第80話 カタストロへ Ⅲ


 俺は倒れたままの白いオオカミが心配になり恐る恐るそのオオカミへと歩み寄る。

 一歩一歩ゆっくり近づきすぐ側までたどり着くも白いオオカミは何の反応も示さず、ただゆっくりと呼吸をしているだけだった。


「これは酷い傷だな」


 見るだけで分かる痛々しい切り傷の数々。

 そんな白いオオカミをここまでしたのはさっきの灰色オオカミの集団なのだろうか?

 とにかく今はこのオオカミを助けることが優先だ。

 一度助けると決めたら最後まで助けるのが俺。

 助けた後に襲いかかって来るようなら俺が相手をすればいいだけだ。

 これで何も問題がない。


「とりあえず戻るしかないよな」


 ため息を吐きたい気持ちになるがグッとこらえる。

 命を救うためだ。

 頭痛の一つや二つくらいなんともなくはないがやるしかない。

 覚悟を決めるしかないのだ。


 そして覚悟を決めた俺はさっきまで使うまい使うまいとしていた『探知』を発動した。


 今回は範囲も方向もしていないため自分にかかる負荷が大きい。

 まだ始めて間もないが早いところソフィー達の居場所が見つかることを祈るばかりだ。


「そろそろ来るか……」


 予想していた通り激しい頭痛が俺の頭を襲い始める。

 それからどれくらいだろうか、体感では永遠にも感じられた。

 終わってみれば実際には数分だったが見事俺は永遠にも感じられた痛みに耐え抜き、ソフィー達を見つけることが出来た。


「くっ……結構離れてるな。だがこれで」


 無事ソフィー達を見つけた俺は倒れている白いオオカミを抱え上げ森の中を全速力で走る。

 暗い森の中を颯爽と駆け抜けようやく森の入口が見えてきたところで足を止めた。


「ここまで戻ってきたけどいま考えたら今俺って魔物を連れてるんだよな」


 いきなり飛び出したら驚かせてしまう。

 そう思いゆっくりと森の入口へと向かう。


「一体どこに行ってたのよ!」


 俺が森の入口にたどり着くと既に起きていたソフィーに俺は怒鳴りつけられた。

 どうやら既に野営の準備は済ませているみたいだ。


「いや……すまん」


 そう返すことしか出来ない。

 俺にまともな言い訳があるわけがない。


「それよりもお兄ちゃん、背中のそれは何?」


 背負ってたらそれは気にはなるか。


「この背中のやつはな……」


 それからこの状況、枯れ枝を探していたらこの魔物にあったことそれから助けたことを話した。


「……事情は分かったけど本当に回復魔法かけるの? 襲ってくるかもしれないわよ?」


「そうなったら俺が対応する」


 ソフィーは俺の答えに悩むも比較的短い時間で判断を下す。


「仕方ないわね……」


 ソフィーが回復魔法を発動しようとしたところであかりから待ったがかかった。


「それなら私がやるよ。ソフィーちゃんは疲れてるでしょ?」


「……確かにそうね。明日のこともあるしお願いできるかしら」


「私には今これしか出来ないから任せて!」


 あかりはそう言って『回復魔法』を発動させる。

 途端に緑色の光が白いオオカミの体を包み込んだ。


「……アウゥ」


 さすがは『回復魔法』でオオカミの傷はどんどん塞がっていき、ものの数分で全ての傷が塞がった。


「ウゥウ……」


 光が収まるのと同時にオオカミが目を覚ます。

 目を覚ました途端、オオカミは驚いたように目を見開くがそれも一瞬で冷静に周りを確認し始めた。


「気づいたようだな。俺の勝手だが助けさせてもらった」


「ワウッ……」


 俺の言葉で全てに気づいたようだがオオカミは不服そうに顔を背ける。


 どうやら助けられたことが相当嫌だったみたいだ。


「悪かったな。でもあのままだと危なかっただろ」


「……」


 オオカミは顔を背けたまま何も答えない。


「すごいわね。ここまで人間の言葉が分かるなんてそうそういないわよ」


 俺とオオカミのやり取りをずっと横で聞いていたソフィーはオオカミの賢さに驚いていた。


「そんなものなのか?」


「そんなものよ。人間の言葉が分かるなんて昔人間と住んでいた魔物か古代からいるそれこそ上級竜みたいな魔物しかいないわよ!」


 このオオカミは古代からいるって言う感じもしないし昔人間と一緒に住んでいたのかもしれない。


「そうなのか?」


「……」


 オオカミに聞くが顔を背けたまま微動だにしない。

 このままの姿勢を貫くつもりのようだ。


「いくら聞いても反応なしか……とにかく傷が癒えたとは言ってもまだ体力は戻ってないだろうから今日はゆっくり休んでくれ」


 俺がオオカミの食べられるものを探しに馬車へ向かおうと後ろを向いたときオオカミが一つ大きく吠えた。


「アウッ!」


 その声に反応して俺はオオカミの方を見る。


「まったくよく分からないな」


 後ろを見ると当のオオカミは頭をちょこんと地面につけてお辞儀をしていた。


 助けたらそっぽを向かれ、そうかと思ったらお辞儀をされる。

 オオカミのコロコロと変わる態度にどう対応していいか本格的に分からなくなってきた。


「ちょっといいかしら?」


 そんな俺にソフィーがちょいちょいと手招きをする。


「なんだ? ソフィー」


「私思ったのよ……」


「……」


 何だか嫌な予感がする。

 はっきりとは分からないがそんな空気をソフィーからバシバシと感じる。


「あのオオカミを仲間にしたらいいんじゃないかしらって!」


 何を言い出すかと思えばあのオオカミを仲間にするだと?

 さっきまでの俺とのやり取りを見ていなかったのだろうか?

 とても仲間になりそうな友好的な雰囲気をしているとは思えない。


「ソフィー、あのオオカミはな……」


「じゃあ後はよろしくね! 吉報を待ってるわ!」


 ソフィーはそれだけ言うと他の三人のもとへと向かった。


「無理を承知でやれってか」


 それからオオカミが食べられそうな肉を馬車から持って白いオオカミのもとへと向かう。


「おい、食べられそうなもの持ってきたから好きに食べてくれ。ここに置いておくからな」


「……」


 やはり反応はしないのか。

 結果は目に見えているが一応アレについて聞いておかねばならない。


「あのな、俺達と一緒に来ないか?」


 オオカミはチラッと一瞬目をこちらに向けるもすぐに目を逸らす。


 やはりダメだったか。

 まぁそうだよな。

 態度からして分かる。


「いきなり変なこと聞いて悪かったな。じゃあ俺は行くよ」


 予想通りの結果を受けた俺はオオカミから逃げるように遠くで火を囲んでいる四人のもとへと向かった。

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