第4話 夜景とラブソング
ファミレスを出たのは八時前。土曜の夜はまだまだ長い。
二人を車に乗せ、俺は言う。
「じゃ〜、そろそろ帰る〜?」
次の日は日曜日、無論、俺にはなんの予定もない。
「え〜、もう帰るの〜?」
「まだ八時やんか〜」
女どもから不平不満の声が上がる。ということは俺といっしょにいて退屈というわけではないということ。かといって俺になにを求めているのかよくわからない。
正直、すでにめんどくさくなって家に帰りたくてたまらない。
「だってちょっと眠くなってきたもん」と俺。
「え〜、いつも何時に寝てんのよ〜。夜はまだまだこれからやんか〜」とマオミ。
夜はまだまだのフレーズに卑猥な想像をしてしまう。
だが、女が二人いて、二人ともに彼氏がいて、それをどうすれば卑猥な方向に展開させれるのかまるでわからない。
相手が女一人だと、いい雰囲気になったり、拒まれたりと明確な結論が得られそうだが、三という数字のすわりの悪さ。たとえるなら、これは二人の人間を相手に同時に柔道をやれというようなもので、聖徳太子ですら上手くこなせそうにない。
「ま、ちょっと早いか。とりあえず車出すで」
俺は車を発進させた。戦い方はわからないが、試合さえ長引けば一本は無理でも有効くらいは得られるかもしれない。
「小日向くんは、今からやりたいこと、なんもないの?」とトモヨ。
「やりたいことなぁ……結婚して家庭をもっても幸せになれるイメージがないし、夢を探すにはもう手遅れな気がするしな……」
「そやなくてぇ! 今日これからの話してるんやん。どんだけ先のこと言うてるん! どんだけぇ〜!」
女二人が爆笑する。そうね、今夜のことね。今夜のことなら、そりゃあ……3Pというやつがしてみたいわけだが、たぶんこのタイミングで言っても却下されそう。
「俺は基本的に明日ばかり見つめてる男やからな……これからなにをするか、考えてなかったわ。友達と遊ぶ時ってどういうことしてんの?」
「ん、やっぱカラオケとか〜」
「ボウリングとか〜」
「あ、ビリヤードもえ〜な〜」
「トモヨはダーツやったことってあるっけ〜?」
春の夜、やることといえば室内遊戯くらい。カラオケは恐ろしい。選曲を外すとおおいに評価がさがりそう。アニメ主題歌なんて歌わない方がよさそうだし、かといって流行りの曲など知らん。あげくに女子たちにモー娘。を歌うことを強要する展開になると最悪だし、やめておこう。ダーツはお洒落な感じは伝わるけど、投げるだけって絶対すぐ飽きそうだし、ボウリングは女の子たちより低いスコアを出してしまうと抱けなそうだし、消去法でビリヤードに行くことになった。
通っていた中学校の近くのゲームセンターからは、ビリヤードのエリアは消滅していて、あてどなく車を走らせることになった。
「ドライブなんてひさしぶりやわ〜」とマオミ。
「そうお?」と俺。
「夜のドライブって、なんか新鮮。ワクワクするわ〜」とトモヨ。
「そっか? ただの移動にすぎひんと思うけどな〜」
俺は素っ気なく返答する。
「そやそや、これから夜景見にいこ〜や〜」とマオミ。
「夜景ってどこまで?」
「生駒の夜景、前の彼氏と見たことあるねんけど、綺麗やんな〜」
今、俺が走っているところは京都府の南部、生駒とは奈良県である。
「いやだ」
俺は即答した。
「なんで〜? 明日なんもすることないって言うてたやん?」とマオミ。
「遠いし、ガソリン代もかかるもん」
「じゃあうちとトモヨもガソリン代出すわ〜。それやったらかまへんやろ? な、夜景見にいこ?」
「それでも嫌やねん」
「なんで、わからへんわ〜? なんで?」
動物たちが火を恐れるように、本能的に拒否してしまった。俺は理由を考えてみる。彼女たちは彼氏との交際がマンネリ化していて、ロマンを欲している。そのつけがたまたま俺にまわってきているようにしか思えない。
「わしゃ、タクシーの運転手やないねんからさ〜。夜景見たいねんやったら勝手に行けばえ〜やん」
「そやなくってぇ、小日向くんといっしょに見たいな〜ってうちら思ってるねん」とトモヨ。
「そ〜そ〜考えてみ〜、若い女二人とドライブ。しかも夜景やで〜。小日向くん幸せもんやで〜」とマオミ。
たしかに今までの人生でこんな機会はない。先祖にたいして自慢したいくらいだった。だが、はたして俺は幸せ者なのだろうか?
…………否!
「だって二人とも彼氏いるじゃん! そんなの意味ないじゃん!」
俺はだだっ子口調で叫んだ。フロントガラスにツバキが飛んだ。
「え? なんでそこで彼氏が出てくるん?」とマオミ。
「せっかく夜景見ていい雰囲気になっても、つきあえないじゃん! セックスできないじゃん!」
「そんなの彼氏がいてもわかんないと思うで」とマオミ。
「ね、ねぇ〜」とトモヨ。
俺は騙されない。うまく口車に乗せられて、無償でロマンティックなんて与えはしない。
「いい雰囲気もなにもさぁ、二人っきりならまだしも三人おって雰囲気できるわけないやん。ムードが出てきても、女二人でバカ笑いされたら俺はちぢこまるしかないで」
今夜の俺はいつになく強気で頑固だ。それもマイナス方向にむかって……。
「あ、あ〜、そゆことね。二人っきりがええんやね〜。それやったらさ〜、うちは帰るから、トモヨと二人で夜景行ってきたら〜?」
「え〜っ、急になに言うの〜?」とトモヨ。
「小日向くんと二人になるの嫌なん? 失礼やで〜」
「嫌やないけど、ちょっと照れるわ〜」
たしかトモヨは彼氏と微妙な立場にあるはず、これはチャンスかもしれないのだが……。
「どう? トモヨに夜景見せたげ〜な〜」
俺は考えた。女と二人っきりで土曜の夜に夜景を見る……いくら恋愛経験の少ないお前でもなにかを期待せずにいられない状況じゃないか。
「……嫌やわ。やっぱ帰るわ」
え、え〜っ! 女性陣のどよめき。俺は間違ってるのか、正しいのか、答えはわからない。
「女の子の誘いをどうして断る? 気でも違ったのか?」
誰かの声が聞こえる。ハンドルを握っていたはずの俺は星々が輝く銀河の中に放り出されていた。声の位置は、わからない。
「俺に語りかけるやつ、誰やねん! どこから話しかけてんねん!」
「私は過去も未来も超越した存在。しいて例えるならお前自身の内なる声だ。お前に迷いがある限り、時計の針を進めることはできない。答えよ! なぜ夜景を拒む? まさか、ただ面倒くさいわけでもあるまい?」
「ちがう、そこまで無精者じゃないよ」
「もしかしてドッキリだと思っているのか? お前が夜景に行くって口にした瞬間、仕掛人が乗り込み、台無しにするとでも?」
「い、いや……ドッキリだなんて考えたこともなかったわ」
「一度出した答えを変更できない子供じみた頑固さか?」
「俺は気分で生きているから、それはないと思う」
「我ながらややこしいやつだな。じゃあいったいなぜ?」
「それは、きっと、ヤツらの思い通りにはなりたくなかったからだ!」
「ヤツらとはまた漠然としているな。具体的には誰のことだ? マオミやトモヨのことか?」
「違う、彼女たちは駒にすぎない。もっと背後に大きくそびえるもの……少数派の考えや個性をねじ伏せようと干渉してくる大いなる父……その名はアメリカ合衆国だ!」
「……この状況にアメリカは関係ないよね? ただの夜景の話だよ?」
「すいません。つい勢いで」
「ちゃんと考えてよね。で、ヤツらってなに?」
いまいち正体の見えない『ヤツら』
俺はその『ヤツら』とずっと戦い続けた気がする。
「しいて言えば、思考を放棄してしまった多数派の人たち」
「ほう……」
「たとえば、俺は、嫌なんだ。観覧車が一番高い位置にきたタイミングで告白するとか、花束の中に指輪をひそませるとか……そういう、一見工夫してそうに思えるけど、その実どっかから借りてきたような手法を恥ずかし気もなく実行する連中が俺は大嫌いなんだ。ヤツらは目的のために手段を選ばなそうやん? 平気で親友を裏切りそうやん? そして、それ以上に嫌いなのが、安いロマンティックにあっさりよろめき、抱かれてしまう女たちなんだ!」
「君は、そんな世の中の風潮が許せないわけだ」
「俺は……カラオケとかで流行りのラブソングを歌ってくれと懇願するような女が、大嫌いだった! そうだ、こんな大事なことを忘れかけていたなんて!」
「甘いムードのラブソングを歌えば、戯れに肩くらい抱けるとしてもか?」
「あぁ、そんな要求つっぱねて、スーダラ節でも歌ってやるさ!」
「どうやら、答えが出たようだな。もうお前は一人で大丈夫だ」
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