第4話 封印を解く儀式
「わかった。封印を解こう」
一拍間を置いて、しっかりと、魔王様は頷きました。ぱっと笑顔になり、側近たちは立ち上がります。でも、と魔王様は首をかしげました。
「どうすればいい? 特別な封印を解く魔法とか……」
「そんなものは、必要ないのです、魔王様」
なぜか、背後にミノタウロスが立ち、ぎゅっと魔王様の肩をつかみました。魔王様が振り返った瞬間、今度はサイクロプスが魔王様の右腕をつかみます。
「何?」
「あれです、封印を解く儀式として、必要なのです」
不審そうに眉をひそめた魔王様の、左手をつかみ、ヴァンパイアは真剣に言いました。
「封印を解く手段。それは――」
ふいに、三人に羽交い絞めにされ、魔王様は悲鳴を上げました。
「現魔王の、熱い口づけです!」
「うっ……うぁああああああああああああああーっ!!」
地下牢に、魔王様の絶叫がこだましました。
悲鳴を上げているあいだに魔王様の体は持ち上げられ、ゴットマザーの顔にぐんぐん近づけられてしまいます。
両腕を固定されているため、魔王様はなんとかのけぞってゴットマザーの唇と距離をとり、必死で叫びました。
「ちょ、ちょっとタンマ!!」
「タンマなしです!」
「無理だよぉ!」
「やってもみもしないで、何を言うのですか!」
「じゃあお前がやれーっ!」
「いや、俺、魔王じゃないんで」
「あっ、ああーっ! 無理やり近づけるなぁ! 卑怯者ぉ! さっきまでいい雰囲気だったのに……っ!」
「そのいい雰囲気の中で、封印を解こうとご決心されたではないですか!」
ジタバタ暴れながら、とうとう魔王様はむせび泣きました。
「だって……だってぇ……知らなかったんだもん。俺の初キッスを、こんなおっさんに捧げ……うぅ」
魔王様、とヴァンパイアは努めて穏やかな声で言いました。
「王とは自身の身を切って、初めて一族の上に立てるのです」
先代様――あなたのお父様のお言葉です。
はっと、魔王様は目を見開きました。その脳裏に、幼い頃、父と手をつないで歩いた記憶が蘇ります。
「それ、聞いたことがある……」
夕暮れの中、父は、幼き魔王様に王としての在り方を説いたのでした。
何もせず、権力を笠に着て、威張るような男にはなるな、と。
背中を押すように、ヴァンパイアが声を張り上げました。
「あなた様の行動で、兵士五千人が、国の魔族が助かるのです!」
「う……うぁあああああああ!! ちっくしょーっ!」
自分を奮い立たせるように魔王様は吠えました。顔を振って涙を払うと、きっとまなじりを釣り上げて、静かに眠るゴットマザーをにらみつけました。
彼の、青々としたヒゲの剃り跡に気がつき、心が折れそうになりました。
再び絶叫。
しかし。魔王様はギュッと握りこぶしを握り締め、懸命に自分の心と戦います。
「お、俺がやらなきゃ、五千人が、その家族が、皆が」
声に出して言ううち、ガクガク震えていた顎が、流れ出ていた涙が、止まります。
興奮のあまり、魔王様の鼻からは、鼻水に混じって真っ赤な鼻血が垂れていました。
荒い息を吐きながら、魔王様は、自分に言い聞かせるように、声を張りました。
「この国が、終わる。せっかく魔王になったのに、誰にも、何もできないまま、跡形もなくなっちゃうんだ……! そ、そんなこと、させない! 俺が!」
側近の三人は、顔を見合わせました。不思議と、鼻血を垂らして決意を固める魔王様が、若き日の先代様に重なって見えたのです。
怯えながらも、誰かの為に行動する意志を持った横顔――。
それは、国のために、身を切る覚悟を決めた男の顔でした。
ふっと、誰が漏らしたのか、小さな笑い声がしました。ヴァンパイアも、サイクロプスも、ミノタウロスも、見れば笑顔を浮かべています。
ゆっくりと、彼らは腕の力を緩め、魔王様は床に下ろされました。
自分の足で硬い床を踏みしめると、魔王様は鼻血を拭い、枕元に歩み寄りました。鋼のような硬い表情で、ゴットマザーに声をかけます。
「現魔王として……お願いする。五万人の人間を止めるため、お前の力を貸してくれ!」
深呼吸すると、魔王様は息を止め、そのままゴットマザーの厚い唇に、ぶつかるような勢いで口づけました。
その瞬間――。
地下牢の中で、光が炸裂しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます