第3話 ゴットマザーの正体
魔王様の問いかけに、誰も口を開きません。
振り向くと、ヴァンパイアは自身の枝毛を探し、ミノタウロスは女子のように爪を磨き、サイクロプスは何もない宙に、視線をさまよわせている真っ最中でした。
「おい! 答えろよ!」
魔王様の怒りの声に、皆やっと目を合わせてくれましたが、誰も何も言いません。
苛立ちながら、魔王様はもう一度ベッドの上の人物を観察しました。鉄格子からベッドは近く、三歩ほどの距離。毛布も何もかけず、ただ仰向けになって横たわっているだけ。見間違えるはずがありません。
そこにいるのは、間違いなく男でした。
それも、だいぶガタイのいい、大男です。
眠っているのでしょうか、彼は長い睫毛を固く閉じ、騒がしい魔王様たちには反応しませんでした。
チリチリした黒髪を枕へ横たえ、がっちりした太い腕を、厚い胸板の上に組んでいます。ただなぜか、身につけているのは、袖にレースと刺繍の入った、乙女チックな白のネグリジェ。
「これが……真実です」
ようやく重々しく口を開いたヴァンパイアは、辛そうに言いました。
「し……しん、じつ?」
聞き返して、魔王様は、自分の声が震えているのに気がつきました。自身の顔から、血の気が音を立てて引いていきます。
(い……嫌だ! 何だ、真実って! 聞きたくない! 誰だ……親の最期だから聞きたいって言ったのは……!)
ご自身です。
真っ青になってしまった魔王様を放置し、ヴァンパイアは牢へ鍵を差し込みました。
「ゴットマザーが特に好んで使っていたのは、変身の魔法です。タイプの違う美女にその都度変身しては、その……先代様とラブラブしていたのですが」
ガチン、と重い音がして鍵が開きました。
「最中に変身が解けてしまったらしく。ゴットマザーの真の姿を見てしまった先代様は、ショックのあまり敢え無き最期を」
「いっ……いやぁぁぁぁああああああ!!!」
奇声をあげて顔を覆ってしまった魔王様を、雨に濡れた子犬を見るような目で、側近たちは見下ろしました。
「さすがに……刺激が強すぎるんじゃないか?」
「せめて、マイルドに腹上死って言ってやれよ」
「それのどこがマイルドなんだ?」
サイクロプスをにらみ、ひょいと身をかがめてヴァンパイアは牢屋の中へ入りました。さあ、と残りの二人に促され、足を引きずりながら魔王様もあとに続きます。
「そんな性癖を持っているゴットマザーですが、彼は男の中の男でした」
「見りゃわかるよ! 見た目がガチムチすぎるだろ!」
魔王様の半泣きのツッコミに、生き方の話をしているのですよ、とヴァンパイアは苦笑いを浮かべました。
「責任を取って、自身をこの地下牢に封印したのですよ。一族もそれまで都会に暮らしていたのですが、遠方に島流しして」
一同はベッドの横に並び、ゴットマザーの寝顔を眺めました。かすかにゴットマザーの体が、青白く光っています。勉強不足の魔王様でも、時を止めたり、魔力をとどめたりする強力な魔法が、ゴットマザーの体にかかっているのがわかりました。
ふと嫌な考えが浮かび、魔王様はまた質問しました。
「ねえ……なんで、ゴットマザーって、呼ばれてるの、この悪魔」
「……」
「もしかしてだけど……美女に変身して、自分で産んだの? その……一族を? だから、ゴットマザー?」
「……あなたにしては、察しがいいですね」
「えっ……えーっ?!」
じゃ、じゃあ、とわなわなと口を開き、蒼白になって魔王様は叫びました。
「この人の一族って、皆、パパとこの人の子?! お、俺と異母兄弟?!」
気が遠くなってよろめいた魔王様を、あわてて横にいたミノタウロスが支えます。そのとおり、と暗い顔でヴァンパイアが頷きました。
「優れた魔道士であった先代様と、もともと高度な魔術を持つ悪魔の血がかけ合わさって生まれた子供達。正直な話、失礼ながら遊んで生きてきた魔王様よりも、魔術のポテンシャルが高いのです」
「そ……そんな……」
「悪魔は長寿で成長も早い。一般的な魔族とは、生きる時間軸がちがうのです。成長した子はまた子を産み、今やその数」
あっと、ミノタウロスが叫びました。
「四万五千!」
そう、とヴァンパイアが頷きます。納得の唸りとともに、サイクロプスがつぶやきました。
「確かに。成人以上の悪魔の数は、それだけいる。兵力差が埋まる……!」
ぱかっと口を開きかけた魔王様を遮り、ヴァンパイアは続けました。
「彼らは島流しになりました。ゴットマザーが責任を取り、魔法で別次元の空間に、彼らを移住させたのです。水晶玉を使って、その空間での出来事は、こちらでも把握はできます。しかし」
横たわったゴットマザーに視線を落とし、ヴァンパイアは言いました。
「その空間を行き来する道は、ゴットマザー自身が封じたのです。自分の封印とともに」
ふむ、とサイクロプスが顔を上げました。
「ゴットマザーの封印を解けば、一族を兵士として呼び込めるのか……」
「四万五千もの、高度な魔法を使える悪魔を……」
背後のミノタウロスのつぶやきに、絶叫して魔王様は首を振りました。
「い……嫌だーっ!!」
「文句を言っている場合ですか!」
「だ、だって嫌ぁあ! いろんな経緯が濃すぎて嫌ぁ!」
「その経緯を知りたいといったのは、あなたでしょう!」
「た、確かにそうだけど! 絶対やだぁ!」
「……魔王様」
「そんな奴ら味方にするの嫌だよぉ!」
女の子のように泣き叫ぶ魔王様に、呆れたため息をつくと、ふいにヴァンパイアは魔王様の胸ぐらをつかみ、鋭い声で怒鳴りました。
「我々は、先代様の死の謎を解きに来たわけではない!」
ひゅっと息が詰まった魔王様を、怒りに燃える目でにらみ、ヴァンパイアは続けました。
「我々の国の魔族が、犬死しない方法を探しに来たのだ!」
反論しようとして――魔王様は言葉を失いました。
先ほど水晶玉で映し出された、人間の、一糸乱れぬ兵士たちの行進。
五万人の、武人の群れ。ぶつかったら、きっと跡形も残らないだろうという絶望感。
水晶玉を見て感じた恐怖を思い出し、魔王様は唇を噛み締めました。魔王様の様子に、ようやく、ヴァンパイアが胸ぐらから手を離します。
ごめん、と急に恥ずかしくなって、魔王様は鼻の下をこすりました。
「俺の感情なんて関係ないよな……。戦争なんだから」
ええ、とヴァンパイアが小さく頷きました。
「手を打たねば、我々の兵士も、兵ではない魔族も、皆倒されてしまいます」
「……うん」
「ゴットマザーの封印を解く権利があるのは、魔王の地位を継いだ方のみ」
三人の側近は顔を見合わせました。彼らは頷くと、揃って跪き、頭を垂れました。
「人間五万人の軍靴を止められるのは、魔王様だけでございます」
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