第23話 彼女も武装



「……こういうのは苦手なんです」

「いや、だからそんなに変じゃないって」

「ホント駄目なんですって、こういうの」

「似合ってるって言ってるだろ」

「目が笑ってます!」

 ゲイルに腕を引かれながらも顔が上げられず、俯いたまま歩く。伏せた視界に前を歩くアルシェとリッターの足が見えた。

「俺が贈ったドレスは気に入らないか?」

「なんでこんなの着なきゃいけないんですか」

「言っただろ。アルシェ様の傍にいて欲しいからだよ。一応地味めなのを選んだつもりだったんだけどな」

「だったら黒とかにしてくれれば」

「余計目立つよ」

「だってこれなんか背中すーすーしますよ!?」

「大人しい方なんだよ、それでも」

 着慣れない服に完璧に着られている少女を見下ろす。

 概して女性達は髪を伸ばしているこの国でシャリィのような髪は珍しい。だが、その髪も今は上手くピンでまとめられ、前から見ているだけでは髪の長さは分からない。その髪にビーズで出来たアクセサリを色々つけている様子は普段とは違う華やかさで、もっと堂々としてればいいのにと思う。

「……よく似合ってるぞ?」

「あぁ、もう、そういうお世辞いいですから!」

「いや、世辞じゃなくてな」

「もう! 侍女にこんな仕事あるなんて聞いてません!」

ぷんぷんと膨れる少女に小さく苦笑する。こんな顔をしていれば、普段の少女のままなのに。

「……ちょっと、びびったよな」

「え? 何か言いました?」

「いや、別に」

 視線を逃がしながらゲイルは嘯いた。


 部屋に閉じこもって出てこようとしないシャリィを引きずり出したのはアルシェの命令だった。

「いいから、早く出てきなさい」

「だ、だって!」

「もう、何を駄々こねてるのよ」

「だって、こんな服似合いません……!!」

 そんなこと無いですよと、扉越しに他の侍女が言っているのが聞こえるが、まったく信用していないらしい。

「……そんな変なドレス贈ったの? ゲイル」

 じとっとアルシェに睨み付けられる。酷い言いがかりだ。

「どちらかというと地味めなのを選んだつもりだったんですが」

 華やかな姫君の姿を見下ろしつつ言う。いるだけで人目を引く様は、流石王女だ。こんなのをシャリィに着させて居心地の悪い思いさせるつもりはない。

「シャリィ。笑わないから出ておいでー」

「犬呼ぶみたいに言わないでください!!」

「あぁ、もう。まだるっこしいわね。いいから扉を開けなさい!」

「でも……!」

「……命令よ」

 ドスのきいた低い声。暫しの沈黙の後、鍵が開けられる音が小さく響いた。

「……開けるぞ」

 なんだか悪いことをしている気がしてきて、一応宣言してから扉を開く。中を覗き込むと、顔を覆って後ろを向いている女性の姿が見えた。背中の開いたドレスのせいで、肩胛骨が剥き出しになっている。

「……まだ、粘るか」

 流石に呆れて息をつく。素材はそれほど悪くないはずだし、ドレスだってそれなりの物を用意した。そして、それらを使って宮廷に使える侍女達が着付けをしたなら、そんなに変になるはずがないというのに。

「ほら、いいから、いく、ぞ……」

 腕を掴んで振り返らせる。ついでに顔を覆っている腕も無造作に退けてしまい、そのせいでシャリィの顔をもろに目撃することになってしまった。

「…………」

 一番目を引いたのは唇だった。少し薄めの唇に、珊瑚色の口紅がはかれ光を受けて艶やかに光っていた。丁寧に目の際をアイラインが縁取っているせいか、普段よりも瞳が大きく見える。その泣き出してしまいそうに濡れる瞳が、睫の合間をぬって見える。

 丁寧に粉がはたかれた頬は、とても柔らかそうだ。

「……ゲイルさん?」

 その感触に触れてみたくて、我知らず手が伸びた。

「ちょ、あの……?」

「はぁい、そこまで」

 指先が触れそうになった時、冷めた声が遮った。アルシェだった。

「そういうのは、人のいないところでしてくれる? 固まってるじゃない、シャリィ」

「え? あぁ、悪い」

 我に帰る。シャリィはゲイルを凝視したまま凍り付いていた。

「……わり」

 こういうのは柄じゃない気がして、ゲイルは自分の首を撫でた。

「よく似合ってるわよ、シャリィ」

「あぁ、予想以上だ。会場にいても不自然じゃないよ」

「そ、そうでしょうか」

 未だ居心地が悪いのか、服の裾をぱたぱたと叩いている。

「……お前さ」

「え?」

 そんなシャリィに話しかける。

「普段全然化粧してなかったのな」

「お、大きなお世話です……!!」

 

 

 女は怖い。本当に化ける。こんなのになるなんて思ってなかった。

「普通女の子の憧れじゃないのか、こういうの」

 艶やかなドレス、きらびやかな夜会。憧れがない訳じゃないが、自分の性に合わない。

「……向いてないんですよ、こういうの」

 困り果てたようにシャリィは呟く。

「向きも不向きもないさ。ほら、背中伸ばして胸張って」

 軽く背中を叩く。

「だって」

「いいから。で、顎ちょっと引いて。そうだ、それだけで全然違う。……笑えって」

 まだ強ばっているが、一応口角を引き上げて見せた少女を褒めてやる。

「着替えさせておいてなんだが、とりあえず今日は姫様に張り付いてて欲しい」

「そういう命令だしておいて貰えた方が気が楽です」

「何もないとは思うんだが」

「……でも、それだけじゃ安心できないって感じたんですよね?」

「すまないな。そんなのに付き合わせて着慣れない格好させて」

「頑張ります」

 にこっと、今度こそ本当の笑みを浮かべた少女の髪を崩さないように撫でる。

「俺は会場全体の警備もあるからずっとは傍にいられないが、何かあったらすぐ呼んでくれ」

「はい」

「会場には警備の隊員があちこちに立っているからいざというときはそいつらを頼れ」

「はい」

「知らない男にダンスを誘われたら断れ」

「はい」

「帯剣は許されてないしボディチェックもするが、何か隠している奴はいるかもしれないから油断はするなよ」

「…………」

「シャリィ?」

「あ、はい」

 途中変なのがあった気がするが、真面目な顔をして言われたので聞き返しはぐった。

「……ま、いっか」

 今回の目的は姫様の護衛と考えたら気が楽になる。

「隊長さんもがんばってくださいね、警護」

「……仕事じゃなきゃなぁ」

 あぁ、と力強く頷いた後、付け足すようにぼそっと呟いた。

「え?」

「仕事じゃなきゃもうちょい楽しい思いもさせてやれるんだがな」

「仕事じゃなきゃお断りですよ」

「そんなに頑なにならなくてもいいだろ?」

「だってぇ」

 今だって恥ずかしくて消えてしまいたいのだ。これ以上の何かを求めないで欲しい。

「よく似合ってるよ」

「……隊長さんって」

 さらっと恥ずかしいことをいうゲイルを横目で睨み付ける。こっちは慣れない服を着ているだけで気恥ずかしいというのに。

「隊長さんって結構女の人泣かせてきてるでしょ」

「は?」

「言い慣れてる感じがします」

「いやいや、そんなことないから」

「でももてそうですよね、隊長さん」

「そんなことないって」

「まぁ、いいですけど」

「……いいのかよ」

 否定したがるくせに、ふて腐れた表情を見せるゲイルを、ちょっと可愛いとか思う。

「ほら、行くんでしょう?」

「へぇへぇ。行きますよ」

「何怒ってるんですか」

「怒ってねぇ」

 少し足早になったゲイルに、追いすがることにした。

 その時、王宮は確かに平和だった。

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