第6話 捕らわれの少女


 路地裏に引きずり込まれた後布で口と目を封じられる。


「んんん……」


「ちょっと黙れ」


 必死に身動ぎをするもがっしり何かに固定されて動けない。


「アニキ、もう首輪つけちまいましょうぜ」


「そうだな。お前がやれ」


「分かりましたぜ。おい、動くなよ!」


 首輪!?これから一体何をされるのだろうか。

なにも見えない状況に恐怖していると俺の首に何やら金属の質感を感じる首輪みたいなものが嵌められる。


「もうすぐだな。おい、周りに誰もいないか確認しろ!」


「分かりましたぜ、アニキ」


しばらくすると扉を開ける音が聞こえ、階段を降りるように促される。


「おい、さっさと降りろ!」


「んんん……」


──いやいや目隠しされた状態で階段降りるとか無理だから。もし転んで下まで落ちたらどうすんの。死んじゃうよ!あ、もう死んでるか。じゃなくて一体どこに連れていかれるんだ。


 動かない俺に痺れを切らしたのか二人組の内どちらかが俺を担ぎ上げた。


「焦れったい、さっさといくぞ」


「アニキ、待って下さいよ」


 長い時間コツコツと階段を降りる音が辺りに鳴り響く。

 どうやら相当地下深くまで降りているらしい。


「ちょっと扉を開けてくれ。俺はこの通り手が塞がっているからな」


「すみません、アニキ。今開けますんで」


 ようやく下まで降りたのかまたもや扉を開ける音が聞こえる。

 それからしばらく担ぎ続けられるがガチャっと音が聞こえると何の前触れもなく投げられた。

 え?人ってそんな飛ぶんだと思っていたのも束の間、顔面から何か固いものにぶつかる。


「ぶへっ!」


 人を投げるなんてどういう神経してるんだと心の中で悪態をついていると封じられていた口と目が解放された。

 明けた視界には石の壁と鉄で出来た格子、申し訳程度しかない藁が地面に敷かれているさながら牢屋のような光景が広がっていた。


「アニキ、商品もうちょっと丁寧に扱わないと売れなくなりやすよ」


「何言ってるんだ? これはただの数合わせ、男なんて売れたとしてもせいぜい十万コルクくらいだろう」


「それもそうですね、アニキの言う通りでさ」


 男二人組は一通り話終わると俺に顔を向けこう言い放った。


「しばらくそこで暮らしてな。あと一週間もすれば良いご主人様に巡り会えるかもしれないからよ。じゃあな」


 男二人組はその後ガハハハと笑いつつこの部屋を後にした。

 その光景にようやく自分が置かれている状況を理解する。


「これってもしかして俺誘拐された?」


 先程の会話を聞いている限りどうやら一週間後に売り飛ばされるらしい。


「それにこの首輪ってもしかして隷属の首輪とかそういうやつ?」


 そう言いつつおもむろに自分の首に嵌められている首輪をさわる。


 ──この首輪って何か効力とかあるのか?よく命令にそむくと首が絞まるとか死ぬとか聞くけど。


 一回調べてみるかと首輪に『実体化』で説明が出るように念じると説明文が目の前にポップアップ画面として表示される。


 『隷属の首輪』・・・嵌められた者の行動を制限する首輪。嵌めた者の命令に背くと首が絞まる。


 ──まんま隷属の首輪かよ。それに首が絞まるって恐怖以外のなにものでもないな。


 何とか外せないかと首輪に手を当てて外そうと試みるも首にぴったりとくっついており指一本も入らない。

 どう外すか考えた結果、自分自身の『実体化』を解けば外せることに気づき『実体化』を解除する。

 解除すると首輪がゴトと音を立てて石畳の上に落ちた。

 どうやら外すことに成功したみたいだ。

 幽霊の俺が実体化することよりも解除する方が意識を使うとはまったくおかしな話である。

 そんなことよりもさっさとここから出ようと鉄の格子をすり抜けたときである何処からか少女がすすり泣く声が聞こえる。


 霊体のまま声のする方へ行ってみるとまだ中学生くらいのショートボブの女の子が両腕で膝を抱えて座っていた。

 少女は見るからに衰弱しており体も薄汚れていることから、だいぶ前にここに連れてこられて来て満足に食事を与えられていないことを窺わせた。


『そりゃ俺以外にもいますよね被害者』


 その場で実体化し少女に語りかける。


「どうしたんだ? 泣いていたみたいだけど。良ければ話を聞くよ」


 少女はガバッという音が聞こえてきそうな勢いで顔を上げた。


「だ、誰!?」


 どうやら警戒させてしまったみたいである。


 まぁ牢屋の外にいる時点で警戒されて当然かと一人納得する。


「別に怪しい者じゃないよって言っても信じてもらえないか……ハハ」


少女は無言かつ親の敵でも見るような目でこちらを見る。


「本当に怪しい者じゃないんだけどむしろ被害者かな」


「信じられない! 大人はいつもそうやって騙すのよ」


「ごめん、また出直すよ」


 いたいけな少女を置いて自分だけ上に戻ることなんて出来ない。

 そう思い大人しく自分がいた牢屋に戻った。

 戻った後牢屋の中の申し訳程度しかない藁にくるまり今後のことについて考える。

 後一週間もすれば俺達は何処かに売り飛ばされてしまう。

 それまでに何とかあの少女も含めて捕らえられている人達を助けたいところだが無理に連れ出そうとすればその人達の首輪が絞まる危険性がある。


 どうするべきかと考えていると鉄の格子の向こう側から足音が聞こえて来た。


「おい、食事の時間だ!」


 威圧的な態度で大声を上げた男は先程の男二人組とは違う男みたいだ。

 その男から情報を引き出すため再び自分で首輪を嵌めて鉄の格子に張り付き助けを求めるようにこう言った。


「一体俺はどうなるんだ。教えてくれよ」


 我ながら名演技だなと思っていると男が笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。


「普段なら教えられないがお前達なら関係ねぇ。お前達はな一週間後に開催される奴隷オークションで出品される商品だよ」


「奴隷オークション?」


「そんなに驚いたか。まぁ無理もねぇか」


「そこで俺はどうなるんだ!」


「良いご主人様に巡り会えたら幸せになれるだろうよ。まぁそんなやつこのオークションには参加しないだろうがな。大抵は自分の欲を満たそうとする連中ばかりだ」


 そう言って男は高笑いをする。


「俺の他に何人くらいいるんだ?」


「あ? そんな事が知りたいのか? もっと助けを求めて泣き叫ぶと思ったんだが……まぁいい、お前を含めて二十人くらいだったかな」


「そんな……」


「どうしたんだ。もしかしてお前の家族でも捕まっているのか? そりゃ残念なこった。せいぜいここで最後に別れでも言っておくことだな」


 男はガハハハという笑い声を上げながら俺の前からいなくなる。

 ここに来る男達の間ではあの笑い方が流行っているのか?という無駄な思考を頭の隅に追いやり再び今後のことについて考える。


 情報は手に入ったが今後どうするかさっぱり思い付かない。

 まずは奴隷の首輪をどうにかすることだが一体どうするべき……ん? 待てよ。

 もしかしたらとステータスを開き、スキル取得画面を表示させる。

 そこからさらにスキルを探し目的のスキルを見つけ出した。


 『解除』・・・あらゆるものをMPを消費して解除する。解除するものによってMPの使用量が変わる。


 ──これだ! 問題はSPをどれくらい使うかだが……。


『解除』

解放条件:SP 200


 ギリギリ足りたみたいだ。

 さっそくスキル『解除』を取得する。それから試しに自分の首輪にMPを流して『解除』を使った。

 ガチャ……ゴトという音と共に首輪が地面に落ちる。

 このスキルで問題なく首輪は外せるみたいだ。ちなみにMPの消費だが一回で50近く消費した。

 結構燃費が悪いみたいである。全て解除するのに単純計算で三日はかかるだろう。


 ──でもやるしかないか。


◆◆◆◆◆◆


 人々が寝静まる時間、俺は『実体化』を解除し捕らえられている人達のもとに行き首輪を外し回っていた。

 今日で外し回って三日目だ。


『もう一度嵌めてと』


 体を部分的に実体化させて首輪を外し、再び俺の手で首輪を嵌める。

 こうしないと首輪が無いことがバレてしまうためである。

 もう一度外すときは嵌めた本人が外せばMPを使わず外すことが出来る。これは自分で検証済みである。


『これで残り一人か。今日は大丈夫かな』


 残り一人、それは俺がここに連れてこられた日に見たあの少女である。

 毎回外そうと試みるもすんでのところで気づいてしまうのだ。

 今日も『実体化』を解除して少女のもとにゆっくりと近づく。

 出来るだけ音を立てないように手だけを実体化して首輪に手を伸ばすも……。


「……!?」


 手を払われてしまう。

 手を払われたことに驚き、全身を実体化してしまった。

 しまったと思ったのも束の間、少女と目があってしまう。


「何してるの?」


「いやそれはその……」


 説明出来るはずがないというか説明しても信じてもらえないだろう。

 ここでもし実は幽霊であなたを助けに来ましたと言ってしまったあかつきには頭がハッピーな人と勘違いされてしまうに違いない。

 だがそれでも男には言わなければいけないときがある。

 そう思いありのまま事実を話した。

 だが話を聞いた少女は警戒するわけでも疑わしげな視線を送るわけでもなくただ……。


「……ふ……ふはははは」


 腹を抱えて笑っていた。


「え?」


 予想外だった、まさか事実を話したら笑われるなんて……少し複雑な気分だ。


「何で幽霊がこんな場所に捕まってるの?」


 何とか笑いをこらえようとしているがまだ目もとが笑っている。


「それはもっともだけど」


「ごめんなさい、捕まりたくて捕まった訳じゃないよね。私はリーネ」


 そう言って少女もといリーネは手を伸ばす。


「俺はカズヤだ」


 伸ばされた手を掴み握手を交わした。


「それでなんだけど俺の言ってたことを信じたのか?」


「私は人が近づくとすぐに気づけるの。普通だったらそこの格子から入って来た時点で気づく。逆にここまで来られて気づかない人なんて人間のはずがないもの。それがあなたを幽霊だって信じる根拠」


「なんかよくわからん信じかただな」


 話終わりのリーネの笑顔に少しドキッとして目を逸らす。

 それを誤魔化すために咄嗟に本題へと入った。


「それでなんだが俺は君を助けたいと思っている」


 だがリーネの反応はあまり芳しいものではなかった。


「ごめんなさい、それは出来ないと思う」


「もしかしてこの首輪のことか?」


「それももちろんあるけど……」


 リーネはそこで黙る。それはまるで話してしまって良いのか葛藤しているように見えた。

 しばらく悩んだすえ話すことを決めたのかこちらをまっすぐに見る。


「私には大事な友人がいるの。その人を置いて私だけ助かるなんて考えられない」


「その人っていうのは……」


「うん、同じところで育った幼なじみで今は私と同じで捕まってるの」


 でもリーネと同年代の少女は見なかったぞ? と疑問に思っていると……。


「その子は今ここにはいない。捕まったときになんでも珍しい瞳の色をしているとかで別の場所に移された」


「ということは今はどこにいるかも分からないのか」


 俺はリーネを初めに見た日に聞いたあの泣き声を思い出していた。きっと毎日その子が心配だったのだろう。


「その子は俺が必ず助ける。だからとりあえず俺に首輪を外させてくれないか」


「助けるなんて無理……それに首輪のことならどんなことをしても外せるわけない。私がどんなに試したことか」


 そのときの失敗を思い出しているのだろう、リーネは唇を強く噛んでいた。


「それなら問題ない」


 そう言ってリーネの首に手を伸ばす。するとリーネに嵌められていた首輪がいとも容易く外れ石畳の上に落ちた。


「……!?」


 リーネは信じられないとでも言いそうな目でこちらを見る。


「ちょっと失礼」


 落ちた首輪を拾い再びリーネの首に嵌めた。


「せっかく外せたのになんで?」


「いやだって首輪してないと怪しまれるだろ」


「それもそうね」


 どうやらリーネは納得したようだ。


「急に来て悪かったな。俺はこれで戻るよ」


「いいえ、私の方こそ最後に楽しい思い出ができて良かった」


 そう言ってリーネは笑顔で俺を送り出す。

 だが俺にはその笑顔は悲しみを誤魔化すためのものに見えた。

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