第88話 魔王の部屋 Ⅱ


「それでどうすれば良いんだ? ここから出ていけば良いのか?」


「いやもう遅いからのう。もうこのままでいいわい。わしは影が出来た原因が知りたかっただけじゃ。もしドラゴンの増加が原因だったら何故そやつらが増えているか調査する必要があったが原因がお主じゃからな、問題ないわい」


 ……はっ?

 魔力を集めてしまうことってわりとどうでも良いことだったのか。


「じゃあ別に俺がいることで何か問題が起きたりしないのか?」


「何を言っておるんじゃ? 魔力を集めたからってどうこうなるわけないじゃろ。それに影も近くによると気分が悪くなるだけでたいして害はない」


 そんな……さっきまでの俺の緊張感を返してほしい。


「ところでお主が何故魔力を集めてしまうのかじゃが……」


 サタンは俺をまじまじと見つめる。

 それから一つ大きく頷いた。


「お主は人間ではないな?」


 魔力の流れが見えるとそこまで分かってしまうのか!?

 突然のことに俺は戸惑いを隠せない。


「俺は……」


「やはりそうじゃな」


 戸惑っていた俺の表情を見てかサタンはやはりなと確信した様子で近くのソファーに座る。


「さぁお主らも座るがいい。いつまでも立っていると疲れるじゃろう」


「じゃあお言葉に甘えて」


「座らせてもらうわね」


「よいしょ……」


「ゼガールよ。お茶を入れて来てはくれぬか?」


 俺達が座るとサタンはゼガールにお茶を出すよう頼んだ。


「は、直ちにお茶を入れて参ります」


 ゼガールがお茶を入れるためこの場を離れる。

 ゼガールの姿が見えなくなったところで突然サタンは俺達に謝った。


「すまない、お主らの心情はどのようなものかはわしには分からないがまずは謝らせてくれ」


「いきなりどうしたんだ?」


「ゼガールじゃよ。あやつはしばらくここを離れていたからな。きっと何か良からぬことをしているじゃろう?」


「確かにゼガールは許すことが出来ないことを人間に多くした」


「そうか……人間嫌いのあやつならばやるだろうと思っておったがやはりしていたか」


「何であんなにゼガールは人間を敵視しているんだ?」


「何から話していいか分からんがそうじゃな……何がゼガールをそこまでさせたかということじゃけど原因はあやつが魔人ということじゃろうか」


「魔人?」


「そうじゃ、魔人じゃ。見た目は人間に近いものの腕力、魔力、知力の全てにおいて人間より勝っていると言われている種族じゃ」


「それなら知っているわ。大昔の魔王も確か魔人だったはずよ」


 ソフィーは自分の答えが正しいかを確認するためかサタンをじっとみつめる。


「そうじゃな。大昔の魔王も魔人じゃった。だがそれは大昔の話じゃ。今いる魔人が必ずしも魔王になるということはない。むしろ絶対数が少ない分可能性としては低いくらいじゃ。しかし人間はそうは思わなかったんじゃな」


「もしかして人間はまだ魔人のことを?」


「そうじゃ人間達は魔人こそが魔王の種だ、魔人さえいなければ魔王は生まれてこないと考えたんじゃ」


「魔人がいなくなったって現にあんたが魔王のように他の種族でも魔王は生まれてくるだろ」


「一種のトランス状態だったんじゃよ。誰もそんなことは考えなかった。このわしも含めてな」


 サタンはそのときのことを思い出してか悔いるような表情をしながらも話を続ける。


「そんなときじゃゼガールが生まれたのは。あやつは人間と魔人のハーフとして生まれたんじゃ。この先詳しいことは聞いておらんがあやつら家族はしばらくの間幸せに暮らしたそうじゃ」


「何かあったのか?」


「そうじゃな……あやつが十のときと言っていたかのう。魔人であったあやつの母が殺されたのじゃ、人間の手によってな」


「それから人間嫌いになったのか?」


「そうじゃろうな……それから色々あって今に至るというわけじゃ。さてこの話はもう終わりじゃ。そろそろあやつも戻って来るじゃろう」


 サタンはそれだけ言うと今まで何事もなかったかのようにソファーを座り直す。

 それから少ししてゼガールがお茶を乗せたお盆を手に持ち戻ってきた。


「魔王様、遅くなって申し訳ございません。ただいまお茶をお持ち致しました」


「ありがとう、ゼガール。そちらの客人にもお茶を入れてやってくれ」


「はっ、畏まりました」


 ゼガールは俺達に向き直ると先程サタンに見せていた顔とはまったく真逆の嫌そうな顔をする。

 本当に人間が嫌いらしい。


「貴様に茶を入れるのは癪に障るが魔王様の頼みだ。ありがたく飲むがいい」


「ありがとう、ゼガール」


「貴様に礼を言われる筋合いなどない! 分かったらさっさと茶を飲んで帰るがいい!」


 ゼガールは他の人の分のお茶を入れると部屋の奥へと引っ込んでいってしまった。


「カズヤ殿、どうかゼガールを悪く思わんでくれ、あやつも色々考えておるんじゃ。今後はあやつが間違った道に行かないようにわしがしっかり見ておくわい」


 サタンがそこまで言うのならばゼガールのことは心配いらないのかもしれない。


「よろしく頼むよ」


「わしに任せるんじゃ。さて、そろそろ本題に入ってもいいかのう?」


 本題……確か俺のことについてか。


「ああ、大丈夫だ」


「そうじゃな、まずお主が人間ではないということで良かったかのう?」


「確かに今の俺は人間とは言えない」


「うむ、それでわしが何故お主が人間ではないことが分かったかというとなお主の魔力を見てなんじゃよ」


「俺の魔力は普通と何か違うのか」


「そうじゃお主の言う通りお主自身の魔力は普通とは明らかに違う」


「一体どこが違うって言うんだ?」


「大きさじゃよ。普通の人なら体という器の大きさ以上に魔力を保有出来ない。しかしお主はその制限を優に越して体の三倍以上に魔力を保有しているんじゃよ」


「俺はそんなに魔力を保有しているのか」


「そうじゃ、それだけあれば魔法も発動し放題じゃ。じゃがそれ以上魔力を蓄え続けると何が起こるかわからん。くれぐれもこれ以上は魔力を保有しないようにな」


 笑いながらもサタンの目は本気だった。

 もしこれ以上魔力を蓄え続ければ良くないことが起こる。

 何が起こるか分からないと言いながらもそう確信を持っているようなそんな印象を受けた。


「ところでこれ以上魔力を保有しないようにってどうするんだ? 今の俺は知らないうちにこうなっていたわけで別に意識してないぞ?」


「それはじゃな、戦わないことじゃ。戦ってレベルを上げなければ魔力も増えない」


「それは……」


「そうじゃな、見たところ冒険者のみたいじゃし戦いは避けられそうにないのう。現状は戦いを必要最低限にして魔力の増加を抑えるしかないじゃろうな」


「現状はそれしかないか」


「まぁ何かあったらここに来るがよい。これでわしの話したいことは全て話したがお主らは何かわしに聞きたいことはあるかね?」


 聞きたいこと。

 やはりサタンが何故魔王になったのかだろうか。

 彼はどう考えても魔王ではなくただの優しいおじいさんである。

 そんな彼が魔王になった理由が気にならないわけがない。


 俺はバッと勢いよく顔を上げ、サタンの顔を見る。

 そして数秒の沈黙の後言葉を発した。


「じゃああんたが何故魔王になったのか教えてくれないか?」

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