第17話 宣戦布告
俺たちが新歓ライブで演奏する曲は、森野 久麻の「楽園ツアー」「嘘の味」「ラヴ&ビッグ・マフ」の3曲。
「俺ら3人は去年もやったことある曲だから、練習するってよりは思い出すって感じになるかな。そんなに時間はかからないから、その分玲のサポートができると思うよ」
「ありがとうございます。本番まで時間無いですもんね。がんばります」
ふんすと鼻息の音が聞こえてきそうだ。勇ましい限りだが、本番までの期間は残り3週間あまりしか無い。先週ギターを購入したばかりの玲には、かなり高いハードルとなる。
「京太郎、ギターの師匠としてアドバイスある?」
「そうだなぁ……3曲の中で、嘘の味はギターが一本しかない曲だから、玲ちゃんは歌をしっかり覚えてもらえば大丈夫。ラヴ&ビッグ・マフは、スリーコードのわかりやすいロック曲だから、ギターはとっつき易いはずだよ。問題は楽園ツアーかな」
「やっぱ難しいですよね? お家で練習してたんですけど、全然できなくて」
「ちょっとジャズ要素入ってるからね。オシャレコード多めだし、リズムも単調じゃないから、初めてやる曲としては、かなり難易度高いと思う」
ギターのコードには様々な種類が存在する。ポップスやロックでよく使用されるのは、メジャーコードとマイナーコードだ。その他、ジャズやフュージョン系の曲では、
「そこを何とかすんのが先生だか師匠だかの役割ちゃうん」
「そう言われましても……この前やった時みたいに、ライブアレンジだったらギター一本でやれないことはないっすけど……今回はそれじゃ駄目なんでしょ?」
「はい。私、歌もギターも、どっちも頑張りたいので」
玲は力強く答えた。
「それならもう、練習あるのみだ。できるだけサポートするけど、玲ちゃんにはけっこうガチで頑張ってもらわないと厳しいからね」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「玲がこんなに熱いやつだったとは……」
「妙に冷めてるよか全然ええやん。それだけ本気度が高いっちゅーことやろし」
「そうですね。じゃあとりあえず、練習の日程を決めちゃいましょう」
俺は全員の予定を確認し、練習のスケジュールを立てた。その結果、月曜と水曜の授業の無い時間にスタジオで練習、金曜日の夕方にハコで練習、土曜日の昼にスタジオで練習という、週4日の計画となった。
「京太郎、お前週6でバイトとかやりすぎじゃね? できればハコで練習したいんだけど」
「この前もエフェクター買ったし、今カツカツなんだよ」
「絶対使ってない機材あるだろ。何か売ればいいのに」
「使ってない機材があったとしても、手放していい機材なんて一つもねーの」
「そういうもんかね」
京太郎は現在、歪み系11台、空間系5台、モジュレーション系4台、その他7台と、計27台ものエフェクターを所有している。1度のライブで使用するのはせいぜい5~6台なのだが、演奏する曲や使用するアンプによって使い分けているらしい。
さらに30Wの真空管アンプも所有しているが、自宅で鳴らすには音量が大きすぎるうえ、重くて容易には外に運べないため、半ばインテリアと化している。正直、置物にしておくには勿体ない代物なので、サークルで買い取るという話も出たが、京太郎はその申し出を拒否したほど、自分の所有する機材に愛着を持っているようだ。
「まぁ京太郎が好きでシフト入れてるんならええんやない? 京太郎以外が集まれる時があるなら、3人で練習したってええわけやし」
「それはそれでちょっと寂しい」
「何を女々しいこと言っとるん」
「あはは、京太郎さんもかわいいです」
「かわ!? ぃぃ……?」
「ダメだよ玲、こいつにそんなこと言ったら」
「何でー? 京ちゃんかわいいじゃん」
突然4人以外の声が割り込んできた。振り返ると、そこには奈々子さんと見慣れない3人の男が立っていた。
「おっつー。みんなで作戦会議中?」
何とも軽薄そうな声だ。
「あ、奈々子さん。お疲れ様です。今みんなで練習の予定とか決めてて」
玲が律儀にお辞儀を返す。基本的には礼儀正しい子である。
「へー、そうなんだ」
「そういうあんたは何しに来たん。そないに若い男の子はべらせて」
「えへへ、私たちもバンドのメンバー決まったから、挨拶しとこうと思って」
俺は初対面だと思っていた男の中に、見知った顔があることに気が付いた。
「あれ、秀司じゃん。お前JJDやるって言ってなかったっけ?」
「あ、朔さん。お疲れ様です。いやー、今回は奈々子さんに誘ってもらったんで。JJDはまた今度やればいいかなって」
鼻の下が伸びている。こいつ懐柔されやがったな。俺はそう確信した。同じJJDのファンとして、ロック魂を貫いて欲しかったが、どうやら年上の女性に誘われると言う慣れない誘惑には抗えなかったようだ。つい一か月前まで高校生だった少年なのだから、致し方ないと言えばそうなのだが。秀司以外の二人も、見事に鼻の下が伸びきっている。
「ねぇねぇ、たまもっちゃんたちは何やるの?」
「たまもっちゃん……?」
「玉本だからたまもっちゃん」
「妙なあだ名つけるのやめなはれや」
「あはは、私は全然かまわないですよ。たまもっちゃんって響き、かわいいですし」
「まぁ、玲ちゃんがそう言うならええわ」
「んで、何やるの?」
「モリクマをやります。曲は、楽園ツアー、嘘の味、ラヴ&ビッグ・マフの3曲です」
「え、それって」
奈々子さんの顔から笑顔が消えた。
「あんたに宣戦布告やで」
琴さんは得意気な顔で言い放った。俺と京太郎は、またこの人は、とお互いに顔を見合わせる。
「そう来たか」
そう言うと、意外にも奈々子さんは嬉しそうな笑顔を見せた。
「何よ~たまもっちゃん! 前に会ったときは競うつもりはない、なんて言ってたのに。バッチバチやる気じゃん! へ~、ふ~ん、ほ~ん」
「やっぱり気が変わって、奈々子さんに認めてもらうにはこうした方がいいかなって」
「あははは、たまもっちゃん面白~い! いいよ、奈々子が相手になってあげよう」
奈々子さんは玲の背中を平手でバンバン叩いている。
「痛い! 痛いです奈々子さん!」
「あ、やっぱそれ痛いんだ」
俺は賢一さんの忍耐力に感心したが、もしかしたら彼がマゾヒストなだけではないかという疑念も湧いた。だが、あの人格者の賢一さんにそんな一面があるのかと思うことは、なんだかとても悪い気がしたので、その疑念を振り払おうと努力した。努力はした。
「そう言えば、奈々子さんは何やるんですか? その新入生たちがメンバーなんですよね?」
「賢一はどないしたん。逃げられたんか」
「賢一は5限があるからまだ授業中なだけです~」
「何やつまらん」
「えへへ、残念でした~。うちらはねぇ、ロークレをやるよ」
ロークレとは
「って、ロークレのボーカル男じゃないですか」
「朔ち~ん、最近ロークレのトリビュートアルバム出たの知らないの? けっこう女性アーティストもたくさん参加してて、それこそモリクマも歌ってるよ。私たちが演るのは、そのカバー
「へー、ちょっと聞いてみたいかも」
「新歓ライブ楽しみにしててよね」
奈々子さんは自信満々と言った風にそう言い放つ。そして、それまでゆるゆるだった顔を引き締めて、玲に向き合った。
「たまもっちゃん、私、負ける気はこれっぽっちもないからね」
それを聞いて、一番嬉しそうなのは琴さんだった。
「はい、私も精一杯がんばります」
玲も真っ直ぐな瞳で奈々子さんに応えた。
「なんかうちら、巻き込まれてる感はんぱなくね?」
京太郎がボソッと呟く。
「確かに。でもこんな楽しみなライブ、そうそう無いだろ」
「何かお前も、玲ちゃんに感化されてきたな。体育会系のノリは苦手なんだけど」
「そんなこと言うなよ……って、あぁ」
俺はそこで反論をやめた。ヤル気無さげな発言をした京太郎も、その表情は実に楽しそうだったからだ。
「あぁ、本当に楽しみになってきた」
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