朽ちた街 その4

「はぁ……寒い……」


 山岳の冷えた風が頬を刺す。

 吸った空気の冷たさに反して吐いた息は白く宙へと霞む。

 寒明けの近づく正午に歩む道端は未だ枯木と銀世界に取り残されていた。


「大丈夫ですか?」


 私の前を進む男の子が淡雪あわゆきの降る森で心配そうに呟く。

 率直に言えば気配りの出来る優しい子なのだと思う。それと同時に雪山慣れした熟練者とも分かる。幼い笑顔に汗は無く数キロ程度は移動しているが呼吸も整っていた。


「いや問題は無いよ。私が寒さが苦手なだけ」

[キャハハ。あの子はそう簡単に寒さで死んだりしないよ! なんてったってこの山の一夜を寝袋一つで乗り切ったんだから]


 箱は男の子の肩に乗って私をあおって楽しむ。

 口角など無い直線の淵が薄っすらと歪んで見える気がした。

 胸ポケットから珈琲豆を取り出し標的はこへ睨みを利かせ落ちろと念じる。

 狙いを定め人差し指で弾く黒の弾丸豆鉄砲が銀世界の中で誇張おおげさに飛ぶ。

 私の渾身の呪詛ねがいなど呆気なく躱され何事も無く彼等の談笑も続く。


[それにしてもケイン君も命知らずだよね~。ウサギを助けようと素性も知らない奴の前に現れるなんて]

「あの時は必死だったので。でもお二方が良い人で良かった……」

『よくないのである! 我は食われかけたのだぞ!!』


 ケイン君の抱えるウサギのが抗議の声を上げる。だが飼主ケインへは届かない。

 ウーと唸り暴れるラズをケイン君は訳も分からず必死にあやしていた。


「なぜだか先程からラズの機嫌が良くないんですよね?」

「ナンデダロウネー」

[ナニカ、アッタノカナー]

『我が話せないからって誤魔化すのはダメなのだぁああ!!』


 ラズがうなりながら私を凝視するのでケイン君も何か気になるらしい。

 私は我慢比べは苦手で嫌いだ。


「分かったからそんな目でこっちを見るな。そうですよ。信じないだろうけど、私は動物と話せるの」


 なので白状するのも早かった。

 自分でも滑稽なほど顔に出てしまう。そう言う体質なのだと諦めは付いてる。

 それに仮面を被るのはもう疲れたのだ。


「……ん!! 動物と話せるんですか!?」

[嘘じゃなかったの?]

「そこの箱! 今知った見たいな流れにするな!」


 思いのほかケイン君は私の能力を疑ってなかった。それどころかラズが何を喋ってるか聞かせて欲しいとまでお願いされた。


「僕にはこの子の声は聞こえませんので、是非とも聞きたいです!」


 えぇ……それはそれで不味いような。

 だってあのラズの悪顔みて、絶対に今朝の出来事を根に持ってるよ。


『さぁ諦めて我の話を一言一句の間違いなく伝えるのだ』

「ハイハイ、分かったからさっさと言いなさいな」


 子供の好奇心と兎の邪気が入り混じった視線を浴びながら溜息を漏らす。

 内心ではケイン君に素直に怒られた方が楽だと思うほどだ。


『それじゃ何を話そうかなーのだー♪』

「お手柔らかに願うわ」


 まさか小動物を相手にへいこらする日が来るとは思わなかった。

 制度の上位バラモンに立つ当の本人ウサギと言えば上機嫌で思案中だった。まるで好きなお菓子を一つ買って貰えると確約された幼子そのものか。


『決まったのだぁ!』

「はいはい、どんな告発をご所望で? 今朝の解体未遂、それとも余罪の火炙り?」


『今までありがとう』

「……ん? 今までありがとう」


「もう君は……旅立って良んだよ?」


 ラズが伝えようとしたのは告発でも提訴でもなかった。

 私の翻訳を聞いたケイン君は何も言わず。その腕に抱える兎を強く抱きしめる。


「そっか……。ラズは分かってたんだね」


 名残惜しさを切り捨てる様にラズを地面へと放すと私へ向き直る。

 彼は年相応に似合わない黄昏た表情をしていた。


「旅人さんに最大の感謝を……そして少なからず疑っていた事への謝罪を、貴女あなたの能力は本物なんですね」

[まぁ普通は疑うよねぇ。イタッ!? なんで叩くの!?]


 不満たらたらな箱を放置するとただの正方形は物理法則を無視して彼の肩から私へ飛び掛かり。鬱陶しいと払い退けるも箱も引かず私の頭部へ乗りたがる。私達の日常やりとりに男の子は微笑んでいた。


「旅人さん達がなぜここにいるかは察しが付きます。お届け物があるのでは?」


 見透かした梔子色くちなしいろの瞳が私のリュックを指す。

 彼は依頼人の黒ローブとも知った中で旅人を追剥するための罠かとも……。それにしては手が込み過ぎているので違うだろう。


「まぁ街に置けと言われたけど、受取人が目の前ならいいわよ」


 小包を取り出し手渡す。茶色の紙と麻紐で軽く縛ったのみの質素な荷物だ。

 受取ながら男の子はキョトンとした表情でこう答えた。


「既に辿り着いてるじゃないですか? ここが街ですよ?」

[え? だって周りはただの雪原だけどぉ?]


 私の頭上で周辺を見渡す箱の言う通り。私達の眼前には街も無ければ建物も無い。

 有るのは雪と枯木と寒さだけ。


 ……いや。


「確かにここに街は有ったんだね?」

[君までそんな嘘を言うなんて……。]


「箱、下を見れば分かるわ」


 足で雪を退けるとそこには砕けた石畳の道が現れる。

 雪原と思っていた周囲へ目を凝らせば不自然な凹凸が幾つも並んでいた。

 建物が倒壊し更地に帰るほどの年月が経ったと推測される。


 私は不思議とケイン君へ訪ねてしまっていた。


「ケイン君はなぜここに? 君意外に人は居ないの?」

「もし良ければ昔話を聞いてくれませんか? の話を……」


 ケイン君とラズはいつの間にか雪の椅子に腰かけている。

 彼が手をかざせばテーブルと席が現れ風除けの壁が周囲を取り囲む。

 進められるまま座ると唐突に昔々のおとぎ話を彼は始めた。


 嘗て山岳に栄えた街とその最後に起きた作り話ノンフィクションを……。

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救済の獣 ほしくい @hosikui

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