【第二章】マイ・フェイバリット

第13話 3度目の命日

「朔さん朔さん、聞いてください!」


 談話室5にいた俺を見つけるなり、玲が駆け寄ってきた。朔さんと連呼されると、中学生の頃にC2H4O2と言われてからかわれたことを思い出す。からかうにしては呼称が長いんだよな。


「どうしたの?」


「あのですね、私、バンドサークルに、サラダボウルに入るって両親に話したんですけど」


「ふむふむ」


「そしたら何かお父さんが怒っちゃって、バンドやってる様な奴にロクなのはいない! そんなサークルに入るのは許さん! って」


「えぇ……まぁ、一概に否定できないところが辛いけど」


 一昔前のバンドのイメージは、セックス、ドラッグ、ロックンロールなんて言われていたらしい。そういう先入観を持っていたとしたら、娘をそんな場所に参加させたくないという気持ちは分からなくもない。

 今はどちらかというと、イケイケの人間より日陰で育ったような陰気な男が多いように思うのだが。まぁ、それはそれでロクなもんじゃないという意見に間違いはないか。


「って、まさかそれで、サークルに入るのやめるとか? それは困る!」


「そんなわけありませんよ! それで私も頭に来ちゃって、何でそんなこと言うのー! って喚き散らしてたんですけど」


「喚き散らしたんだ」


 どうやら、玲は家ではけっこう甘やかされているようだ。


「そうです。そしたら、後でお母さんが教えてくれたんですけど、実はお父さんも昔バンドやってたらしいんですよ。そんな話、今までしたことなかったのに」


「へ、へー、そうなんだ。でもそれなら、何で玲がバンドをやるのに反対なんだ?」


「お父さんはもともと、フォークソングがやりたくてギターを始めたみたいなんですけど、周りのバンドやってる人たちに無理やりデスメタルバンドを組まされたらしいです」


「な~んかどっかで聞いたことある話だなぁ、それ」


 アメリカの都市名が入ったバンドで活動してなかったか、それを聞く勇気は俺には無かった。


「そうなんですか? で、それがとにかく嫌だったみたいで、バンドマンにロクな奴はいないーって言ってたみたいです」


「そいつは何とも……それで、結局どうなったの?」


「私の歌をすごい褒めてくれて、違うサークルの新歓に参加してた私を、一所懸命に誘ってくれた人がいるって、30分くらいかけて話したら、ようやく折れてくれました。お父さんも、私がずっと人前で歌うの避けてきたこと知ってるから、すごく驚いてましたけど」


「そっか、それは良かった」


「えへへ、朔さんのおかげですね」


「どっちかって言うと、琴さんのおかげかな……」


 あそこで部屋に乱入するという決断は、俺には到底できない。蓋を開けてみれば、玲は同じ大学の生徒だったので再会の機会があったのかもしれないが、それでも今ここに玲がいてくれるのはまぎれもなく琴さんのおかげと言えるだろう。


「あの時の琴さん、すごかったですよね。お母さんはめっちゃ笑ってました」


「あぁ、あの様子も話したんだ……」


「もちろん!」


「くっそ恥ずいんですけど」


「あははは。それでですね、お父さんが今度は自分もギターを再開するーって張り切っちゃって」


「良いじゃない。身近にギターを教えてくれる人がいるなんて」


「それは良いんですけど……」


「ん? 何か都合悪いことでもあるの?」


「お父さんが新しいギター買うからって、昔使ってたギターをくれたんです」


「へ~、良かったじゃん」


「良くないですよ!」


「え、何で?」


「だって……だって、お父さんのギター、全然可愛くないんですよ! 見てくださいこれ」


 スマホのカメラで撮った画像を、ぐいっと見せつけてくる玲。そこに写っていたものは、何とも凶器的な形状を持った漆黒のギターだった。


「こんなトゲトゲの怖いギターじゃ嫌です……」


 しょんぼりしている。そういえば初めてハコに入った時も、楽器の「かわいさ」に食いついていたことを思い出した。


「えーっと……まぁ確かに、女の子が持つにはちょっといかつ過ぎるかもしれないね」


「ですよねですよね!」


 それにしても、デスメタルバンドに所属していたことを黒歴史化していると思われる玲の父親が、なぜそのギターを手元に残していたのだろうか。


「そこで、朔さんに相談がありまして」


「オヤジさんの思い出の品を引き取るなんて、俺にはできないよ」


「違いますよ! 私、自分のギターが欲しいんです。ちゃんと自分で選んだものが。でもどれが良いのかわからなくて、選ぶの手伝ってもらえませんか?」


「ほほう」


 俺はニヤリと笑った。なかなかに気色の悪い笑顔だったと思う。


「ピンキリだけど、ギターってけっこう高いよ」


「お年玉ずっと貯めてたんで、たぶん大丈夫だと思います。高校の時にバイトで貯めたお金も少しありますし」


 良い傾向だ。大金を払ってでも自分の楽器を持ちたがるということは、バンドに対するモチベーションがとても高くなっていると言えるだろう。できるだけこの状態を維持してもらいたい。


「よし、それなら京太郎を呼んで来よう。あいつ機材マニアだから、色々アドバイスもらえるだろうし」


「ありがとうございます」


 京太郎に談話室5に来るようメッセージを送ると、ほどなく「今起きた」と返信があった。現在の時刻は15時半。すでに日中の授業はあらかた終わっている時間である。


「あいつ単位大丈夫なのかな……」


 京太郎の家は大学から徒歩10分ほどのアパートなので、間もなく到着するだろう。


「京太郎もうすぐ学校着くって」


「今日は授業なかったんですかね?」


「自主休講ってやつじゃないかな……そ、それよりさ、どんなギターが欲しいの?」


「やっぱかわいいのが良いです」


「かわいい、か。これなんかはどう?」


 ネットで検索したムスタングタイプのギター画像を玲に見せてみる。


「かわいいですね。あ、でもこっちの方がかわいいかも」


 玲は関連候補として出てきた別のギターに興味を惹かれたようだ。


「SGタイプ? これってけっこう男らしいギターだと思うんだけど」


「え~、そんなことないですよ。でっぷりしてて、かわいいです」


 女子の言う「かわいい」の定義は、男子からすると理解に苦しむ場合がある。玲曰く、俺のリッケンは「かっこいい」、京太郎のテレキャスは「かわいい」に分類されるらしい。判断基準がわからない。Rickenbackerの楽器って、デザイン的には割とかわいいと思うのだが。


 そんな話をしているうちに、眠そうな目をした京太郎が談話室に入ってきた。


「よう、朔。おつかれ」


 大学生の挨拶は何故に決まって「お疲れ」なのだろうか。朝イチの挨拶でも大体これだ。


「京太郎さん、お疲れ様です」


「あ、玲、ちゃん。お疲れ様ぁ」


 玲に対する京太郎の喋りが、最初に比べて幾分マシになっている。玲は随分懐いている様だが、フランクに会話ができるようになるまではまだ時間がかかりそうだが。


「玲がギターが欲しいってさ。何が良いのか、アドバイスしてあげてよ」


「お願いします、京太郎先生」


「せ、先生ぃ?」


「京太郎さんは楽器にすごく詳しいって聞いたので」


「あ、はい」


「初心者にオススメのギターとかってあるんですか?」


「えーっと、そうだなぁ」


 京太郎は頭をポリポリと掻きながら、玲とは微妙に目を合わせずに話している。


「初心者にオススメの機種ってのは、特に無いかな」


「え、そうなんですか?」


「うん。オススメできないギターってのはあるけどね。極端に安いやつとか」


「安いとダメなんですね」


「ダメって言うか、ギターとかって結局、それに愛着が持てるかどうかがポイントだと思うんだよね。ある程度経験を積んだら自分の出したい音とかに合わせて選べば良いんだけど、大体の人はそのレベルに行く前に挫折するから。それなら、見た目でもフィーリングでも何でもいいから、自分の気に入ったものを選ぶのが良いよ。そうすれば練習する気にもなるし」


「なるほど」


「それに極端に安いギターだと、やっぱり音が良くないことが多いんだ。絶対に別のギターが欲しくなる。だったら最初から、そこそこのギターを買っておいた方が良いでしょ?」


 玲はふむふむと頷きながら聞いていた。時折、京太郎から助け舟を求める視線を感じたが、俺はあえてそれを無視した。あえてね。


「ま、まぁここで話しててもあれだし、時間あるなら御茶ノ水にでも行こうよ」


「御茶ノ水? 私、行ったことないです。何かあるんですか?」


「楽器買うなら御茶ノ水が便利。これバンドマンの常識」


「そうなんですか? それじゃあ、お供させていただきたいです!」


 微妙に韻を踏んだような、片言の様な、不思議な言葉を放つ京太郎。女の子を誘うなんてやるじゃないかと感心した。が、それも束の間。


「朔、お前も行くよな」


「え、俺はこの後バイトが」


 京太郎は俺の首にガバっと腕を絡め、少し離れた場所で耳打ちをした。


「お前、何か話の流れで玲ちゃんを誘っちまったじゃねーか」


「別にいいじゃん」


「バッ、お前、二人で買い物なんかしてたら、で、でででデートみたいじゃん」


「うわキモ」


「行くよな」


「は?」


「行・く・よ・な?」


「はい」


 有無を言わさぬ雰囲気だった。この前、二日酔いの体に鞭打ってまでシフトを死守したと言うのに、こんな形で穴を開けることになろうとは。


「お話、終わりました?」


「あぁ、ごめんごめん。朔がバイトのシフトを勘違いしてたみたいで」


「そういうことだったみたい」


「そうなんですね。御茶ノ水か~どんな街なんだろう」


 俺はそそくさと談話室の外に出て、バイト先に電話をかけた。


「もしもし、店長ですか? えっと、実は祖父が亡くなりまして」


 おじいちゃんが死ぬのはこれが3回目だ。ごめん、今年はちゃんと田舎に帰るよ。

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