第2話 お花見と走馬燈
4月16日金曜日、この日は俺が所属している大学のバンドサークル「サラダボウル」の新歓イベントとして、大学近くの公園で花見が行われていた。サラダボウルの会員数は現在78名。バンドサークルとしては中々の規模だ。そこに新入生が30名ほど集まっていた。
「か~んぷぁ~~~い!!」
「かんぱーい!」
サークルのお調子者代表、三年生の
だが、そんなことはどうでもいいのだ。大義名分を持ってみんなで騒げれば、大学生と言う生き物は満足するのだから。
ブルーシートに広げられた大量のスナック菓子と酒、大学の近くにあるスーパーで買ってきた揚げ物の匂いが混ざり合い、胸焼けするような空気が醸成されている。新入生の多くは未成年なので、振る舞われているのはソフトドリンクなのだが、明らかに酒の方が用意されている量が多いのはどういうことか。
「新入生けっこう集まったな(ビールまっず)」
俺が飲んでいるのは発泡酒だったのだが、そんな違いも酒の美味さもまだ分からなかった。ただ、飲酒している自分は大人になった様な気がしたし、ふわふわと酔っぱらう感覚は嫌いではなかった。
「おぉ!
「いやぁ、同い年の友達だとJJD知らない奴ばっかだったんで、朔さんみたいに語れる人に会えて嬉しいです!」
俺が世界で一番好きだと公言しているバンド、
「そういえば朔さんって、担当ベースですよね? JJD好きなのに、ギターじゃなくベースに行くとか、渋いっすね」
「あ、それ聞いちゃう?」
JJDの中心メンバーは、
「実は深い
「深いんですか」
「中学生の頃にさ、ギター持ってた友達に借りて練習してみたんだけど、これがからっきしでさ。コードの一つも押さえられなかったんだよね。でもバンドはやりたくて、ベースだったら押さえる弦が一本だけだから、何とかなるかなと思って」
「めっちゃ浅いじゃないすか!」
「浅いとか言うなよぉ!」
コード弾きは、ギターの初歩である。Fコードという、人差し指で6本の弦すべてを抑える形で挫折する人が多いのだが、俺はそれ以前の段階で折れていた。でも、それで良かったと思っている。そのおかげで、ベースと言う楽器に出会うことができたのだから。
ちなみに、ベースという楽器は、世間一般にどのように認識されているだろうか。
一番多い回答は「よくわからない」だ。その他、多い回答としては「ギターと何が違うの?」とか、「曲を聞いても音が聞こえないやつ」とか、「地味」とか、「いなくても変わらないんじゃない?」と言った感じだ。まぁ、要するにパッとしない楽器なのだ。バンドという音楽形態にそれほど興味のない人からすれば、なおさらだろう。
だが、ベーシストは皆、口を揃えてこう言う。「ベースが一番かっこいいし、奥が深い」と。
「ん?」
会話の途中、花見の輪から離れた茂みの中で、何かが光った。
「ごめん、秀司。ちょっと席外すわ」
訝しんで近づいてみると、蜘蛛の様に手足の長い、おかっぱ頭の根暗そうな男が、双眼鏡を片手に何やらブツブツと呟いていた。
「あの娘は……ふむ、すでに垢抜けているな。遊び慣れているタイプ、と。あの娘は……むむ? インナーのボーダー柄が歪んでいる……だと? 脱いだらムフフな感じか。じゅるり。あの娘は……純朴そうな顔をしているな。化粧もまだ慣れていない感じだし、上京したてかな。よし……」
「なーにがよし、だ。気持ち悪い」
「どぅわっ!」
声をかけると、蜘蛛男は大袈裟に尻餅をついた。
「何だ、朔か。何の用だよ」
パンパンと、黒のスキニーパンツについた土を払いながら、男は立ち上がった。
「何の用、じゃねーよ。こんなとこで何してんだ」
「何って、新入生の女の子のチェックに決まってるじゃん」
「いや、普通に話しかけろよ」
「ばっかお前、お前ホントあれな! 馬鹿お前!」
「その語彙力でよく文学部入れたな……」
蜘蛛男の正体は
「当然、童貞である」
「ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」
「ホントそれ、どうしてそう聞こえるのか謎だわ……ほら、向こう行くぞ」
「ちょ、ちょ、まだ心の準備が……」
「乙女か」
ウジウジしている京太郎を羽交い絞めにして、女子もいる花見の輪の中へ放り込む。これで逃げるわけにもいくまい。
「あ、どーもー……。二年の京太郎って言いますぅ。ギター、弾きます。ぅす」
京太郎は異様に小さい声で自己紹介を済ますと、長い手足を折り曲げて縮こまり、恐縮した様子で後輩からの酌を受けていた。
「ちす。ちぃーす」
小物臭がひどい。それでも少し時間が経つと、音楽の趣味の合う新入生を見つけたのか、話に花が咲いたようだった。まぁ、花を咲かせた相手は、当然女子ではなかったわけだが。
「お、朔ぅ、そんなところにおったん。はよこっちおいでぇや」
緩んだ声の方に視線をやると、死屍累々とはこのこと。テーブル席で二年生以上の男のほとんどが、ぐったりと倒れこんでいるではないか。あれほど大量にあった酒のほとんどが、容器の中から姿を消している。
その一番奥で、琴さんが微笑みながら手招きしていた。目が座っている。何か禍々しいオーラを感じる。今すぐこの場所から逃げ出したいが、足がすくんで動けない。
「知らんかったん? 琴姉さんからは逃げられへん」
どこの大魔王かと突っ込むこともできず、吸い寄せられるように着席させられた。頭の中を、懐かしくて暖かい思い出が駆け巡る。あぁ、これが走馬灯というものなのか。
「これ、あかんやつや」
俺は長野県出身である。
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