閑話 ザバトランガの人々

「ハル、ロレンの店には行かなかったのか?」


「ううん。行ったよ」


「ロレンのお父さんに手紙を渡したか?」


 ロレンから預かっていた手紙だ。詳しくは聞いていないが、おそらく、俺たちの事を頼んでくれている内容の手紙だ。


「ロレンのお母さんに、手紙を渡したよ。とってもやさしい灰色ネコさんで、ごはんを食べさせて、お風呂にも入らせてくれたよ」


 そんなにしてもらって、黙って出てきたのか? 常識的に考えて、子供だけの無茶な襲撃を、許すとは思えない。


「うん、あのねーーー」




 ハルの話によると、ロレンのお母さんは、ロレンそっくりのシャープな感じの美人さんだったらしい。手紙を読むとすぐに店の裏手にある家に連れて行ってくれて、ハルの話を聞いてくれた。


 耳なしだと伝えても、少しも態度を変えずに(おそらくロレンの手紙に書いてあったのだろう)、温かい食事とお風呂の用意をしてくれた。そして教会へ、俺の事を交渉しに行ってくれたらしい。


「教会から帰ってきたロレンのお母さんが、笑っていたのに、すごくこわかったんだよ」とハルが言った。


 ロレンのお母さんは、強硬派の人たちに、けんもほろろに追い返されたらしい。


 そしてニコニコと笑いながら、静かに、静かに怒っていたらしい。そうして、ハルとハナをベッドに寝かしつけてから、裏庭で大きな剣を持って型稽古をはじめた。


 素晴らしくキレのある剣筋だったとハルが言った。


 ハルがこっそり近づくと、


『教会の石頭ども』とか『目にもの見せてやる』とか『明日の朝の出来事を、胸に刻むといい』とか、物騒な事を呟いていたそうだ。


 ハルは、この人より早く、お父さんを助けに行かないと、大変な事になってしまう。ーーー血の雨が降ってしまうかも知れない。そう思って二軒隣の紙問屋へ走って行き、とうに店じまいした戸を開けてもらい、一番薄くて上等な色紙を爆買いしたらしい。


 夜通し紙吹雪入りのくす玉を作り、お礼の手紙を置いて、夜明け前に出発した。


 なるほどなぁ。ハルは俺だけじゃなく、教会の人たちも救ったんだなぁ。


 しかし、ロレンとお母さん、性質までそっくりだな! そこまで親身になってくれたなら、いつかお礼に伺わないといけないな。


 あまり人とは関わらないで、用事だけ済ませて通り過ぎようと思っていたザバトランガ地方。


 確かに話に聞いていた通り、耳なしには厳しい土地だった。だが、どうだろう。俺たちが関わった人たちは、みんな優しく気のいい人たちばかりだった。


 ひまわり少女ことチャーリア、サビ耳の集落の人たち、アトラ治療師、チャーリアの幼馴染の女性、ロレンのお母さん。


 教会のエンドや自警団の人も、俺たちに弓を向けるのを躊躇ためらっていた。きっと違う出会い方をすれば、分かり合える事もあるだろう。


 俺は今でも、罪の意識が捨てきれない。地球人かも知れない耳なしの罪は、あまりにも大きく償い難い。


 だが、償うよりも、償われるよりも、違う関係が築けると思いたい。キャラバンの連中が、耳なしでも気にしないと、ヒロトは踏みにじるような事はしないと言ってくれたように。


 忘れてくれとは思わない。だが、俺は悪魔の耳なしには、決してならない事を誓おうと思う。ハルとハナも決して悪魔にはしない。クルミもナナミもわかってくれると思う。


 もし、地球人で悪魔の耳なしが来たら、俺がなんとか説教して止めようと思う。それが俺がこの地に飛ばされて来た、理由なのかも知れないと思う。


 なぁ黒猫の英雄さんーーー耳なしクロル。


 ーーどうか俺たちを、この世界の仲間だと、受け入れてもらえないだろうか?



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