて、だからこそそれを奪おうとしているラーゼルを受け入れがたいのだろう。一日でもこの日々が続いて欲しい。
アルシェのモラトリアムは、自分にとっても等しくそれなのだ。ひっそりと裏路地で倒れる筈だった自分の身に思いがけぬ陽光を与えて貰えたから、浮かれていじましくそれにしがみついている。
結局可愛いのは我が身だ。器の小ささに呆れてしまう。
それでも庶民だからこそ分かることがある。
「……何やってるんですか、リッター様」
子供であることを許されない少女の傍に立つ青年はお手本のような笑顔を浮かべて、アルシェに何かを囁いている。きっとアルシェはその賛辞を受けながら、その裏を探り続けている。
怒りがわく。
大切な姫君にあんな顔をさせちゃいけないんだ。リッターの傍でふて腐れている時のアルシェの方が、ずっと可愛いのに。リッターに窘められたり、ゲイルに怒られてる時のアルシェが一番可愛い。怒った振りをして、しかってくれる存在に甘えているあの人が一番いい。
だから、その人の手に触れないで。
今は身にまとう薔薇のような美しさを見せているけど、本当は春に咲き乱れる花のような可愛い人なんだ。
そんなに綺麗に微笑まさせないで。
顔をくちゃくちゃにして笑ったり、頬を真っ赤にして怒らせたり出来ない人が、愛を語らないで。
「…………あれ」
ふと、アルシェは青年から身を引き一歩下がった後、優雅に大国の姫のように一礼をした。そして踵を返し、背中を伸ばして室内へと戻っていく。今まで礼儀作法の先生の前で見せたことのないような所作で、堂々と誇り高く。
そして取り残される青年貴族。その表情を見ると自分に都合の良い考えをしてしまいそうで、甘い期待を無理矢理ねじ伏せた。
とにかく、話は終わったらしい。自分も室内に戻ろうと腰を浮かしかけたとき、青年のすぐ近くの茂みから小さな音がして、ぬっと一人の男が姿を現した。気配を一切感じなかった。
嫌な感じがしてシャリィは再び身を潜めた。
見たことのない男だ。ラーゼルが従えて入った侍従にも護衛にもあんな男はいなかったと断言できる。ラーゼル身辺の人間の顔は全部覚えている。
身を寄せて二人は何かを話している。その様子から二人が知り合いであることは確かだ。その二人の視線がアルシェの去っていった方を見ているのが無性に嫌な感じがした。
「…………」
考える。
ゲイルは上手く説明できぬ不安をずっと抱えていた。そしてシャリィ自身、言いようのない得体の知れない気持ち悪さをラーゼルが来て以来感じ続けていた。自分の身の回りと大気の間に薄いぬめりがあるような感じ。その感じを受けるときは昔から何か起こった。
室内に帰ればゲイルの配下がアルシェを守ってくれる。あの男を自由にさせてしまうのはなんだか凄く嫌だ。
やがてラーゼルは何事もなかったかのように室内へと戻っていく。そして男は宮廷の奥へと足を向けた。大きく息を吸い込んで、シャリィは男の後をつけることを決意した。
「リッター、ちょっと」
一曲踊り終えた所で、ゲイルに呼び止められた。令嬢と別れて、そちらへ向かう。
「どうした?」
「いやな情報だ」
ゲイルは声を潜めてリッターに囁く。
「なんだ」
「ランドール家の私設部隊の一部が国を離れていることが正式に確認できた」
「……ラーゼルか?」
「どうやらそうらしい」
リッターが強く舌打ちした。
「あいつが連れてきた家臣団に、それらしき奴らはいなかったんだよな」
「あぁ。どこかに潜入している可能性がある。今探らせているが……」
「……すまん。警備の主権をこっちに持ってこれればもう少し動き安かったのにな」
「今更言ってもしょうがないだろ。妨害があるのは承知の上だ」
ゲイルはにやっと笑って肩を竦めた。
「姫様は?」
「今、ラーゼルと外に出てる。シャリィがついて行ってるが……」
「ん、帰ってきたか……?」
庭へと続く扉から帰ってきたのは、美しく着飾った少女だけだった。
「……ラーゼルはどうした?」
「喧嘩でもしたんじゃねぇ?」
そんな場合でも無かろうに、ゲイルはニヤニヤと口の端に嫌な感じの笑みを浮かべて横目でリッターを眺めた。それを無視しながら、アルシェの動きをしばらく見ていて、何となく気づいて言う。
「……なぁ、ゲイル」
「ん?」
「シャリィが姫様についていったんだよな」
「あぁ」
「……なんで帰ってこないんだ?」
「…………」
一瞬の空白の後、慌てて外に向かって走り出したゲイルに、溜飲が下がった。
侍女の服を着ていれば良かった。シャリィは足音を立ててしまう靴を手に持ちながら、男の後をつける。侍女の服さえ着ていれば、宮廷内の何処にいようと仕事を言いつかってと言ってしまえば幾らでも言い訳になるのに。あんな見事な迷彩服ない。相手が他国の者なら尚更だ。
身体のラインが出る着慣れぬ服で後をつける様はちょっと滑稽だ。人は夜会の方にではらっていてただでさえ人気がない上に、男は警護の目をすり抜けるかのように宮廷の奥へと向かっている。その奥へと行けば王族の私室がある一角へと向かってしまう。
どうしても立ってしまう衣擦れの音がもどかしい。それを隠してくれるのは広間から流れてくるワルツの音しかない。男の身のこなしには隙がない。このままでは何時か気づかれる。
不意に男は駆け出し、角を曲がった。
気づかれた。つられて走り出したい衝動に駆られる。
追わなければ逃げられる。だが追えば追ったで角を曲がったその時に、きっと喉元にナイフを突きつけられるだろう。
どうする、このまま逃がすか。無茶を承知で飛び込むか。
一瞬浮かんだ間、判断を下してくれない思考。
そして、取った手段はとても間の抜けたものだった。
「あの、待って!!」
呼びかけてどうする。我ながら呆れたが、相手も同様だったらしい。柱の影に気配を感じたが、そのままそこに動かない。なんの罠だとそりゃ訝むことだろう。
暫し姿を見せぬ対峙をする。緊迫感に身を縛られる。
しびれを切らしたのは相手だったらしい。影のように静かに柱の後ろから姿を現した。鋭い目つきの男だった。今は貴族風の服を身につけて、あたかも来賓のごとく装っているが、その身にまとう空気は険しく、怖い。
男はシャリィの姿を見て微かに目を見開いた。まさか追撃者がこんな女だとは思っていなかったようだ。その目は驚きを経て愉悦に歪み、シャリィは背筋が寒くなる。
「……何か?」
「あ、え、えと」
軽薄そうな声で問われた質問の返事に詰まる。困っているシャリィを男は楽しげに眺めやった。
「えと、道にお迷いですか? そちらには何もありませんよ」
「そちらこそ、何をしてらっしゃる? 靴を脱いで歩くなど」
お互いしらばっくれる。男の気配は鋭く、眼光が光る。男が一歩足を踏み出す。思わず後ずさる。
「わ、私は、えと、あの……」
言葉上は和やかだが、酷薄な表情が全てを裏切る。敵と見定めれば女だろうと容赦はすまいと容易に想像できる。一対一で対峙するには分が悪そうだ。なんと言ったものが、必死に考える。と、その時背後から声をかけられた。
「そんな所にいたのか」
聞き慣れた声。男から視線を逸らさぬまま、だけど思わず息を吐いた。だが、次の瞬間息が詰まる。
「探したぞ。……あまり心配させるな」
その場にそぐわぬ甘い声音は耳元で囁かれ、何が起こったと思ったと同時に、その人の胸の中に抱き寄せられた。
「……あ、え?」
「こんなに肩を冷やして。……今まで何処にいたんだ」
そして、大きな腕がそう言えば冷えていた二の腕に回される。言葉が出ない。
「頼むから弁解ぐらいさせてくれ。あの女はお前が思っているような女じゃない」
なんの話だ。全く動かないシャリィの耳元でゲイルが息に声を紛れさせて言う。
「適当に合わせろ」
それはいいが、息がくすぐったくて止めて欲しい。
「……だって、あんなに親しげにしてたじゃないですか」
とりあえずのってみる。
「仕方がないだろう。彼女の父は俺の上司だ。すげなくするわけにも行かない」
「あの人の方が貴方に身分が釣り合っているでしょう!?」
「見くびるな、そんなことで俺が結婚相手を選ぶと思っているのか」
なんて三文芝居だ。ゲイルもそう思ってるだろうが、何せ経験値が絶対的に不足してるのでそんなの返ししか思い浮かばない。
「……隊長さん」
「……何時になったら、名前で呼んでくれるんだ」
ぎゅっときつく抱きしめられる。さりげなく身体の向きが変えられ、シャリィは完全にその黒い男に背中を向けることになった。唐突に現れたゲイルをどう思ったか、男の視線を絡みつくように感じる。殺気混じりだ。そんな男に無防備な背中を晒すのは正直怖い。背中があいたドレスの素肌で男の気配をもろに感じる。
「お前はそうやって、何時までも俺に壁を作って、立ち入らせてくれない」
「そんなこと……」
今の立ち位置ではシャリィはゲイルの盾になる。ゲイルがその立ち位置に促した。
「今もまた、そうやって俺の気持ちを無視して身を引こうとしている」
「……私は……、だって」
「俺は信頼に足りない男か?」
「そんなことありません!」
私は貴方を信じてる。
「俺はずっとお前といたいんだ」
そっと背中に手を回す。広い背中。
「なのに、お前は逃げてばかりだ」
ゆっくりと腕を落としていく。ベルトの中に横たわるように何かの感触。探る。手袋越しに金属の感触。
「……私は、私は……」
取り出して手の平から手首にかけて隠すようにぎゅっと握りしめ、男に備える。
「どうすればお前の心を俺にくれる?」
息が詰まるような沈黙が落ちた。じわっと額から汗が流れ落ちるのを感じた。手の中のナイフだけが冷えて冴え、温もりに包まれながら、身体はきつく強ばった。
その緊張が溶けたのは、男が呆れたのか、三文芝居を繰り広げ抱き合う自分たちの脇を通り過ぎる足音が聞こえ、気配が完全に消えてからだった。
「……は~~~」
もういないと確信し、それから更に十数えてから大きく溜息をついた。
「こ、こわかったぁ……」
膝から力が抜けたが、抱きしめるゲイルの力はそのままでそれに支えられる。
「ありがとうございました。助かりました」
ナイフを握った手をぶらんとぶら下げる。ゲイルが無言な事に気づかなかった。
「あの人、ラーゼル様と何か庭で話してたんです。なんか嫌な感じがしてつけたら姫様の部屋の方に向かってくし」
緊張がとけ、軽く興奮状態のシャリィは一人で喋る。
「あんな人、ラーゼル様の一行にはいなかったと思うんです。警備の強化を……。……ゲイルさん?」
ぎゅっと力が強く込められて、ゲイルの様子が変なことに気づく。シャリィは名を呼ぶが返事はなくより力が込められる。
「あ、隊長さん。ちょっと、あの、くすぐったいんですが……」
剥き出しになった首筋にゲイルの髪が直接触れてむずむずする。身の置き場がなくて身体をよじらせるが、ゲイルは逃がすかとばかりに絡めた腕を解こうとしない。
「……隊長さん?」
「……姫様の傍にいろと言った」
「命令やぶってごめんなさい。でも遊撃隊の方がいることは確認して……」
「姫様の傍にいろと言った」
「…………」
苦しそうにいう。ゲイルの顔が見えないのが嫌だ。
「姫様の傍なら、俺の部下もずっといた」
「えぇ、だから私はちょっと離れても大丈夫かって……」
「……お前なんか嫌いだ」
「……え?」
ずきんと心が抉られる。
「我が儘娘が」
「……私のこと嫌いになっちゃいましたか?」
「振り回されてばかりだろ、俺」
「そんな」
「ホントお前といると疲れる」
「…………」
嫌いだという人のその手は、ぎゅっと身体を抱きしめて離さない。
嫌いだという人のその声は、元気がなくて悲しげだ。
自分は多分、この人にとても悪いことをしてしまったのだ。それはきっと、この優しい人にこんな酷いことを言わせるほどの事だったのだ。
ナイフを床に落としてもう一度背中に手を回した。
「……怖い目にあわせて悪かった」
「心配かけてごめんなさい」
そういってきゅっと力を込めると、ぼそっと、さっきの嘘だからと小さく言われて、つい吹き出す。
ゲイルは照れくさそうに、シャリィの頭を小さく叩いて胸の内から解放した。
「……ところで、シャリィ」
「はい、なんでしょう」
「お前、スカートの中にある物はなんだ」
「え、いや、隊長さんが心配そうにしてたから、ちょっと色々。ってか触ったんですか!」
「手が当たったんだ。で、何仕込んでるんだ、お前」
「ちょ! セクハラですよ!!」
「緊急事態だ、しょうがないだろ。で、なんなんだ、あれは!!」
「絶対教えません!!」
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