第15話 誇り高き血統(偽)

 Vintageハウス ギターのDENDOUを後にした俺たち3人は、店の近くにあった古い喫茶店で一休みすることにした。


「結局あのエフェクター買ったのか」


「まあ、前から欲しかったし、次いつ入荷するかもわからないからな」


 頼んだケーキセットが来るまでの間、玲はずっと鼻歌を歌いながらハードケースに頬ずりをしていた。


「それにしても、掘り出し物なんてレベルじゃないよね、それ」


「むふふー、とってもかっこかわいいのが買えて満足です」


「玲ちゃん、それで満足じゃないって言ったら、世界中のギタリストが邪知暴虐じゃちぼうぎゃくな王に対するメロスばりに激怒するよ」


「あはは、さすが文学部ですね。でも私よくわからないんですけど、古いギターって、何で新しい物より高価なんですか?」


「全部が全部新品より高くなるわけじゃないよ。えーと、まぁ色々理由はあるんだけど……」


 何故ヴィンテージギターは価値が高くなるのか。その有力な根拠は、木材が経年によって乾燥していくことにある。ギターやベースのボディに使用される木材は、時間が経つほどに乾燥していく。ボディが乾燥すると、ギターを鳴らした時の音の振動が外に伝わりやすくなり、音質が向上すると言われているのだ。


 乾燥させすぎたり機械などで急速に乾燥させたりすると、木材への負荷が大きく、ボディが変形してしまったりするため、時間をかけてじっくりと乾燥させる必要がある。だからこそ、状態の良いヴィンテージギターには高値が付く。

 単純に状態の良いヴィンテージ品は希少性が高かったり、現在では使用できない材質を使用していたりという理由もあるのだが。


「……と、いう訳なんだよ」


「な、なるほど。ギターって奥が深いんですね」


「試奏した時の音もハンパなかったし、間違いなく大当たりのヴィンテージ品だよ。正直俺が欲しいもん、それ」


「RPGゲームで言えば、一番最初の村でラスボスを倒せる伝説の剣を拾った、みたいな感じだからね。チートだよチート」


「えへへ。大ラッキーだったんですね。きっと日ごろの行いが良いからです」


「それ自分で言う?」


 談笑しながら、喫茶店の濃くて苦いコーヒーをちびちび飲んだ。俺は、二人と同じように自分もケーキセットを頼めばよかったと、少しだけ後悔していた。ブラックコーヒーを美味しく飲める大人への道は、なかなかに険しい。


「玲ちゃん、あと予算はどのくらい残ってる?」


「今日は8万円おろしてきたので、あと3万円くらいです」


「それじゃあ細かい備品も揃えちゃおうか」


「他に何を買えばいいんでしょうか」


「最低限必要なのは、ピックとシールドとストラップ、あとチューナーかな。1万円くらいで揃えられると思う。本当は練習用のアンプもあった方が良いんだけど、それは多分玲ちゃんのお父さんが持ってるだろうし」


 楽器のメンテナンス用具など、持っていた方が良いものは他にもあるが、京太郎はまず練習するうえで必要不可欠なものを挙げていった。


「京太郎さんがたくさん足元に置いてた箱みたいなやつ、あれはいらないんですか?」


「あぁ、エフェクターのこと? うーん、ギターがめちゃめちゃ良いやつだからなぁ。でもまぁ、オーバードライブの一つくらい持ってた方がいいかも知れないね」


波紋疾走オーバードライブ


「玲ちゃん、それ違う」


「なんだか必殺技みたいでかっこいいです」


「違うからね」


 エフェクターとは、エフェクト、つまりギターの音に様々な効果を付与する機械である。ギターとの関係性はラーメンのトッピングと似ている。


 エレキギターの場合、ギターとアンプさえあれば演奏はできる。だが、これは麺とスープだけのラーメンの様なものだ。味に変化を加えたい場合は、エフェクターを使用する必要がある。ただ、素材の味を大切にするため、エフェクターをあえて使わないという人もいる。

 エフェクターには様々な効果を持つものがあるが、オーバードライブは音を歪ませる最もスタンダードな種類だ。


「じゃあ最初に入ったお店に戻ろうか。品揃えはあそこが一番いいから、ストラップとかも玲ちゃんの気に入るデザインの物があると思うし」


 喫茶店での会計を済ませ、俺たちは再び大型店舗へ向かった。玲はギターを手に入れた興奮冷めやらぬといった感じで、店に入るや否や店員に話しかけた。


「すいません、オーバードライブはどこにありますか?」


「オーバードライブですね。何かお探しの物はありますか?」


「? お探しの物はオーバードライブです」


「なるほど」


 何ということでしょう。これでは玲がただのアホの子ではありませんか。店員は何かを察したのか、それ以上の質問はせず、玲をエフェクターコーナーへと案内した。


「お前がちゃんと説明しないからだぞ」


「あああ、玲ちゃん、ごめんよ」


 そう、オーバードライブと一口に言っても、ギター本体と同じく、その種類は数えきれないほどあるのだ。


「恥ずかしい……」


 エフェクターコーナーで、玲は真っ赤になった顔を手で覆っていた。


「玲、頼むからここで顔面ドラムはやめてくれよ?」


「顔面ドラム?」


「いや、何でもない。京太郎、お詫びに何か見繕ってやって(あれ無意識だったのか)」


「お、おう。えっと、最初の1台に最適なのは……あ、これが良いかな」


 京太郎が手にしたのはオレンジがかった黄色の四角い機種。オーバードライブの中では最もメジャーな機種の一つ、超定番商品だ。


「中低音がよく出るからシングルコイルのレスポールジュニアと相性が良いし、癖が少なくて使いやすいよ。何より踏みやすいのが、初心者には良いと思う」


「あ、山吹色サンライトイエロー


「だからそれ違うから!」


 玲は京太郎のオススメに従い、そのオーバードライブを購入した。その後、一通りの必需品を買い揃え、俺たちは店の外に出た。


「あれ、玲。ギグバッグも買ったのか」


「はい、店員さんがオススメしてくれたので。ハードケース、って言うんですか、あれじゃ重くて持ち運び大変だろうからって。ハードケースは後で郵送してくれるそうです」


「たしかに、普段使うにはその方が良いだろうね」


 小物類は全部、ギグバッグの大きなポケットに収納したらしい。色々買い揃えた割に、玲の荷物は、背負ったギグバッグと通学用のトートバックのみという身軽なものとなった。


「ギターケース背負った女の子ってかわいいよな」


 京太郎がボソッと呟く。


「その意見には大いに賛同するけど、それ本人の前で言うなよ。キモいから」


「心得た」


 こうして、玲の相棒を探す旅はひとまず閉幕となる。きっとまた、あらたな出会いを求めてこの街に来ることもあるだろう。もしくは、カレーを食べに来るだろう。

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