第97話 あにはからんや
俺たちには根拠の無い自信が足りない。土田さんはそう言っていた。それじゃあ、今まさに目の前ですさまじいクオリティのライブを
間違いなく、マリッカは自信を持ってライブに臨んでいるだろう。俺たちだって自信はあった。だがそれは、
それだけでは足りないのだろうか。そもそも、根拠の無い自信は根拠のある自信より優れたものなのか? 逆のような気がするんだが……わからない。アドバイスをしたって、余計混乱するばかりじゃないか。
「どうもありがとう!」
そんな風にああだこうだと考えているうちに、マリッカのライブは最後の曲を終えてしまった。大歓声に見送られながら、メンバーが楽器を置いてこちらに引き上げて来る。その時、いつもクールな莉子が額や首元に汗を滲ませながらこちらを見据えてきた。
その自信に溢れた不敵な顔に、思わず目を逸らしてしまいそうになる。だが、ここで真っすぐ向き合うことが出来なければ二度と対等にはなれない気がして、必死に弱い自分を押しとどめていた。
「これでわかったでしょ」
すれ違いざま、莉子が耳元で囁く。その言葉で、ついさっきまで飲み込まれかけていた闘争心に火が灯された。
マリッカとcream eyesでは立っているステージが違うとでも言いたかったんだろうが、冗談じゃない。世界平和が目標だなんて豪語して、それを堂々と言えるだけのセンスと技術を持っているからって、それが何だって言うんだ。
「わかったよ。マリッカは良いバンドだって」
「……あっそ」
確かに今は、あらゆる面でマリッカの方がバンドとして優れているかもしれない。そうだとしても、いつか絶対に追いついて、追い越してやる! 俺はそう決意した。そして、自分の中にある情熱が消えていないことを確信し、少しだけ安堵した。
「いやー、疲れた!」
汗をかいていてもやたらと爽やかなマシューは、金髪をかき上げながら白い歯を見せつけてきた。言葉とは裏腹に、その表情は余裕たっぷりだ。
「お疲れさん。疲れたーって、どうせこの後アンコールあるんやろ」
「あはは、まあね」
琴さんからの労いの言葉の通り、客席からアンコールを求めるハンドクラップが鳴り始めた。その音はだんだんと加速し、大きくなっていく。
「ツアー初日、手ごたえはどないやった?」
「上々だよ。琴ちゃんたちのおかげさ。莉子もそう思うだろ?」
「え? えぇ……まぁ。そう、かもね」
「何や、歯切れの悪い。心にも無いことは言うもんやないで」
「そんなこと! ない……です」
「莉子は琴ちゃんの前だといつもしおらしいよね」
「な、何言ってんの! マシューの馬鹿! アホ! ほら、アンコール行くよ!」
「いだだだだ! わかったから! 耳引っ張らないで!」
どたばたとステージに戻っていく二人を、牡丹は笑いながら追いかけていった。
「いいなぁ……」
ダンボはハッキリとした低音でそう呟いて、ゆっくりとステージに戻っていった。何に対しての感想なのかは敢えて聞くまい。
そんなやり取りを知る由もなく、フロアから割れんばかりの大歓声が聞こえてきた。
「マリッカもみんな仲良しなんですね」
「あれは仲良しと言えるのか……? まぁいいや。玲はさ、マリッカのライブを見てどう思った?」
「すごかったです!」
どうやらこの子も語彙力は俺と同レベルらしい。玲が書く歌詞からはあまり稚拙な印象は受けないのだが。ゴーストライターとかいないよな……
「すごかったよなー。で、今日は勝てたと思う?」
「うぐ……! 今日は、ですね。えーっと……」
あれだけの演奏を見せられても、簡単には負けを認められないらしい。これが負けず嫌いじゃないと言うなら、この世に負けず嫌いなんて存在しないだろう。
「あのですね、ギターでは莉子さんに勝てたと思うんですよ」
「お、おう」
「でも莉子さんのギターすっごく可愛いですよね! あれ何てやつですか?」
目から鱗が落ちるとはこのことか。
莉子は曲によってギターを弾いたり弾かなかったりしていたが、確かにその腕前はお世辞にもレベルが高いとは言えなかった。莉子は歌が本職であり、ギターはオマケ程度と考えているのかもしれない。
それが悪いとは思わない。実際、莉子の歌声はギターの稚拙さを補って余りあるほど魅力があったし、技術はともかくギターを構える姿は様になっていた。それに全体のクオリティが相まって、俺はそのことを見落としてしまったんだろう。
マリッカだって、全てが完璧なわけじゃない。バンドとしての完成度は非常に高いが、何もかも手が届かない存在ではないのだ。
玲はマリッカの演奏に圧倒されつつも、どうやったらそこに手が届くのか、勝てるのかをずっと考えていたんだろう。俺だって、さっき再び灯された闘争心の火を、今度こそ消さずに大きな炎にしなければいけない。その道を示してくれるのは、やっぱり玲なんだ。
「玲はすごいな」
「え?」
「次は、もっと勝てるところ増やすぞ!」
「……はい!」
改めてステージに目を向けると、アンコールの曲が始まった。それは俺が夏合宿の時にコピーした曲だった。だが、俺の知っているベースラインではなかった。完全に「牡丹の色」に染められた、ゴリゴリのキラーフレーズでこれでもかと畳みかけてくる。
かっこいい。と、感心しているだけではダメだ。考えろ。どうすればこの才能あふれるベーシストに勝てるのか。
技術は? 向こうが上だ。
センスは? 向こうが上だ。
ステージパフォーマンスは? あんな激しい動き、俺なら多分ミスる。
ルックスは? 比べるまでもない。
くそ! 何なら勝てるんだ。何なら……
必死に頭を回転させて、食い入るように牡丹を見つめる。思春期の男子が初恋の女子に向けるそれよりも、もっともっと変態的に情熱的に純粋に。
耳に届くベースの響きを分解して、こねくり回して味見して、一つの結論に辿り着いた。
「音だ」
「朔さん?」
「音だよ玲! 俺の生きる道はそこなんだ!」
「音? え?」
俺とシンクロするように客席のテンションは最高潮に達し、それに莉子が叫んで答えていた。ステージの下で見る、クールぶったいけ好かない彼女とはまるで別人だ。
「よっしゃー! ヤル気がもりもり湧いてきた!」
「何だかよくわかりませんが、その意気ですよ! 朔さんならやれます!」
「おう!」
俺はまだやれる。今日負けても明日がある。明日がダメならその次だ! どっかで聞いた言葉だが、その通りだと思う。そして、それを実行できる気がしている。
これが根拠の無い自信? いや、きっと違う。だってこれは向かうべき道を見出してこその自信だから。だけど今はそれで良い。きっと考えて答えが出ることではないのだろう。
それに、その答えはバンド皆で探すものなんだと思う。
「金沢最高ー!! みんな、愛してるよ!!」
莉子がフロアに向かって投げキッスをして、長かったツアー初日のライブが終了した。
そしてそれは、俺たちにとっての始まりの終わりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます