第二十話 パスティア・ラカーナの子供

 トルルザの教会から逃げ出し、もう大丈夫だろうというところまで街道を走り、海を見ながら昼メシ休憩中。


 俺はナナミからの手紙を読んで、つい目頭が熱くなってしまった。クソっ! 油断した! ひとりで読めば良かった。ハルとハナがじっとこっちを見つめている。


 泣いてねぇよ! まだな!


 鏡文字で書いた手紙、あぶり出し。少年探偵団感、満載まんさいだな。するとなんだ? 手紙の内容にも、暗号的なものが隠されていたりするのか?


 ナナミの手紙とにらめっこをする。うーん、文字をひとつ飛ばしで読む。ひらがなだけを読む。縦に読む。文章のアタマだけを抜き出して読む。


 特に隠された情報は見つからない。ちなみに俺は鏡文字は鏡なしで読める。つーか割と読めるんだよ鏡文字。でもその方がカッコイイからって、うちでは鏡を使って読む事になっていただけだ。


「お父さん、早くあぶり出しやってみようよ!」


「とーたん、あぶーだしー! やろーやろー」


 ハルが口を尖らせ、ハナが煽る。最近ハナはハルの真似ばかりする。すっかり合いの手要員になってるな。


 石造りの簡易かまどの火に、地図をかざす。近づけ過ぎないように気をつけて、ふわりふわりとひるがえす。


 徐々に地図に、何かが浮かび上がってくる。ハルとハナが、にじり寄るように地図を覗き込む。こらこら、前髪げるぞ!


 地図に花丸と、長い長い矢印と、街の名前が浮き上がる。


 街の名前は『ミンミン』。ザドバランガ地方の隣に位置する『ミョイマー』地方にある街だ。ミンミンの街から伸びた矢印は、ザドバランガ地方の海岸線を通り、茜岩谷サラサスーンへと続いている。矢印は、ナナミが旅立つ場合のルートを示しているのだろう。


 ミンミンの街の下にメッセージがあった。


『お母さんは、ミンミンの街にいます!』


「ミンミンかぁー。ねぇ、お父さん。ミンミンの街までどのくらい?」


「うーん、まだ随分ずいぶん遠いぞ。一ヶ月くらいかな」


「えっ、一ヶ月もかかるの? えー! 遠いよ!」


「うん、まぁでも。お母さんがいる街がわかったから、あとはここまで行くだけだ」


「ちぇー! 早くお母さんに会いたいなぁー!」


「ちぇー。あーたんに、あいたいなー」


 うん、そうだな。俺も早くナナミに会いたい。話したい事がたくさんある。連れて行きたい場所がたくさんある。会わせたい人が、山ほどいる。


 ナナミの手紙に書いてあった通り、今すぐ鳥の人になって飛んで行きたいな。


 明日の朝起きたら、翼が生えていれば良いのに。


 俺とハルは、その晩、結構本気でそんな事を言い合いながら目を閉じた。



 ▽△▽



 次の日の朝。


 なんと俺とハルに翼が生えていた!!






 なんて事は全然なく、いつも通りの旅の朝だった。



 でも、ナナミがいる街の名前がわかった事で、いつも漠然と感じていた焦燥感が、やわらいでいるのを感じた。


 翼が生えてこなかったので、地道にひたすら街道をゆく。日が昇り、月が動き、雨が降り、雲が流れる。夜を越えるごとに、ナナミに近づいてゆく。


 それだけで、俺たちの旅は、本当の意味で、ナナミを迎えに行く旅になった。


 そしていよいよ、街道は、ザバトランガ地方を抜けて、ミョイマー地方へと入った


 本屋のトリノさんが言っていた、竹林が続く道があった。風に、さわさわと葉を揺らすその様子は、俺に懐かしい日本の風景を思い出させた。


 そういえば、日本はそろそろサクラの季節に差し掛かる。今年もあの並木道は、盛大に色づいているのだろうか。


 ふと、桜並木を新品のランドセルを背負って、歩いてくるハルの姿が目に浮かぶ。黄色い帽子をかぶって、坂道を息を切らして登ってくる。内弁慶でインドア派のハルは、いつも学校が終わると一直線に帰ってきたっけ。


 振り返ると、ポンチョを着て、クーの手綱を握るハルと目が合った。


 俺は思わず吹き出してしまった。様変わりし過ぎだろう! スリング・ショットを操り、荒野を駆けて、動物を狩り、モコモコの変な動物の、立ち騎乗すらやってのける。挙げ句の果てには『耳なしのハル』だ!


 ハルは耳なしのまま、パスティア・ラカーナの子供になった。たぶんそれは、この世界でも初めての事だろう。


『黒猫の英雄』こと、耳なしクロルが、望んで、望んで、それでも叶わなかった夢。



 俺にはハルが、そんな風に、見えた。


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