【第九章】ヤング・デイズ

第98話 Long time no see

「本当にホテル取らなくて良かったんすか? そこからだと高速使っても車で一時間以上かかると思うっすけど」


「はい、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


「まぁクリームの皆さんがそう言うならいいっすけど。それじゃあ明日もまた13時に集合でよろしくっす」


「今日は色々ありがとうございました。お疲れさまでした」


 ツアー初日となる金沢のライブを終え、色々と世話をしてくれた日下部さんに挨拶を済ませた俺たちは、次の会場となる長野に向かうために車に乗り込んだ。

 時刻は21時を回っていた。本来なら打ち上げにでも行きたいところだが、移動時間を考えるとそうもいかない。


「京くんたちは新幹線で行った方がよくない? 荷物は私が運んどくからさ」


「なーに言ってんだよみはるん。このツアーは5人一緒じゃなきゃダメなんだ」


「そうですよ! みはるんさんももうメンバーの一員なんですから!」


「みんな……」


「あ、でも安全運転でお願いします」


 ツアー2日目の会場は、俺の地元である長野だ。そして、皆の宿泊先は俺の実家である。本来は気にしなくて良いことなのかもしれないが、シルバー・ストーンと契約をしていない身である俺たちが宿泊費用を毎回負担してもらうことに後ろめたさを感じたため、自然とそういう運びとなった。


 車のエンジンがかけられみはるんがアクセルを踏み込むと、体が浮き上がるような感覚がした。デカいミニバンなのに、多分軽くウィリーしたんだと思う。だが、この程度のことには慣れてきたもので、車内で会話をする余裕くらいは生まれていた。


「朔の実家かー、軽井沢が近いんだっけ。なんか洒落てね? 生意気じゃね?」


「車で30分くらいだから近いっちゃ近いけど、うちの周りはただの田舎だぞ」


「みんなで卒アル見ようぜ」


「嫌に決まってんだろ」


「私も見たいです!」


「実家での定番イベントやん。拒否権は無いで」


「人権侵害反対! ……いや、待てよ」


 そういえば、ツアーの予定地には京都も含まれているじゃないか。これは琴さんの過去を知るチャンスになるのではなかろうか。


「何にやにやしとん」


「いえいえ、何でもないですよ。卒アルか~、しょうがないなぁ」


「うわ、さっくんキモ!」


 まぁ隠すほど黒歴史と言うわけではないし、謎に包まれた琴さんのJK時代を垣間見るための投資と思えば高くは無いだろう。


「よし、到着~っとアブなっ!」


 駐車スペースの縁石に軽く乗り上げながら、俺の実家に到着したのは深夜の1時を過ぎたころだった。みはるんだってライブ後で疲れているはずなのに、長時間のドライブを文句も言わずこなしてくれるのだからいくら感謝しても足りないくらいだ。

 足りないくらいなのだけれど、途中のパーキングエリアではガッツリ吐かせていただきました。現在進行形で割と気持ち悪い。

 金沢に行く時は車酔いする余裕すらなかったから、これもまた一つの成長と言えなくもないのかもしれないこともない。


「けっこう立派な家やん」


「今更だけど、こんな時間にお邪魔しちゃって大丈夫だったの?」


「まぁ事前に連絡はしてるし。親父は単身赴任中でいないから母さんだけだしね。電気ついてるからまだ起きてるみたいだな」


「朔って兄弟とかいなかったっけ」


「うちは一人っ子だよ」


 今年は夏休みにも帰らなかったから、実家に戻ってくるのは正月以来だ。その頃からは色々と環境が変わっているし、大学の仲間と一緒に来ているということも相まって、何だか非現実的な感じがした。ここは確かに俺の実家なのに。


「あれ、何か中から声が……」


 俺が鞄から鍵を取り出そうとしていると、バンッという大きな音と共に勢いよく玄関の引き戸が開かれた。


「朔ちゃん! 久しぶりー!!」


 中から飛び出してきた女性が、いきなり抱き着いてきた。俺はそのままバランスを崩し、尻餅をついてしまった。


「いてえ! だ……うぷぅ」


「いやー大きくなったねー。うんうん、イイ男になったよー!」


 その女性は無遠慮に頭をワシワシと撫でてきた。それにしても顔が近い! そしてとんでもなく酒臭い! しかし何やら腕に柔らかい感触が……


「!!」


 こみ上げるものを感じ、俺は思わずその女性を突き飛ばした。


「いたたー、ちょっと朔ちゃんひどいじゃん!」


「オエロロロロ」


「あぁ! 朔さんがマーライオンみたいに!」


「ギャー! ちょっとかかった!」


「え、朔の母ちゃん若くね?」


「阿保か、どう見てもちゃうやろ」


「お姉さんとか? あ、でもさっき一人っ子って言ってたな」


「大変大変! とりあえずみんな中入って! 朔ちゃんには水持ってくるから!」


 深夜にもかかわらず、慌ただしく俺たちは家へと入っていく。近所の皆さん、本当に申し訳ない。そして、俺に肩を貸してくれた女性が誰なのか、ようやく確信が持てた。


早紀さきちゃん、だよね?」


「え、今気づいたの? ひどくない?」


 彼女は阿久津あくつ 早紀。近所に住んでいた幼馴染で、年齢は俺の4つ上。小さいころはよく一緒に遊んでもらったが、早紀ちゃんが東京の専門学校に通うために上京してからは顔を合わせていなかった。つまり6年も会っていないのだから、すぐにわからなかったとしても責められる謂れはないだろう。見た目も当時よりずっと……


「初恋の相手の顔を忘れるなんて……」


「ちょ! 何言ってんの!」


「あ、あの! その話詳しく聞かせてもらえますか!?」


 玲が食いつき、琴さんとみはるんのにやけた顔が視界に入った。あ、これめんどくさいやつだ。


「ふふふ、いいよ~。とりあえず、荷物置いてきなね」


 人の実家をまるで我が家のように案内する早紀ちゃん。居間のテーブルでは、母さんがテレビを見ながらお茶を飲んでいた。


「おかえり、朔」


「ただいま」


「まったく、なんて格好だいあんた」


 早紀ちゃんに支えながら入ってきた俺を見て、いきなり苦言を呈された。地獄のドライブを終えた直後に酔っ払いの息を吐きかけられたんだから、仕方ないじゃないか。


「はじめまして。朔さんと同じサークルで一緒にバンドをやらせてもらっています。玉本 玲と言います。こんな夜遅くにすいません」


「あらあら、礼儀の正しい子だねぇ。そんなに気を使わなくていいんだよ。こんなあばら家で良かったら好きに使ってくれて構わないんだから」


「ありがとうございます」


 玲が行儀よくお辞儀をし、母さんの機嫌はいっぺんに良くなった。単純と言うか、昔からよそ様の家の子には甘いんだよな。


「それじゃ、悪いけど母さんはもう寝かせてもらうよ。布団はもう敷いてあるし、お風呂も沸かしてあるからね」


「うん、ありがとね。おやすみ」


「皆さんもゆっくり休んでくださいね。何のおかまいもできませんけども」


「いえいえ、今日はホンマにありがとうございます。こちらこそお土産の一つも用意できんで、えらいすいません」


 母さんは機嫌良さそうに会釈をして、自分の寝室へと向かって行った。


「で、さっきの話の続きなんですが!」


「あははは、食いつくね~。でも、とりあえず荷物置いて、お風呂入ってきなよ。皆疲れてるんでしょ?」


「うぅ、そうですね……」


「お風呂はまず女性陣から! 広いからみんなで一緒に入ってきちゃいなよ。あ、男子は覗き厳禁ね! 若さに任せて身を滅ぼさないように」


「一応ここ俺の家なんだけど」


「何よ~、私たちだって昔は一緒にお風呂入った仲でしょ?」


「だからそういう話は!」


「おい、朔。その話もっと詳しく」


「ん~? 京くんは何が知りたいのかな~?」


「あぁこっちもめんどくせぇ! もう荷物は俺が部屋に運んどくから、女性陣はさっさと風呂済ませちゃって!」


 みんな明日、というか日付変わってもう今日が次のライブだってことを忘れてるんじゃなかろうか。ただ実家で一泊するだけのはずが、どうしてこんな事になってしまったんだろう。

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