第二十四話 旅の終わりの海辺の街

「なぁハル。お父さんの腕のこと。お母さんに怒られると、思うか?」


「あー、うん。でも、ぼくはお父さんのみかただから。それにむちゃしたの怒られるなら、ぼくもだから」


 ハルが、俺から目をらしながら言った。ああ、トルルザの教会の件な。


「じゃあ、ハナちゃんは、あーたんのみかたしゅるー」


 えー。ハナもお父さんの味方してくれ。




 ミンミンの街を、感慨深く見上げながら、俺たちは呑気な心配をしていた。


 ここまで、ミョイマー地方の海辺の街を、点と線で結ぶように旅を続けて来た。全ての街で、ナナミの手紙を回収済みだ。


 手紙が残されていたという事は、ナナミは通過していないのだろう。おそらく、ナナミはまだ旅立っていない。ナナミも俺と同じく、武術とは縁のない人生を送ってきた。護身術に手を焼いているのだろう。ナナミがニブチンで、本当に良かった。お陰でナナミとすれ違いに、ならずに済んだ。


 ナナミは、あのミンミンの街にいる。あの街まで行って、階段の一番上にあるという教会まで行けば、ナナミに会うことができる。


 ナナミの手紙の様子なら、ミンミンの街の人や教会を、恐れる必要もないだろう。


 俺たちは、ナナミに渡すお土産や、半年以上遅れた誕生日プレゼントの話をしながら、はやる気持ちを抑えるように、街道を進んだ。



 そうしてたどり着いたミンミンは、びっくりするほど家が密集している街だった。海に面した断崖を埋め尽くすように、カラフルな家がひしめいている。


 そりゃあ海へ出るには、これほど便利な立地はないだろう。街の入り口はそのまま桟橋へも続いていて、いくつものボートが繋いである。


 それでも、何もこんな断崖絶壁に、街を作らないでも良い気がしてしまう。津波や地震の心配はないのだろうか。


 この世界に飛ばされてきた最初の日に、ナナミがこの街の事を『テーマパークみたい』と称していた事を思い出す。


 なるほど、カラフルでポップな家々は、夢の国の土産物屋を思い出させる。


 あくびに口輪を嵌めてから、街の入り口付近にいる人に、自警団の詰所の場所を聞く。またあくびを、預かってもらわなければならない。


 ハルやハナと、日本語で話しながら歩いていると、やけにチラチラと注目してくる人が何人かいる。


 その中のひとりが、声をかけてきた。


「その言葉は、耳なしの言葉ですよね?」


 思わず返事に詰まる。ザバトランガでの経験が、若干のトラウマになっているな。


「あ、すみません。僕の知り合いに、耳なしの女性がいて、その人の言葉に似ている気がしたものですから」


 知り合いかなーと思って。


 恐縮したように呟く。


「その耳なし、名前は?」


 思い切って聞いてみた。


「えっ? ああ、ナナミです」




 その青年は、額の生え際あたりから、見事なつのが生えていた。細くドリルのように捻れながら、後ろに湾曲している。


 鹿や山羊の人たちの角は、驚くほど多彩だ。大きなつのの人は、春先には切ってしまう人が多く、武器や細工物を自分で作ったりするらしい。


 ドリルづのの青年は、カミューと名乗った。ナナミのお世話になっている、養護施設の出身で、街の自警団の仕事をしているらしい。黒目がちな瞳が優しい、好青年だ。


 ナナミの身内だと話すと、とても歓迎してくれて、あくびを自警団の詰所で預かる手続きをしてくれた。


「ナナミはあなた方を、ずっと待っていましたよ」


 そう言って、少し恨めしげにこちらを眺めてくる。


 探るような、挑むような視線だと感じた。職業柄だろうか? それともーー。


「お兄さん、カムランおかあさんのお世話、ありがとう!」


 ハルが、俺が言うべき言葉を、先に口にする。嬉しそうなその表情を見て、カミューが狼狽うろたえてから固まった。ハルは笑うと、思わず二度見してしまうほどに、ナナミによく似ている。


 こいつ、丸わかりじゃねぇか! ハザン並みに表情が読みやすい。俺はいっそ微笑ましい気持ちになった。


 まあ、そんな風にあなどるには、少々カミューは強敵かも知れないが。



 あくびを厩舎に繋いで、教会へ向かおうとしていると、路地裏から息急いきせき切った女の子が走り込んできた。


「カミュー、ルル姉が海岸で呼んでる! なんかいそいで、すぐに来てくれって言ってた!」


「ルルが? 今ちょっと忙しいって言ってくれよ」


「ダメだよ! 『早く来ないとカミューのひみつが明らかになってしまう』って言ってたよ」


 カミューがあわあわと、顔色を悪くする。


 色々苦労があるらしい。カミューの好感度が、俺の中でどんどん上がっていく。


「教会、階段、一番上。知ってるから、大丈夫」


 俺が言うと、カミューを呼びに来た女の子が、


「あ、教会のお客さまなの? じゃあ、ナユがあんないしてあげるよ!」


 と、可愛らしく小首を傾げて言った。




「おじさん、こっちだよ! こっちの方が、ちかみちだよ!」


 ナユが俺の右手を、グイグイと引っ張って、どんどん路地裏を進んでいく。八百屋の裏に回り、民家の軒先を通り抜け、干物の棚の脇を頭を下げて潜る。


 ハナは大喜びだが、ハルはクーを連れているので、少し苦労をしている。見通しの良い高台へと出ると、ナユがハナを抱き上げて走り出した。


「おじさん、こっちだよ!」


「ナユ、ちょっと、待って!」


 ハルとクーを振り返り、ナユを追う。


 すると、突然、足元が沈み込み、ズルズルと穴に落ちてしまった。


「とーたん、だいじょぶ?」


 ハナが穴を覗き込んで言う。


「あ、ああ。でも、結構深い。ナユ、大人、呼ぶ、お願いできる?」


「うん! まかせて! すぐに呼んでくるよ!」


 ナユが、クスクスと笑いながら答える。


 これは……。落とし穴か? 俺は、もしかして、嵌められたのか?


「ハル! ハナ! いるか?!」


 急いでハルとハナを呼ぶ。


 返事はなかった。きっと、助けも来ないだろう。自力でなんとか脱出を試みる。くそっ! 片手ではどうにも上手くいかない。何度もずり落ちながら、ようやく這い上がる。


 大変だ。ハルとハナを探さないと!


 何度も道に迷い、同じような建物に惑わされ、イライラばかりが募る。階段の上で、日向ぼっこをしていた老夫婦に送ってもらい、ようやく教会までたどり着いた。


 だが、教会には、ナナミはおろか、ハルとハナも見当たらなかった。



「あなたがヒロトさんですか。ふふ。ナナミに聞いていた通りの人ね。私は、ルルリアーナ。この教会の責任者です」


「ああ! ナナミの、お世話、ありがとうございます!」


「積もる話は後にして、状況を説明しますね」


 挨拶もそこそこに、話を進める。とてもテキパキとした人だ。


「子供たちが、ひとりもいない。おそらく、ナナミとヒロトさんを、会わせないつもりで動いています」


「ナユか! あの子はさといから厄介だぞ!」


「私たちが探して来ます。ヒロトさんは、休んでいて下さい。お風呂にでも入って……」


ラーいいや。俺も行きます。ここまで来てお預け、勘弁して欲しい」


 思わず漏れた俺の本音に、ルルとカミューが、揃って苦笑いをした。


「そうですね。一緒に行きましょう。ハルくんとハナちゃんも心配です」




 ルルとカミューに協力してもらって、子供たちの秘密基地を、しらみ潰しに当たった。


 しかしなんなんだ? この街は! 迷路のように入り組んだ路地、行き止まりばかりの道、忍者屋敷の仕掛けみたいな、隠された通路や階段。


 まるで子供が無計画に作った、楽しい箱庭のみたいだ。こんな街で追いかけっこやかくれんぼうをしたら、大人でも楽しいに違いない。


 ようやく子供たちを見つけたのは、海岸から続く岩場を抜けた、洞窟のある小さな砂浜だった。




「ナナミはわたさない!」


「ナナミはずっと、キャロたちとくらすの! このまちで、くらすの!」


 子供たちが、洞窟の入り口を遮るように立ち塞がり、口々に叫ぶ。養護施設の子供だと聞いている。家族との、どうしようもない思い出を、たくさんの傷をかかえた子供たちだ。


 この子たちにとって俺は、ナナミをーー。家族をさらいに来た、極悪人の耳なしだ。


 俺がかける言葉を見つけられずにいると、ルルがカツカツと踵を鳴らして、子供たちの前に立った。子供たちが『叱られる!』と首をすくめた瞬間。ルルはくるりときびすを返した。


 仁王立ちになり、胸の前で腕を組む。そして、高らかに言い放った。


「ナナミを連れてゆくなら、私を倒してから行け!」


 ルルの豊かな黄色の髪が、潮風にたなびく。その様子はまるで獅子ライオンたてがみのようだった。王者の風格で立つルルに、不遜ふそんな物言いが、この上もなく似合っていた。


 カミューが、大股でルルの隣まで歩く。振り向いた時には、さっきまでの人の良さそうな好青年の顔は、きれいに消え去っていた。


「俺も倒してみせろ! なんなら、ナナミは俺が幸せにする!」



 どうやら、俺はこの二人にとっても、ナナミを攫いに来た極悪人らしい。


 だが最後の言葉は、聞き捨てならんな若造! ナナミは絶対に渡さん!



 ラスボス戦の幕が、さっきまで心強い味方だと思っていた二人によって、引き千切られて、目の前にドサリと落ちてきた。




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