第16話 玲の決意
俺の所属サークル「サラダボウル」では、年に数回の定期ライブを行っている。これはサークルの会員同士でメンバーを募り、各々が自分の好きなバンドの曲をコピーするコピーバンドがメインのライブだ。
身内ノリと言うと聞こえが悪いが、趣味の範囲でバンドをやりたい者からすれば調度いい。オリジナルバンドのメンバーを探す際にも、趣向の近い人間を探せるというメリットがあるし、既存の楽曲をコピーするというのは良い練習にもなる。
定期ライブでオリジナルの楽曲を披露してはいけないわけではないが、オリジナルの楽曲とは本来、観客にライブハウスに入るため、金を支払ってもらって聴いてもらうのが筋である。そのため、本気でオリジナルに取り組む人間ほど、学内の定期ライブでは演奏を避ける傾向がある。相手に金銭を要求する以上、どんな小さな会場であったとしても、それはプロと変わらない行為だからだ。
定期ライブの中で、新たにサークルに入ったメンバーが最初に参加するのが、
「新歓ライブ、何やろうか」
4月下旬、俺たちは例のごとく談話室5で、新歓ライブに向けて話し合っていた。
「玲ちゃんは何かやりたい曲とかある?」
京太郎は御茶ノ水ツアー以降、玲とまともに会話ができる様になっていた。どうやら、一度でも深く(あくまで京太郎の物差しで)関わることがあれば、女子と普通に話せるようになるらしい。今までどれだけ、女子と浅い関係しか築けなかったのかと思うと、さすがに同情してしまう。
「私、正直バンドの曲ってあまり知らなくて……話を聞いていると皆さんとても詳しいので、自分のにわかっぷりが際立つというか」
玲はだいぶサークルに馴染んできているようだった。先輩、同期を問わず、誰とでもすぐに打ち解けることができる人当たりの良さとフットワークの軽さは、見習うべきものがあると感じた。
「そんなん気にせんでええよ。要は本気度の問題やし」
「本気度?」
「コピーバンドの学内ライブなんて、内輪ノリが全てみたいなもんやろ。でも、盛り上がる場合と、シラケる場合がある。違いは何や言うたら、本気でその曲に取り組んだかどうかなんよ」
琴さんは抹茶フラペチーノ的な飲み物を太いストローで掻き混ぜながら、持論を語った。多分アルコールは入っていないはずだ。俺にも、この話には思い当たる節がある。
「あぁ、それわかる気がします。ネタに走っておふざけでやってるバンドとか、見てて寒いんですよね」
昨秋の学際で、当時盛り上げソングの鉄板と言われていたダンスグループの曲をアレンジして演奏したバンドがあった。だが、まったくと言っていいほど盛り上がらなかったのだ。その場の空気と言えば、それはもう
思い返してみれば、その曲を好きな人間はバンドの中に一人もいなかったし、演奏のクオリティも低かった。そんな演奏を見せられても、客の立場からすれば興覚めするのも無理はない。
「そーゆーことや。どんなに高尚な曲を選んだって、
「なるほど~」
「え、じゃあ琴さんアニソンでも本気で引き受けてくれるんすか?」
「京太郎が本気を見せてくれるんやったらな」
「お、おおう。何かおっかないんでやめときますわ」
「あんた、ウチのことを何やと思うてるんや」
玲は二人のやりとりをクスクス笑いながら聞いていたが、再び悩んだように唸り始めた。
「でもなぁ、うーん……やっぱり、せっかくなら格好良くギターを弾いてみたいです。でも、私の好きな曲ってそういう感じの全然無いんですよね。うーん……」
「モリクマは? この前好きだって言ってたし」
「モリクマの曲って、ギターけっこう難しいんだよ。コード進行とか凝ってるし。今からやろうとすると、初心者の玲ちゃんにはちょっとキツイんじゃないかな」
「そうなんだ」
「実は、モリクマの楽譜、スコアって言うんでしたっけ。それを買ってみたんです。それで家で練習してたんですけど、ほんと難しくって……だからあんまり自信無いんですけど」
「でも、どうせやるんなら好きな曲の方がええやろ。大丈夫やって、やると決めたら、案外どうにかなるもんや」
「俺も琴さんに同意です」
「皆さんがそう言ってくれるなら……でもでも、できないところは教えてくださいね?」
玲は少し考えてから、そう答えた。表情にはまだ少し不安が残っているように見えた。
「あぁ、もちろん。京太郎もいるんだから、そこは安心して」
「お願いします。師匠」
「師匠? 京太郎のくせに生意気やな」
「これには
「そんなん興味無いわ」
「えぇ……」
「と、とにかく、
話が脱線しはじめていたので、俺は無理やり軌道修正を図った。
「曲は何やる? 持ち時間は今回セッティング込みで20分だから、3曲が限度かな」
「私、やっぱ楽園ツアーはやりたいです」
楽園ツアーは4人で初めて合わせた曲。特別な事情が無ければ異存はないのだが。
「あ、えーと、楽園ツアーね。うーん、なるほどなるほど。他にはやりたい曲ある?」
なんとも歯切れ悪く、俺は提案した。
「お、俺は他のが良いかな~、なんて。ほら、あの曲はもうやったし。ギターもけっこう難しいし」
京太郎もバツが悪そうだ。
「楽園ツアーはダメですか?」
「いや、あの、ちょっと事情があって」
「何や二人とも。奈々子に気ぃ使っとるん?」
言いよどむ二人に痺れを切らしたのか、琴さんが切り込んだ。
「奈々子さんに?」
「去年の新歓の時、おんなじメンバーで楽園ツアーを演ったんよ。ボーカルは奈々子やったけど。そんなん気にせんでええのに」
この発言に対し、京太郎と俺は反論した。
「いやいや、琴さんがあんな風に奈々子さんにケンカ売ってなきゃ問題無かったっすよ? でも、今うちらが楽園ツアー演ったりしたら、なんかもう、当てつけみたいになるじゃないっすか」
「玲への心象も悪くなりかねないですからね。うちらが焚きつけたと思われても面倒だし、今回は避けた方が無難かと」
珍しく反撃を食らった琴さんは、飼い犬に手を噛まれたような、めんどくさそうな顔をした。
「ウチ悪くないもん。ケンカなんか売ってないもん」
そして拗ねた。
「何拗ねてんすか」
「琴さんかわいい……」
その姿は、なぜか玲の琴線に触れたらしい。琴だけに。
背中を向け、椅子の上で体育座りしていた琴さんの前に立ち、玲は決意を語った。
「琴さん、私、やっぱり楽園ツアーやりたいです。奈々子さんもあの時“楽しみ”って言ってくれましたし、それならあえて同じ曲で勝負するっていうのも、面白いと思うんです!」
「玲ちゃん……あんたやっぱりええ子やなぁ。どこぞの童貞コンビとは月とすっぽんや」
俺と京太郎は唖然としていた。
「玲、お前ってやつは……」
「そう言えば体育会系出身者だってこと忘れてたよ。それにしても、まさかこんなに熱血なことを言いだすとは思わなんだ」
さらに玲は畳み掛ける。
「去年の新歓の時って、他に何の曲やったんですか?」
「え、まさか」
「もういっそのこと、全部同じ曲をやっちゃいましょう!」
「あはははは、玲ちゃん、あんたサイコーやわ!」
俺も京太郎も、もはや反論する気は失せていた。
「もう好きにしてくだしぃ」
こうして俺たち4人は、昨年とまったく同じ3曲を演奏することを決めた。
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