第二十三話 耳なしがナナミをさらいに来る!

『きた。ついにきやがった! ナナミをさらいにきたやつらだ!』


 ラランが教会の扉を、体当たりするみたいに開き、転がり込むように入って来て言った。商店街の階段を、一気に駆け上がって来たのだろう。すっかり息が上がっている。


「いま、どのへんにいるの?」


「じけい団の、つめじょ。カミューにいちゃんと話してる」


「耳なしなの?」


「耳つきのフードかぶってる。でもたぶん、あれ、ニセ耳だ。それに、へんなことば話してた!」


「そう。じゃあ作戦、かいしだね。ナナミはいま、どこにいるの?」


「ルルねぇとかいがんで、けいこしてるよ。ねぇ、ナナミ、つれていかれちゃうの?」


 ルサルが言った。もう泣きべそをかいている。しゃがみこんで、ルサルを抱きしめる。


 そんなことは、させるもんか。


「だいじょうぶ。そうならないように、みんなで作戦、考えたでしょ?」


 ナナミは私たちの家族だ。渡すわけにはいかない。私たちはもうこれ以上、家族を失うわけにはいかない。


「ナナミと耳なしを、会わせないようにする作戦! フォーメーションA、はつどう!」


「「「「了解ヤー!」」」」



 ▽△▽


「ルル〜。もう、限界……! きゅ、休憩プリーズ!」


「さっき休憩したばっかりよ? 筋肉を鍛えるには、適度な負荷を与える事が必要って言ったの、ナナミでしょ?」


 超えてる! 適度、だいぶ超えてる! また明日、動けなくなっちゃう。


 砂浜にへたり込む。このまま寝転んでしまいたい。そもそも、足場の悪い砂浜での打ち込み稽古なんて、三十路の筋肉に適度なはずがない。


 何度も転び、三節棍さんせつこんで脳天を小突かれ、今日もルルをただの一歩すら、動かす事が出来なかった。


 ルルは拳法家だ。動きが速く手数の多い、クンフーのような技を使う。その流れるような多彩な動きは、惚れ惚れするほど美しい。


『ルル! 弟子にして! お願い、するです!』


 礼儀正しく三つ指をついて、弟子入りの申し込みをしたのに、即座に断られた。


「初心者に近接戦闘は無理だよ。弓か鎖分銅くさりぶんどうが良いと思うよ?」


 鎖分銅は、鎖の先に鉄のオモリが付いている、凶悪な武器だ。振り回したり、投げたりする。


 ちょっと過剰防衛なんじゃないだろうか? 私が望んでいるのは護身術であって、できれば殺傷は避けたい。逃げる隙さえ作れれば良いのだ。


 なんとか弟子入りの許可をもらって、護身術だけを教えてもらう事になった。


 最初は体力づくりだけを二ヶ月。やっと最初の型を教えてもらってから二ヶ月。今は動体視力と反射神経の訓練として、こんを使った打ち込み稽古を行なっている。


 この世界の人たちは、誰もが一定以上の戦闘能力を持っている。子供や女性も例外ではない。その中でも、行商人は、たいてい武術の達人だ。旅には、それだけの危険が伴っている。


 教会で治療師として働きながら、護衛を雇うお金を貯め、護身術と狩りを習う。


 旅立ちまでは、なかなかハードな道のりだ。




 私はこの街での生活を、とても気に入っている。ルルの事は戦友と思うくらい信頼しているし、治療師の仕事もやり甲斐がある。教会の子供たちは可愛いし、街の人も良くしてくれる。


 この、全てのものを置き去りにして、旅立つ事が出来るのだろうか。


 答えは、イエスだ。私は家族を忘れることなど、決してできはしない。


 ルルとは、多少離れても、切れるとは思わない。きっとまた会えると思うし、笑って送り出してくれるだろう。街の人も同じだ。この街はこの世界での、私の故郷となった。


 心配なのは教会の子供たちだ。


 みんな、死別や、どうにもならない理由で、親との別れを経験している子供たちだ。別れにはとても敏感だ。私が旅立つ事で、見捨てられたと思う子がいるかも知れない。


『すぐに迎えに来るから』という無責任な母親の約束うそを、未だに信じて待っているルサル。行商の旅に出たまま戻らない父親を、毎日街の入り口で待ち続けたララン。父親にひどく虐待されていて、近所の人が助けて教会に連れてきたナユ。


 あの子たちの事を考えると、自分の家族に会いに旅立つ事は、ひどく残酷な仕打ちだと、思わずにはいられない。



「ナナミ、ひと休みおしまい。さ、続きを……」


 物思いに沈んでいた、私の思考をルルが遮り、さらにそのルルの言葉を、慌てた様子で走ってきたラランの声が遮った。


「ナナミー! 大変だよ! すぐに来て!」


 一体、何がはじまろうとしているのだろう。


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