第21話 意味わかんない


「どういうつもりだ」

 予想していたことではあるが、姫君の帰還を出迎えたのは苦虫を噛みつぶしたような顔の遊撃隊長だった。

「今まで一体どこに姫を連れ回していたんだ」

 厳しい口調のゲイルに、いつもの優しい笑顔はなく、冷酷とすら思える目でシャリィを見下ろしていた。

「ゲイル。付き添いを命じたのは私よ。シャリィは悪くないわ」

 冷たい態度に焦ってアルシェはシャリィの前に出たが、ゲイルは主を見もしなかった。

「姫様には関係有りません。俺はシャリィに聞いているんです」

「ゲイル!」

 アルシェを無視してシャリィへの詰問を続ける。

「どういうつもりだ。自分が何をしているのか分っているのか?」

「…………」

「……分っていないようだな」

 押し黙るシャリィの姿に、ゲイルはすっと目を細めると、腰からゆっくりと剣を引き抜き、少女の細い首筋に押し当てた。シャリィはぴくりとも身じろぎせず、視線を逸らさなかった。

「ゲイル、何を……!」

「黙っていてください」

 一言で切って捨てて、シャリィに詰問を続ける。

「自分のした事の意味が分っているか?」

「はい」

 喋ると喉元が動き、首に冷たいそれが当たる。それを厭わずシャリィははっきりと答えた。

「お前の仕えるべき主は誰だ?」

「アルシェ様です」

「当番の護衛を気絶させたのはお前だな?」

「はい」

「姫様の命を無闇に危機に晒す真似をした。罪状は何がいい? 殺人幇助か? 誘拐罪か?」

 まぁ結論は変わらないがと呟き押し当てた剣を押し進める。ふつりと、血が一筋。

「いい加減になさい! シャリィも何をしているの? 反抗しなさいよ!」

「黙っていてくださいと言っているでしょう」

「私が命じたって言ってるのよ! 聞こえないの!?」

「だからといって、貴女にこんな事するわけにはいかないんですよ」

「なんで!」

「貴女が姫で、こいつは侍女だからですよ」

「…………!」

 感情を見事なまでに押し殺してゲイルは言う。

「……覚えておいて下さい。貴女の我が儘がシャリィを殺すのです」

 アルシェは鋭く息を呑む。

「貴女は、その立場の人間なんですよ。望もうと望むまいと」

「…………」

 ゲイルの言葉は哀しいけれど真実で、アルシェは拳を握り、床を睨み付けた。

「……いいえ、違うわ。ゲイル」

 暫しの沈黙の後、決然とした声でアルシェは呟き、顔を上げた。

「間違ってるわ、ゲイル」

 その瞳に揺らぎは見えず、アルシェの首に押し当てられた刀身に触れそれを降ろさせる。

「シャリィは私を守ったのよ」

「ほう?」

 ゲイルが方眉を跳ね上げる。

「どういう意味でしょうか」

「私をつけ回す怪しい奴がいたの。だから、シャリィが撃退したのよ」

「それは私の部下のことでしょうか」

「さぁ。遊撃隊の制服は着ていたようだけど」

「では、やはり私の部下ですね。それを気絶させたのですから、やはり良からぬ企みがあったと思われますが?」

「遊撃隊の中に裏切り者がいないと言いきれるの?」

「……貴女のための遊撃隊ですよ? 疑われるおつもりですか?」

 ゲイルの瞳に剣呑な物が宿るが、アルシェは引かない。

「後をつけ回されたら不審に思って当たり前だと思うけど?」

「護衛がついて回らなければ護衛の意味がないでしょう」

「ごめんなさいね、常に護衛がついていたなんて知らなかったものだから」

「……は?」

 ゲイルを睨み付けたまま言う。

「そんな報告は受け取った覚えはないわ」

「…………」

 ゲイルが押し黙る。放任を装った上での護衛を行うのが暗黙の了解であり、正式な報告書を作ったことはなかった。

「……姫様はそうかもしれませんが、シャリィは知っていたでしょう。遊撃隊の隊員の顔をほとんど把握しているようですし」

「え、そうなの?」

 びっくりして、その場の空気に似合わぬ素っ頓狂な声が思わず出た。シャリィは気まずそうに苦笑いを浮かべている。

「遊撃隊員と知った上でのその狼藉ならば、明らかに故意であると考えるべきでしょう?」

「……、侍女ですら知っていたことを私には言わなかったのね」

 動揺を必死に押し殺して平静を取り戻す。

「つまり、それは、主たる私を蔑ろにしていたと言うことでいいのかしらね」

「…………」

 今度はゲイルが黙る。

「それにね、ゲイル」

 アルシェがたたみかける。

「私が勘違いしてもしょうがないと思うのよ」

「……どういうことでしょうか」

「だって、たかが侍女一人にのされるような隊員が、精鋭揃いの私の遊撃隊にいるとは思わないじゃない?」

 重い沈黙が落ちる。なぜかシャリィまで居心地の悪そうな顔をしはじめているが無視してゲイルだけを見据え続ける。

 ゲイルは重々しい溜息をついた後、参ったように首筋を撫でた。

「……本気で心配したんですよ」

「えぇ」

「護衛が気絶していて、姫様の行方が分らないって報告を聞いた時の俺の気持ちがわかりますか?」

「うん」

「そいつが目ぇ覚まして、姫様が自分で逃亡したって聞くまで生きた心地がしませんですよ?」

「うん。ごめんね」

「……本当にわかってるんですか?」

 謝罪が軽いとぶつくさと呟く青年に、アルシェはやっと表情を和らげてもう一度ごめんなさいと謝った。

 まだ、ゲイルは不服そうにしていたが、とりあえず剣を鞘の中に戻した。その動作に、シャリィが小さく息を吐いた。それに気がついたゲイルが視線をそちらに向ける。白い肌に血が一筋流れ落ちている。

「……謝らないぞ」

手袋を脱いでその血の雫をすくい上げた後、手巾を取り出して傷跡にそっと押し当て、それをシャリィに持たせた。

 シャリィは静かにただ頷く。

「医務室に行ってこい」

「いえ、これぐらい……」

「行け」

「……はい」

 シャリィは一礼すると、医務室の方角へと向かっていった。

「……本当に殺す気だったの?」

「仕事ならばね」

「……そうやって苛めてばかりいると本当に嫌われるわよ」

「やらせたのは姫様でしょう……」

 疲れたようにゲイルは溜息をついた。

「ったく、余計な知恵ばかり回るようになって……。リッターに似てきたんじゃないですか?」

「教育が行き届いて結構なことでしょう?」

「ますます手に負えなくなっていきますよね」

 ますますってどういう意味よ。

 そう突っ込もうとした時だった。ゲイルの言葉が、アルシェの時を止まらせる。



「こんなの置いて、リバインに帰るつもりかよ、あいつ」



 何を言おうとしたのか瞬時に忘れる。

 リバインに帰る。

 リバインに帰る?

 なんだ、それは。

 意味が分らなくて、意味を理解することを頭が拒否して、訳が分らない間にゲイルはぶつくさ何か言いながらどこか行ってしまって、凄く苦しくなって自分が呼吸をしていなかったことに気がついた。

 リバインに帰る。



「……意味わかんない」



 その声を、誰も聞いていなかった。 

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