第89話 魔王の部屋 Ⅲ


「じゃああんたが何故魔王になったのか教えてくれないか?」


 サタンはしばらくの沈黙の後ゆっくりと口を開く。


「そうじゃな、気になっているようじゃし教えてやろうかのう。まぁそう言ってもさっきの話の続きなんじゃけどな」


 サタンは再びソファーを座り直し話す姿勢をつくる。


「あれはわしがまだ城に仕えていたときじゃった。ある日、ある村に魔人が出たという話があってな。城の兵であるわしはその魔人を討伐しにその村に向かったんじゃ」


「もしかしてそれがさっきゼガールの話で出てきた」


「そうじゃ、ゼガールの母親のことじゃ」


「ということはゼガールの母親を……」


「待て待て、そう早まるではない。話にはまだ続きがあるんじゃ」


「話を遮ってすまない」


「それじゃあ話の続きに戻るぞ、わし達城の兵士は何事もなく無事その問題の村へとたどり着いたんじゃ。そこで魔人を討伐する手筈だったんじゃが、わしらの出番が無くなってしまってのう」


「出番が無くなるってどういうことだ?」


「既に何者かに討伐されておったんじゃよ。と言ってもやったのは村の連中じゃがな」


 サタンは顎の髭を撫で付けながら過去の記憶を探すように部屋の天井を見つめる。


「そこで何もすることがなくなったわし達兵士は城へと帰ろうとしたんじゃが村の連中がまだ魔人の子どもがいると言ってな、わし達は魔人の子どもを探すことになったんじゃ」


「そこで見つけたのがゼガールってわけか」


「そうじゃ、やつはまだ幼くてな。見つけたときには次は自分の番かと震えておった」


 サタンはそこでお茶に口をつける。

 彼はお茶を飲んだ後しばらく苦い顔をしていたがそれはお茶を飲んだことからの顔なのか、それとも自分が話している話の内容に対しての顔なのか俺には判断がつかなかった。


「そこが初めてかのう、いくら魔人と言えどこんな子どもまで討伐する必要があるのかとわしが疑問に思ったのは。じゃがあの頃のわしは下っ端で周りに意見することが出来ない人間じゃった。そんな城の兵士であったわしはしぶしぶ他の連中にこのことを知らせに行ったんじゃ」


「…………」


「そこでわしはとんでもない光景を見てしまったんじゃ。兵士達が死んでいる魔人の体を笑いながら剣で切りつけている光景をな。それはもうひどい光景じゃった。それでも切りつけるのを止めない兵士達を見てわしは思ったんじゃ、狂っておるとな。そこでわしは急いでゼガールのもとへと行ってここから離れようとしたんじゃが、やつは既にわしの後ろで自分の母親が剣でなぶられる光景を見て泣いておった。じゃがそんなところで大声を出したら他の兵士に気づかれるのは必須じゃ。じゃからわしは慌ててやつを抱き抱えて逃げたんじゃ。遠くへ遠くへ誰にも見つからないようにな。それからゼガールと共に生活しながらゼガールと同じような境遇の魔人や吸血鬼を助けているうちに気づいたら魔王と呼ばれるようになっておったというわけじゃ」


「そんな過去が……」


 俺はゼガールの境遇を聞き、人間と魔王のどちらが正しいのか分からなくなっていた。

 それと同時に様々な感情が込み上げて来ていた。


「お主、どうしたんじゃ?」


「すまない……思い出したくないことを思い出させて」


「なにこれは何十年も前の話じゃ、それにお主が気にすることはない。聞きたいことはこれで終わりかのう」


「ああ今日はありがとう、俺達は町に戻るよ」


「気をつけて帰るんじゃよ」


 それから俺達は魔王の部屋を離れ、町に戻ることにした。

 ガンゼフから受けていた魔国調査の依頼も今はする気になれなかった。

 俺の中で想像していた魔王と実際の魔王は異なり、とても人間に害を与えているようには見えなかったのだ。

 そんな魔王を倒すための調査をするなど俺には到底出来そうにない。

 しかしそんな俺の気持ちとは裏腹に現在進行形で勇者一行は魔王を倒しにカタストロに向かっている。

 つまり人間が魔国に攻め入ろうとしているのだ。

 果たして俺はどちらの味方をすればいいのだろうか。

 町に戻っている間、そのことが頭の中をずっと回り続けていた。


◆◆◆◆◆◆


 俺達が森を抜け町の門の前にたどり着いたときには日が暮れて夜になっていた。

 しかし町は夜にも関わらず門の前からでも分かるほど賑わいを見せている。

 何かのイベントでもやっているのだろうかと門の前から町の中を覗き見るが人だかりが多くよくは見えない。

 そんな俺の状態を見てか門番が俺達の前へと歩み出てきた。


「お前らもしかしてこの騒ぎが気になるのか?」


「ああ、何かイベントでもやっているのか?」


「そうかお前らは見てないんだな。さっきこの町に勇者一行がやって来たんだよ」


「勇者が!? もう着いたのか」


「それだけじゃないぜ。あの四強も勇者と一緒に来ているんだ」


 四強、そういえば以前リーネに聞いたような気がする。

 確か冒険者の中で最も強いと言われている人達だったか。


「その四強も一緒に魔王を討伐するのか?」


「よく分からないが一緒に来ているんだったらそうじゃないか?」


 強さはよく分からないが冒険者の中で最も強いとされる四強だ。

 全員の強さがあのガンゼフほどだと仮定しても、とてもあの魔王率いる魔王軍では太刀打ち出来そうにない。

 例え俺が魔王軍に加勢したとしても結果は変わらないだろう。

 それにそもそも人間と戦いたくない。


「そうか……出来ればそんな事態にはならないで欲しいんだがな……」


「あ? 何か言ったか?」


「いや何でもない。とりあえず門を通してくれないか?」


「おう、そりゃ悪かったな。とりあえず持ち物を全て見せてくれ」


「持っているのはこれだけだ」


「ふむ、問題が無さそうだから……よし、通っていいぞ」


 そして俺達は町の門をくぐり抜け町の中に入る。


「それにしても人が多いな」


 昨日とは比べ物にならないくらいの人の多さに目眩がする。


「まぁ勇者達が来ているんだし仕方ないんじゃないかしら。それよりもさっき門番の人に聞いたら魔法のショーがこの先でやっているみたいなのよ。どうせ暇だし皆で見に行かない?」


「賛成……」


「私も見てみたい」


「どんなことやってるのかな?」


「俺も興味があ……」


 俺も仲間の四人について行こうとしたそのときだった。


「危ないっ!!」


 そんな誰かの掛け声と共に真横から俺に向かって一つの火の玉が飛んでくる。

 避けようにも避けた後の火の玉の軌道上にはたくさんの人がいて避けることが出来ないでいた。


「くっ!」


 避けることが出来ない俺は魔力を腕に纏い両手をクロスして火の玉を打ち消す体勢に入る。

 体勢に入った直後、ゴーン! という大きな音が耳の中で響いた。


 上手く打ち消せたか?


 俺が体勢を元に戻して状況を確認しようとしたときである。

 突然体の力がふっと抜け、立つことが出来なくなってしまった。


 おかしい……。

 火の玉を受けただけで……。

 ダメージも無かったはず……。


 倒れる視界の中でピエロみたいな衣装を身に纏った人物が大慌てで俺に駆け寄ってくる。

 どうやら今の火の玉は元々魔法のショーの演目の一部だったようだ。


 これがもし俺ではなく他の人に当たっていたらどうなっていたか……。

 まだ当たっても被害がない俺で良かった……。


 そんなことを思いながらゆっくりと意識を手放した。

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