第7話 ◆少女の記憶◆


Side リーネ


 私はどこにでもある平凡な村で生まれた。

 私の父は村で唯一の木こりで村の生活を支えると同時に村のみんなから尊敬もされていた。

 幼い頃はそんな父に憧れを抱き、よく一緒に山に行ったものだ。


「おとうさん! 早く早く、こっちだよ!」


「リーネや、ちょっと待ってくれ。もう体力がもたん」


「おとうさん、そんなんじゃ木こりとしてやっていけないよ」


「むむ、リーネにまで言われてしまうとは本格的に体力をつけた方が良いかもな」


「おとうさん、そればっかり言っていつもやらないじゃない」


「ハハ、そうかもな」


 父とはそんな会話を父の仕事の帰り道によくしていた。

 父と一緒に家に帰ると母がよくアップルパイを焼いてくれていたので、それが楽しみで父の仕事についていっていたのもあるかもしれない。


「おかあさん、ただいま!」


「あらお帰りなさい、リーネ」


「今日もアップルパイある?」


「もちろんよ。まずは手を洗ってらっしゃい」


「はーい」


 そして私の幼なじみはよくアップルパイ目当てで私の家に遊びに来ていた。


「リーネちゃん! いる?」


「あら、ソフィーちゃん遊びに来たの?」


「うん! リーネちゃんいる?」


「いるわよ。さぁ上がって」


「お邪魔します」


 私はアップルパイがある日に限って遊びに来るソフィーをあの頃はあまりよく思っていなかった。


「また来たの?」


「また来たとは失礼ね。来てあげたっていうのに」


「来なくて良いわよ。アップルパイがその分食べられなくなるでしょ」


 私たちはそんな他愛のないことでいつも喧嘩をしていた。

 そんな生活はなんやかんやで楽しかった。

 父の仕事についていったり、幼なじみと喧嘩をする毎日。それはいつまでも続くと思っていた。


 でもある日を境にそんな生活は跡形も無く崩れた。



 あれは私が十四歳の時のこと、父がいつもより早く家に帰って来ると私と母、それにたまたま遊びに来ていたソフィーに向けてこう言った……。


「早く家の地下に隠れろ! 魔物の群れが襲ってきた!」


 その言葉を聞いて今までに感じたことのない恐怖を感じその場で立ち尽くしてしまう。


「何をしてるの早く隠れて!」


 だがそれも束の間、ソフィーの言葉で咄嗟に我に返った。


 ──そうだまず地下に隠れなきゃ。


 そう思い父を連れて地下へと避難しようとする。


「お父さんも早く!」


「すまないリーネ。私は村の皆にこの事を伝えなければいけない。大丈夫だ、必ず戻るから安心して隠れてなさい」


 でも父は私に謝るだけで避難しようとはしなかった。

 そんな父の背中を私は引き止めようとするが母とソフィーに止められてしまう。


 ──どうして? お父さんが心配じゃないの?


 そう思いしばらく抵抗するも私の体はビクともしない。

 その間に父は家の外へと行ってしまった。


「どうして止めたの?」


「ごめんねリーネ。でも今はお父さんを信じて隠れなさい。大丈夫きっと帰って来るわ」


 母は私に薄く微笑むと私の頭を優しく撫でた。

 違う、私が聞きたいのはどうして止めたのかだ。謝って欲しいんじゃない。

 その思いを口に出そうとするが出来なかった。


「リーネ、あなたのお父さんは村のみんなを助けに行ったのよ。そんなの止められるはずがないじゃない。リーネは村のみんながいなくなっちゃってもいいの?」


 ソフィーが私を抱きしめていたからだ。


 そんなことはわかっている。でも止めずにはいられなかった。

 止めなければ何かもっと大事なモノを失ってしまうような気がしたから。


 父を選べば村の人達が犠牲になり、村の人達を選べば父が危険にさらされることになる。

 そんな状況にただ呆然とするしかなかった。


 それからどのくらいの時間が経ったのだろうか……。

 数時間前から地下に鳴り響いていたドタドタという足音が聞こえなくなり私たちは地上に出た。

 地上は数時間前に村があったということさえも分からないくらいに酷い有り様だった。

 村にいくつもあった家のほとんどが住めない状態になっていて地面のいたるところに体が一部無くなっている村の人達の死体があった。その中によく知っている顔の人が倒れていた。


「あ……」


 声にならない声を出す。

 父は結局あれから私たちの元に帰ってくることはなかった。

 それもそうだ 、そこで倒れている人こそが私の父だからだ。

 慌てて父に駆け寄るも既に息をしていなかった。


 私は間違っていた。

 もっと強く止めていれば良かった。

 そもそも他の村に住んでいればこんなことには……。


 頬から流れる涙と一緒に次々と後悔が押し寄せるがすでに遅い。それに父に対しても怒っていた。


 どうして戻ってくるなんて嘘をついたんだ。


 理屈では父は安心させるためにそう言ったのだと分かっていた。だが心では納得出来なかった。


 その日からだろうか、私は大人という存在を信じなくなった。

 信じてしまったらまた同じを過ちを犯してしまう。

 もう二度と同じ過ちを繰り返さないと決意した。


 これ以上私の大切なモノを無くさないように……。


 だがそれでも大事なモノは無くなった。

 母が流行り病にかかって亡くなってしまったのだ。


 母は最後まで大丈夫だと言っていたが私は信じなかった。

 信じなければきっと助かると信じて……。

 私はまた後悔した。そして再び同じ過ちしてしまったことを情けなく思った。


 そんな私に唯一残った最後の希望……。

 せめてソフィーだけは絶対に無くさない。


 だが現実は残酷で私たちはある男に奴隷としてさらわれてしまった。捕まってから私は毎日考えていた。


 どうすればソフィーをここから助けられるか。


 そんなことを考えていたある時、誰かが話しかけてきた。


「どうしたんだ? 泣いていたみたいだけど。良ければ話を聞くよ」


 私は話しかけられた事に驚き咄嗟に相手を確認する。

 話しかけてきたのは見馴れない格好をした同年代くらいの奇妙な男だった。


 ──私たちをさらった男の仲間?


「別に怪しい者じゃないよって言っても信じてもらえないか……ハハ」


 何が怪しくないだ。


「本当に怪しい者じゃないんだけどむしろ被害者かな」


 そんなの信じられるわけがない。だから私は男に言ってやった。


「信じられない! 大人はいつもそうやって騙すのよ」


 どうやら男は帰っていったようだ。

 あの男は何だったのか。単純に疑問に思ったがあまり気にしないことにした。

 だがまたあの奇妙な格好をした男は現れた。しかも今度は寝込みである。

 一体何をしようとしたのかと警戒していると男は突然変なことを言い出した。


「実は俺は幽霊なんだ……」


 初めは何を言っているんだとしか思っていなかったが変なことを真剣に話している姿が次第に可笑しくなった。

 だからだろうかその男にソフィーのことを話してしまった。

 その男はソフィーを助けるなんて言っていたがどうせ無理だ。

 そもそも幽霊がどうやって助けるというのか。

 それに首輪だって……。

 そんなことを思っているとその男は私の首へと手を伸ばし、いとも簡単に首輪を外してしまった。

 つくづくよく分からない男だ……。



「だけど最後にしては楽しかった」


 私は奴隷オークションが開催されている中で一人昔を思い出していた。

 幼い頃のこと……。

 父のこと……。

 母のこと……。

 ソフィーのこと……。

 そしてあの奇妙な格好をした男のこと……。

 だがそれも最後だ。次はソフィーがオークションの商品として出てくる。私はそこでソフィーを助けるつもりだ。

 それは無駄なことかもしれない。すぐに取り押さえられてしまうかもしれない。

 だが何もせずにはいられない。何もしなかったらきっと後悔する。


 そして私はそのときが来るのを待った。だが待っても待ってもソフィーは現れない。


 ──何かあったのだろうか?


 疑問に思ったのも束の間、ドスンッと大きな音が聞こえる。音の聞こえた方を見ると……。


「やべ、落とす場所間違えた」


 あの奇妙な格好をした男が立っていた。

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