第14話 唐突な来客者
唐突な来客でバッグヤードは大騒ぎだった。
「客室の用意は出来ているかしら」
「食材が足りないわね。誰かお遣いに出てちょうだい」
「夕食に招くのは陛下と姫様とお客人と、あと誰が出るのかリッター様に確認してきて!!」
ばたばたと慌ただしく人が行き来するのを、シャリィはぼうっと見ていた。
「……みんな大変だなぁ」
「お前はいいのか、こんな所でぼうっとしていて」
こつんと頭を叩かれる。見上げれば無精髭を生やした遊撃隊隊長さんが立っていた。
「あ、隊長さん。こんにちは」
「いいのか、お前こんな所にいて」
「だって、追い出されちゃったんですもん」
ぶすぅっと頬をふくらませる。
「何したんだ、お前」
「何も出来なかったんです。……動揺しちゃって」
ばたばたと客室を整える侍女達の姿が見える回廊の手すりに腰掛けて、ふてくされたように頬杖をついている。
「……ちょっと一人にしてください。今落ち込んでるんです」
ゲイルはその声を無視して隣に座った。
「なんで落ち込んでるんだよ」
「だって、こんな忙しい時に、邪魔だからあっちいってなさいって言われる侍女ってなんですか」
「……あぁ、まぁ、な」
シャリィの言葉は的確すぎて、どうフォローしたものやら。ゲイルは宙に視線を遊ばせる。
「いや、でも、しょうがないとも思うけどな。お前間近にいたわけだし」
唐突な来訪者による、求婚劇。正直ゲイルも度肝を抜かれた。
「求婚の現場なんて初めてみました」
「まぁ、そうそう見るもんじゃ無いよな」
そんなのゲイルだって初めてだ。
「……しっかし、食えないお坊ちゃんだよな」
ラーゼル・ラダ・ランドール、隣国の大貴族ランドール家の四男坊ということだ。まだ19歳という若さながら、まんまとリッターを出し抜いた。結婚の申し込みそのものは国王に以前から届いていたと後で聞いた。そこで話が止まっていたと言うことは、なんらかの理由でアルシェの夫にふさわしくないと見なされた訳なのだろう。だから、直々にアルシェの元に出向いたという訳だ。
「大した行動力だ」
「っていうか、隊長さん」
シャリィは不服そうに言う。
「姫様の好きな人ってリッター様なんじゃないんですか? 婚約してるって噂聞いたんですけど」
リッターはアルシェ付きの侍女という役に自分を選んでくれた大恩人だ。そのリッターとアルシェの会話を微笑ましく見守ってきていたシャリィはぽっと沸いて出た求婚者が不満らしい。
「あ~、姫さん人生最大の過ちってやつな。子どもの頃の姫様の迂闊な発言をリッターがネタにしてからかってるだけだよ」
「でも。姫様リッター様といる時が一番くつろいでいらっしゃるのに」
「姫様は嫌がってたけどな」
「あんなの照れ隠しじゃないですか」
「照れ隠しかどうかは知らないけど、姫様がお金持ちに弱いのは事実だ」
「…………う~~」
一国の王女が王女らしからぬ生活を送っていることにコンプレックスを持っていることはよく知っていた。帝王学用の難しい教科書の合間に、可愛らしいお姫様が登場する絵本がちょこんと存在することをシャリィはよく知っている。
「本当に婚約者になっちゃっておけばよかったのに、リッター様」
「……お前も結構好き勝手言うね」
「なんで姫様誰とも婚約してないんですか」
「まだ、アルシェ様若いしな」
「もう十六じゃないですか。王族ならそれぐらいで子供産んでる人一杯いるじゃないですか」
「…………想像させないでくれる、そういうこと」
アルシェが赤ん坊を抱いている姿を想像して顔をしかめる。
「それにリッターじゃ身分が足りないだろ。ただの姫様の教育係だし」
「めちゃくちゃ、政治に絡んでるじゃないですか。遊撃隊設立も姫様の名の元ですけど結局はリッター様が発端ですよね」
「実質国王の相談役だからな。でも奴の役職は何よ」
「……姫様の教育係です」
「だろ?」
「え、でもなんでですか。リッターさんの手腕ならあの若さだってそれなりの役職につけるんじゃないんですか?」
「正式に役職ついちゃったら姫様の世話役出来なくなるからじゃないのか?」
「……でも、そのせいで姫様が他の人の所に嫁いじゃったら意味無いじゃないですか」
「傍にいてやりたかったんだろうな」
「え?」
「姫様は、陛下の唯一の子供だ。いくら小国とはいえ一国の王位継承者ともなれば、権力めあてに人も寄ってくる。その中にはよからぬ企みを持つ者だっているだろうさ。……リッターはそういう奴らからの防波堤になってやりたかったんだろうな」
「リッター様が姫様を大事にされてるのは知ってます。知ってますけど……」
上手く、胸の内のもやもやをはき出せなくて二人して空を見上げる。ぽっかりとした青空。脳天気で腹が立つ。
「……だって、あの人お金持ちなんだもん」
「……困ったねぇ」
続々と部屋に運び込まれてきた宝物の類を思い浮かべる。
「いやぁ、ホントやるよ、あの坊ちゃん」
むやみに爽やかな笑顔や甘いマスクよりも、そっちで姫様の気持ちをがっちり掴んでしまいそうだ。
「え~、これで姫様本当にあの人と結婚しちゃったらどうしよう」
「まぁ、そう簡単にはいかないだろうけどな」
「……でもうちの国が貧乏なのは事実じゃないですか……」
「……ほんとなぁ。リッター頭いいし、顔も悪くないんだけどねぇ……。そればっかりはなあ……」
多分、どれだけ思い悩もうと、姫の婚姻については自分たちが出来ることはない。国の先行きを見据えて、自分たちの手の届かぬ所で決まるのだろう。
「……よし」
不意にシャリィはパンと膝を叩いてすくっと立ち上がった。
「シャリィ?」
「仕事してきます」
そして笑う。
「ここで悩んでても何もなんないし。やれることやらないと」
「……そうだな。こんな所座っててもな」
つられるようにゲイルも微笑む。
「それじゃ。行ってきます」
「あ、待った」
「え?」
「シャリィ。なるべく姫様の傍から離れるな」
「……姫様に、何か?」
すっと視線が座る。
「いや、何か情報が入ってるって訳じゃない。ただ、なんとなく城全体が浮ついてるだろ。落ち着かないんだ、俺が」
「……わかりました」
にこっと、自然な笑顔を浮かべて少女は走っていった。
「……こんな所座っててもな」
ラーゼルが連れてきたのは最低限の護衛と身の回りの世話をする者だけだった。だが、城に入らなかっただけで、どこかに待機させてる可能性は低くない。
「仕事するか、俺も」
身軽で迅速が、遊撃隊の身上だ。言われたことしか出来ないのではその名が廃る。
「……変なことにならなきゃいいんだが……」
唐突の訪問者は、本当に唐突に来たけれど、だからといって非礼だと追い返すには、相手は大貴族にして金持ちだ。本当にお金ってのは色々な無理を押し通すものだなぁとアルシェはしみじみと思うのだった。
そして、そのまま放っておく訳にも行かなくて、とりあえずアルシェは午後のお茶会にラーゼルを招待したのだった。
いつもの庭でのお茶会だというのに、なんか一人キラキラした限りなく王子様くさい外見の男に、異世界に連れて行かれた気分だった。
「美味しいお茶ですね」
「お口にあってよかったですわ」
きっと本国ではもっといいお茶を飲んでるだろうに、こっちを持ち上げることを忘れない。
「まさか、貴女に手ずから淹れて貰えるなんて。本当に光栄です」
嬉しそうに微笑まれてしまう。
リッターになるべく裏を探ってくれと言われているのだが、正直この笑顔の裏と言われても、という気分だ。
なんだか不思議でアルシェは尋ねる。
「私のどこがそんなに気に入ったんでしょう」
「外見ですよ」
ラーゼルはあっさりとそう言った。
「……随分正直に言うのね」
アルシェはきょんと目を見開いて言った。
「ご存じ無いかもしれませんが、貴方の姿絵は我が国に出回っているんですよ」
「……はぁ」
それは初耳だった。
「お恥ずかしい話ですが、一目惚れでした。絵の中の貴女は今にも溶けて消えてしまいそうに儚げで、私の心は一目で奪われたのですよ」
夢見るように呟く青年に、意地の悪い気持ちがもたげて、アルシェは口角を引き上げて尋ねる。
「なら、幻滅したのでは? 貴方の中のアルシェ様は、なんだか聖女のようだわ。私みたいなお転婆娘で残念だったんじゃなくて?」
にっこり嫌味を言ってやる。だが男は恥ずかしそうに頬を染め、はにかんで答えた。
「そうですね。本音を言うと想像していた方とは全然違う。だから嬉しいんです」
「嬉しい?」
「一言一言言葉を交わす度に、今まで想像していた偶像から本物の貴女に変わっていく。今、本当の貴女に塗り替えていく作業中なんですよ」
「詩人なのね」
自然に恥ずかしい台詞を吐いたから、恥ずかしがる暇を与えて貰えずつい吹き出した。そんな自分を、嬉しそうに見ているラーゼルを見つけてしまって、ようやく頬が赤くなり、視線を逸らして小さくせきをした。
「……やっとお会いできた」
「え?」
夢見るように呟かれて見つめられる。居心地が悪い。
「貴女は大切に大切に守られていたから、私は何時も焦がれるばかりでした」
「…………」
「今、目の前で笑っていて、私の言葉に返事をしてくれる」
自然にテーブルの上に乗せていた手に、彼の手が重ねられた。温かい手は、優雅な彼のイメージより大きく思えた。
「……本当に夢のようです。貴女が私を見ていてくれるなんて」
「私はそんな大層な女ではありませんよ」
あまりの称賛に面映ゆくなってしまう。
「そう思っているのは貴女だけだと思いますよ」
優しい笑顔だ。リッターよりよっぽど優美だ。手から伝わってくる温もりを拒絶したいとは思わなかった。
「だからこそ、貴女の騎士は幾重にも貴女を包み込んで表に出そうとしなかった」
「……え?」
言葉の意味を測りかね、首を傾げる。
「ご存じないようですね。貴女に対する求婚者は多分私の他にもいたはずですよ」
「え、いえ、でもそんな話……」
「止められていたのでしょうね、貴女の騎士の所で」
騎士だなんて、そんな上等なもんではないですよ、あの男は。
頭の中でそんな軽口は浮かんだのだけれど、それを口に出すだけの労力は足りなかった。
「……そうか、貴女はやっぱりご存じなかったんですね」
「…………」
「よかった。貴女に嫌われているのかと思っていました」
「……リッターが非礼を行いました」
心から嬉しそうに微笑んでいるのが申し訳なくて、つい詫びる。
「いえ。直接お会いして、私に会わせたくなかったリッター殿の気持ちが分りましたよ」
気にした様子もなく、唇を美しく笑みの形にする。
「こんなに美しい花なら、隠しておきたいのも道理だ」
「そんな……」
「……お慕いしています」
手を握られて、思うさまほめあげられ愛の言葉を寄せられて、それで照れて気の利いた返事が出来ないなんて、今の自分が普通の乙女みたいだなんて思った。
「貴女は即位を望んでいらっしゃるのですか?」
「……ふさわしい方がつけばいいと思っています」
政治の話に足を踏み込んで顔が強ばったのがわかったのか、安心させるようにラーゼルは微笑んだ。
「私は貴女が望むことの後押しをして差し上げたい。王位に就きたいのだったら全力を尽くします。もし、それが嫌なら……」
「私と一緒に、この国から逃げてくれるんですか?」
「えぇ」
笑顔に答えるように茶化したのに、それに対する返答は真剣だった。そのタイミングとか表情の選択が絶妙で、返事に詰まった。
「……私……」
教えて貰えなかった求婚の話。
言葉を惜しまない優しい王子様。
この人は、きっと私を大切にしてくれるのだろう。大事な事を見えない所にあまりに上手に隠してしまう、あの詐欺師みたいな男のような真似はしないのだろう。
あの男は知らないのだ。そうやって守られてしまうことが、私をどれだけ傷つけるのか。
「……そろそろ風が冷たくなって来ましたね。部屋に戻りましょう」
ほら、困ったことを察して、先に助け船を出してくれる。
優しい人だ。
「行きましょう」
「……はい」
引かれていく手を、ただ、預けた。
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