第5話 祭りの終わり

 俺は車の中にいて、ハンドルを握っていた。

 どうやら時間にして、0.0000001秒くらいのやりとりだったらしい。

 車のオーディオからは英語っぽい発音で日本語をしゃべっているDJが、彼女にふられてしまった男のリクエストで、スピッツの『君が思い出になる前に』をかけようとしていた。

 イントロが流れるその前に、すかさず俺は阻止をした。

「なんで消すん〜?」

「うちらスピッツ好きやのに〜」

 車の中、それは第二の自分の部屋。自分の部屋では己のルールに従わねばならない。

「あいにくやけど、俺は俺の曲をかけさせてもらうで」

 パーカーのポケットに隠された俺の自我。半日をともに過ごした盟友。4thいきまっしょいをデッキに入れ、再生した。

 大音量で流れる恋愛レボリューション21のイントロ。いまだ恋も革命も手にしてない俺が完璧な振り付けで踊る。

 女の子たちはあまりの展開に戸惑ってるのか無言。さぁ、心のうちをぶちまけてみろ! 俺のことをキモがれ! 「うわぁ〜、車とめて〜」とか叫んでキモがれ! そのことで、俺の革命は完結する。

 だが、運命は残酷な結果を導きだした。

 女二人は、俺の踊りに大爆笑し始めたのだ。

「あはっ! あはっ! おなかがよじれるぅ〜」

「き、急に大人が踊りだしてるぅ〜」

 そこには嘲りや憐れみなど微塵もなく、ただ純粋な笑いと驚きしかなかった。

「ほら! 振り付け完璧やで! 両手だって離して踊っちゃうで! ほら、もっとキモがってみせてよ! さぁ!」

 涙を流して懇願するも

「あははは! 充分キモいって〜!」

「キモ面白〜い!」

 と、どこまでも好意的な反応しか得られなかった。

 予想外の展開に俺はパニックし、踊りをやめ、音楽をとめた。

 女の子たちは笑い疲れ、大きく息を吸い込んでいた。

「あ〜、いきなりで驚いた〜」

「小日向くんって、ほんまトリッキーやな〜」

 いや、そうやないねん。俺は別に、一発芸的にモー娘。を踊ったのではなく、日常的に彼女たちと歌い、踊っているねん。

「またまた〜!」

「なんでそんなキャラ作ろうとしてんの〜?」

 キャラもなにも、それが俺の素だからやねん。今まで隠しとおしてきたけど、俺は

真性のモーヲタやねん。そうじゃなければあんなキレのある動きはできひんやろ?

「それは、今日のために練習したんちゃうの? DVDとか借りて」

「も〜、面白かったんやから引っ張らんでえ〜って! なんでそんな嘘つくん?」

 嘘? 俺が嘘をついているというのか?

「だってモーヲタやったら部屋に入った瞬間わかるって〜」

「見回したけど、そんな痕跡なかったもんな〜」

 俺は愕然とした。狼がくると嘘をくり返したために、いざ狼がきたとき信じてもらえない童話を思い出した。

 たしかに俺は嘘をついている。いや、嘘をついていた。自分の心に嘘をついていた。部屋の中のポスターを剥がし始めていた時点で、俺の革命は失敗していたのだ。なるほど、過去の過ちを悔い改めることはできる。だからといって過去の罪を洗い流すことはできないのだ。

 俺は器用に異性にモテることもできず、不器用にヲタ道を突き進むこともできない半端者だった。

「いやぁ、思うように爆笑してくれてよかったわ〜。あんなに驚くとは思わんかった。成功、成功! 大成功!」

 俺はヘラヘラと笑い、女の子たちを車で送った。その日は風呂にも入らないで、酒をかっくらって寝た。


 日曜日。

 俺ははがしたポスターを部屋の壁に貼りなおしていた。

 一晩あけて、冷静になると、希望のようなものが沸き起こってきた。

 俺がモーヲタだと知っても、彼女たちは受け入れてくれるかもしれない。

 昨夜、俺は彼女たちがキモがってくれないことで激しく動揺した。それは、ヲタはキモがられるという観念が、キモがられなければならないと絶対的なものへと変化していたからだ。

 つまり、俺自身が嫌っていた世間の一部と化していたわけだ。

 まだまだ俺も写経が足りないみたいだな。

 

 次の日、俺はピザ工場のバイトに晴れ着姿で行った。

 晴れ着とはこれ、テラテラ素材のピンクのハッピで、フロントには石川梨華の刺繍。背中にはこれまた彼女がセンターを務めるThe Peace!の歌詞が金の糸で縫い込まれている。コンサートでは歌っている娘たちからはけして見えない背中を、なぜ彩るのかわからないが、一朝一夕で作り上げた衣装でないことは明らかだ。

 ハッピをまとい、車から降り、工場の入り口に向かう。従業員たちの視線がまぶしい。マオミやトモヨの姿を探すが、彼女たちはなかなか現れない。始業時間ギリギリまでねばるものの彼女たちはあらわれない。あとで勤務表を確認すると、二人とも休みをとっていた。


 俺の意気込みは完全にフライングし、恥ずかしさのあまり二度とピザ工場には行かなくなった。

 時々、心配したマオミやトモヨから携帯電話に着信があったが、俺は面倒くさくてそのままにしておいた。

 少し期待はしていたが、彼女たちが家におしかけてくることはなかった。

 それが俺の青春であった。


 そして月日は流れ、娘たちは数々のスキャンダルをふりまき、人々の忘却の彼方へおしやられていった。部屋のポスターははがされ、ピンクのハッピは押し入れに眠り、俺には三才年下の彼女ができ、平凡だが穏やかな休日をすごしている。

 彼女は祖父の葬式で沖縄に里帰りをしている。だからこそ、昔のことを思い出してしまった。

 なんとなく、ピンクのハッピを押し入れから掘り出してみる。ハッピは三世代前のゲーム機のさらに奥にまで押しやられていた。

 ほんのりとカビ臭く、身に纏うとそれは小さく感じた。

 あの夜のように、俺は恋愛レボリューションを踊ってみた。体が汗ばみ、筋肉がすぐに悲鳴をあげる。それでも俺は動き続ける。ハッピの方がビリリと破れる。かまわず踊る。靴下がフローリングで滑り、俺は転び、天井を仰いだ。

 天井にはウルトラ兄弟のように、歴代モー娘。メンバーが堂々と並んでいて、それもぼやけて消えた。俺は起き上がり「あの頃より上手く踊れてたかな?」と自分に聞こえるようにハッキリとひとりごとを言い、心の底から笑った。

 そして、笑い声が静まってくると、沖縄名菓ちんすこうのことで頭がいっぱいになっていた。


       完

























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トライアングラー 大和ヌレガミ @mafmof5656

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